鮎川俊介の「幕末・明治の日本を歩く」

渡辺崋山や中江兆民を中心に、幕末・明治の日本を旅行記や古写真、研究書などをもとにして歩き、その取材旅行の報告を行います。

甲州街道を歩く-笹子峠~甲府まで その11

2017-10-06 07:08:51 | Weblog

 

  「フルーツライン 東山東部広域能動→」の道路標示を見て、その「フルーツライン」には入らずに直進するとすぐに「国見坂」の案内標柱があり、その側面には「元和七年(一六二一)に甲州街道の往還筋地名として定められた」とありました。

 このあたりからの旧街道沿いには、ぶどう棚があってぶどう狩りの出来るお店が軒を並べています。

 まもなく右手に「日蓮宗長遠山上行寺」があり、また「甲州街道勝沼宿」の案内板がありました。

 それによれば勝沼宿は、鶴瀬・駒飼宿と栗原宿の間の荷物、人の継ぎ立てを行い、甲府盆地の東端に位置していることから峡東地方の物資集積の場として栄え、万治元年(一六五八)には市が始まり、寛文十二年(一六七二)には上中下の三市場と二、七の定め市の制度が設けられたとありました。

 つまり「六斎市」であったわけですが、郡内において市が開かれていたのは上野原宿だけであり、郡内から笹子峠を越えて国中(くになか)に入ってまず市が開かれていたのはこの勝沼宿であったということからも、この勝沼宿が「峡東地方の物資集積の場」として栄えていたであろうことは容易に推測されるところです。

 上町・中町・下町・横町・上新町・下新町の町名の多さがそれを示しています。

 真向いには「国指定史跡 勝沼氏館跡」もあり、鎌倉時代から戦国時代にかけてもこのあたりは交通や軍事上の要衝地であったことがわかります。

 「上町」交差点を過ぎた右手に「本陣槍掛けの松」の標柱があり、その側面に「勝沼宿本陣に大名、公家などが泊まると、その目印に槍を立て掛けた老松」とあり、この松樹があるところがかつて本陣であったことがわかりました。

 「仲町」(かつての「中町」)の左手にある「仲松屋」の住宅は、案内板によると東屋敷と西屋敷の二軒分の商家建築であり、東屋敷は江戸後期の主屋を中心とし西屋敷は明治前期の建築を中心としているとのこと。

 東屋敷が江戸後期の主屋で、現在は瓦葺きですがかつては板葺きであったようです。

 このような二階建ての商家建築が、江戸後期の勝沼宿には軒を並べており、また現在においても通り沿いにちらほらと見られるように漆喰塗りの土蔵が目立つ街道筋であったと思われます。

 その街道筋で異彩を放っていたのは「旧田中銀行社屋」でした。

  屋根は瓦葺きで窓は洋風(引き上げ窓)。2階中央に白いベランダがあり2階壁のほとんどはクリーム色。

 1階の壁は板張りで窓や玄関は洋風。

 つまり和洋折衷の2階建て木造建築。

 案内板によると国登録有形文化財となっており、「藤村式建築の流れをくむ建物」で、明治30年代前半に勝沼郵便電信局舎として建てられたという伝承をもつ建物。

 大正9年(1920年)より昭和7年(1932年)頃までは山梨田中銀行の社屋として利用されたという。

 明治から大正の人々にとって、この建物は「文明開化」を象徴するような建物であったでしょう。

 「ようあん坂」には「明治天皇勝沼行在所」と刻まれた標柱があり、それは明治6年(1873年)5月に近郊に先がけて設けられた勝沼学校の跡地であり、明治天皇はその勝沼学校を宿泊地としたことになります(明治13年6月19日)。

 案内板によると、この勝沼学校は藤村式学校建築であり、木造2階建、1階に車寄(くるまよせ)、2階にベランダを備えたE字型の校舎でその後の学校建築や、明治村にある東山梨郡役所などの庁舎建築に大きな影響を与えたとのこと。

 昭和30年(1955年)4月に取り壊されたというから、明治・大正・昭和にかけて「疑似洋風建築」の学校として、勝沼における「文明開化」を象徴する建物であったことになります。 

 浄土宗一行山護念寺の山門前を通過してしばらくして、「諏訪宮」と刻まれた石額が架かる石鳥居の前に出ました。

 境内に入ると大きな「蚕影山」と刻まれた石碑がありましたが、これはこのあたりにおいて養蚕が盛んであったことを示すもの。

 さらに丸石道祖神を2つ見掛けました。

 「諏訪神社本殿棟札」と記された案内板によれば、この諏訪神社(江戸期においては諏訪大明神)は等々力(とどろき)の産土神(うぶすながみ)とあり、このあたりは勝沼宿ではなくその西側にあった等々力村であることを知りました。

 勝沼宿は宿内の町並みが東西に十二町(約1.3km)続いていたということであり、甲州街道沿いに長く延びる宿場であったことが歩いてみてもよくわかりました。

 

 続く

 

 

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