鮎川俊介の「幕末・明治の日本を歩く」

渡辺崋山や中江兆民を中心に、幕末・明治の日本を旅行記や古写真、研究書などをもとにして歩き、その取材旅行の報告を行います。

甲州街道を歩く-笹子峠~甲府まで その17

2017-10-15 06:53:28 | Weblog

 

 勝沼宿の常盤屋で「玉子とじにて飯」を食べた広重は、江戸の姉弟と市川大門の人にふたたび出会い、彼らと道連れになって甲府へと向かいました。

 栗原宿を経て田中村に至るとそこに「節婦之碑」があり、広重はその碑をスケッチするとともに碑文に目を通しています。

 その碑文の内容は以下のようなものでした。

 享保13年(1728年)にこの地で洪水があって一村が難儀したことがあったが、その時安兵衛・お栗という夫婦がいた。

 安兵衛はらい病を患い、安兵衛の母も病気に臥して家は貧しく生活は厳しかった。

 お栗はわずかの商いをしたりあるいは袖乞い(ものもらい)をして夫や姑(しゅうとめ)の介抱をしていたが、姑が亡くなってしまったことから安兵衛はお栗に対し、「とても自分の病気は全快なりがたく、この世で人と交わることができない業病であるから、私は川に飛び込んで死のうと思う。お前は子もなくまだ若いから、他の男と結婚して生き長らえよ」と言ったところ、妻のお栗はそれを聞き入れず、「この家に嫁いでから生きてこの家を出ようとは思っていません。あなたが死ぬ覚悟をお決めになったのなら私も一緒に死ぬつもりです」と答えて、帯で体を巻いて一緒に洪水に飛び込んで死んでしまった。

 そのことが上聞(じょうぶん)に達して、領主により「節婦之碑」が建てられたのだという。

 広重がどういう気持ちからこの「節婦之碑」の内容を日記に書き記したかはわかりませんが、この話はきわめて悲惨な内容で救いのあるものではありません。

 お上(かみ)がわざわざ「節婦之碑」を立てて、街道を通る人々の目に触れるようにしたのはどういう意図があったのかと勘繰りたくなるほどです。

 天保12年(1841年)において、あの悲惨な「天保の飢饉」はすでに終わっていましたが、その影響はまだいたるところに残っていたし、村人たちの生活もまだまだ再建途上であったと思われます。

 「天保の飢饉」のために飢えや病気で死んだ老若男女(特に幼児やお年寄り)も数多くいたであろうし、一家離散した家々も数多く見られたことでしょう。

 「飢饉」の記憶とともに、あの「天保騒動」の記憶もまだまだ新しいものであったに違いない。

 田中村で「節婦之碑」に触れた後、「夫(それ)より石和の宿に至る」とあって、広重は何らかの感想なり思いを日記に記すわけではありません。

 石和宿に入ったところ、入口の茶屋には大勢の江戸講中が休息しておりとりわけ賑わっていました。

 その茶屋で広重は焼酎一盃を飲みうどん一膳を食べました。

 石和宿にいた「大勢の江戸講中」とは、どういう講中の人々であったでしょうか。

 河口湖へ出る御坂(みさか)峠への道がこの石和宿から分岐していることを考えると「富士講」の人々のようにも思われますが、江戸からは遠回りであることと、時期が旧暦の4月5日ということから富士登山には早すぎ、「富士講」の一団とは考えられません。

 するとやはり「身延講」なり「題目講」の集団ではなかったかということになります。

 石和宿の入口には「日蓮宗身延五か寺」の一つ鵜飼山遠妙寺(おんみょうじ)があり、その総門前が石和宿の入口(江戸方面からやって来た場合)であったことを考えると、その入口の茶屋にいた人々は身延参詣の集団であった可能性が高いと思われます。

 「勝沼より此辺平地にて道至てよし」

 振り返ってみれば、小仏峠に差し掛かってからは笹子峠を下って勝沼宿に至るまで山道の連続であり、谷を下ったり坂を上がったり、屈曲しながら道を進んだりと、平坦でまっすぐな道はほとんどありませんでした。

 しかし勝沼宿からは道は平坦になり、大きく屈曲することもなくなり、山際の険しい道を進むこともなくなりました。

 相州や郡内の甲州街道の様相とは大きく異なり、周囲はるかに山々は連なるものの視界の開けた甲州盆地の中を、広重は楽しい道連れとともに話を交わしながら歩いています。

 石和宿を出れば目指す甲府城下まであと二里ちょっと。

 約一時(いっとき=2時間)ほど歩けば到着します。

 田んぼがせいせいと広がる風景を眺めながら、甲州街道を甲府へと向かう広重の足取りは軽やかでした。

 

 続く

 

〇参考文献

・『歌川広重の甲州日記と甲府道祖神祭 調査研究報告書』(山梨県立博物館)

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