鮎川俊介の「幕末・明治の日本を歩く」

渡辺崋山や中江兆民を中心に、幕末・明治の日本を旅行記や古写真、研究書などをもとにして歩き、その取材旅行の報告を行います。

甲州街道を歩く-高尾から小仏まで その8

2017-04-19 06:19:22 | Weblog

 

 「駒木野関所」(小仏関)跡を見て回ってから、街道に戻り、そこを出発したのが11:10。

 まもなく左手に「甲州街道念珠坂」と刻まれた石碑が現れました。左隣には白い帽子をかぶり、赤いよだれ掛けをした石地蔵も立っています。

 この前の通りは「念珠坂」と呼ばれるゆるやかな坂道であったのでしょうか。

 右手には豊かな植栽のある青い屋根瓦の歴史のありそうな民家がありました。その青い屋根瓦の向こうには、中央高速の高架が左右に延びています。また赤い瓦屋根や黒い瓦屋根の民家もありました。いずれも街道添いに手入れの行き届いた立派な垣根や庭の植栽を見せています。

 いかにも旧街道を思わせるゆるやかなカーブを描きながら甲州街道は前方に延びており、その両側には満開の桜が点在して、街道の雰囲気を高めています。

 左手のガードレールの向こう下には、小仏川の細く清冽な流れが見えます。

 「荒井」のバス停を過ぎてまもなく屋根のある「戦没者供養塔」がありました。それほど古いものではなく、戦後に建てられたものであるようです。このあたりから戦地に出掛け戦死した兵士たちの供養塔であるように思われました。

 桜の花を見上げたり、小仏川の流れを見下ろしたりしながら、「蛇滝口」というバス停を過ぎると、右手にフェンスに立てかけられた案内板を見つけました。

 それには「猪の鼻トンネル列車銃撃事件供養塔慰霊の碑入口」と記され、その事件のあらましが記載されていました。

 「ああ、このあたりがあの場所だったのか」と、かつて藤野町で聞いた講演会のことを思い出しながら、案内板に記されている事件のあらましに目を通しました。

 

 続く

 

〇参考文献

・『報告書』(山梨県立博物館)

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