鹿嶋春平太チャーチ

解釈自由原則で聖句を吟味している教会です。YouTube「ヨハネ伝解読」の動画とあわせご覧ください。

校正作業中です

2017年07月22日 | 随想

 

 

 

二十年ぶりに出す本のゲラが来ました。

いま校正しています。

このシリーズ記事もこれから重要なところに入るのですが、

読者の皆様、今しばらくお待ちください。

 

 

 

 

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=宇宙に人間を創り、御子をその姿で出現させる=

2017年07月17日 | 随想

 

 
 
さていよいよ宇宙の中での創造です。
 
ここからに話の内容は格段と豊富になりますが、まず、短く概略のみを述べます。
 
 
 
 
創造神は、次のことも創世前に決定しています~。
 
まず、地球上に、霊と肉体を持った人間を創る。
 
御子イエスをその人間の姿で地上に出現させる。
 
御子は天国の性質を持った空間を地上(宇宙)に作っていく。
 
悪魔は自分の世界(宇宙)に天国を増大させるのを許せず、創造神への敵意はイエスへの殺意になる。
 
悪魔は人間(ユダヤ教僧侶たち)に、イエスを殺そうという思いを与え、御子の肉体を十字架刑で殺させる。
 
 
 
 
だが、それは創造神に対して抱いていた敵意を現実での証拠として現すことにもなっている。
 
それまでは悪魔は容疑者だったが、これで証拠が挙がってしまう。
 
これで悪魔に有罪の裁きが決まり、あとは、刑の執行を待つのみとなる。
 
こうして御子は懸案の悪魔(敵対天使)の問題を解決し、現場訓練(オンザジョブトレーニング)のすべてを終える
 
(イエスが十字架上で「完了した!(It is finished)」というのはそのためである)
 
 
 
 
創造神は御子を復活させ、御子が「罪なき存在」であると、証明する。
 
御子は天国に昇って、王座に就く。
 
~以上の展開もまた、創世前に創造神は決定している、との啓示をパウロは受けていたとみられます。
 
今回は短いのですが、これで。
 
=宇宙に人間を創り、御子をその姿で出現させる=・・・完)





 
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=天使に自由意志を持たせたがために=

2017年07月15日 | 随想

 

 
 
 前回のストーリーは、大半の日本の方々とっては「目がクラクラするような」話だったのではないでしょうか。
 
鹿嶋のよき相談役読者、こずえ姐さんもフェースブックで「 悪いので悪いのを抑えるという感じですね、あはは・・」とコメントされてました。

+++

でも、そもそもなんでこんなことまで前もって設計しなければならないのでしょうね。

御子のためなら、天に王国空間を作り、神の名を置き、王座を置けばそれで完了ではないの?



<自由意志を持った人民が要る>

いやいや、そう簡単ではないんですよね。

王様一人では天国という「国」は成立しませんからね。

人民がいる。 それが天使なのです。

(あ、天使と言えばエンジェルで、丸々太って背中に羽がついた赤ん坊だ、なんて考えないでね。
あれはローマ神話のキューピッドをもってきてしまったものです。
森永のミルクキャラメルがその誤解を普及させてしまった。「森永のエンゼルマーク」とかいっちゃってね。
聖書の天使は、「火にもなり、風にも変身できる、強力な霊的存在~「ヘブル書」~です。
もちろん背中に羽根などない。霊ですからそのまま空中を移動できるのです。
普段の姿は、人間のような姿と考えていいでしょう)

 
そして、天使をロボットのようなものとして創ったら、統治(統御)が砂を噛むような仕事になる。

そこで、自由意志を持たせようと、父は決めたのです。




<被造物が自由意志を持てば>

そして、被造物が自由意志を持てば、それをもちいて王に従いもしますが、無視、反抗もしうるでしょう。

だって、自由意志をもらったのですから。

御子は、それを統御する知恵を持たねば、王としての統治を楽しむことなど出来ないのです。


そのため、父なる創造神は、王座に就く前に行うオンザジョブトレイニングをあらかじめ決めておくのです。

前回は、そのトレーニング装置の一部をあらかじめ設計しておく話なのです。



<天国はすべて厳密な法に沿って統治>

まだ述べてはいませんが、天国という霊界では全面的に法でもって統治がなされます。

その多くはバイブルに示されますが、天国にはジャスティス(正義)があり法廷もあり、

実際に裁判がなされ、すべての構成員はそれにしたがって行動します。

人間も、悪魔もそこに提訴できます。

そしてその裁定は、地上(宇宙)でも優越します。

聖書をよく見ていくと、そうなっているという奥義思想がわかってきます。



<パウロ「エペソ書」の啓示を踏まえていくと>

ともあれ、自由意志を持った被造物である御使い(天使)を正しく統御できるように、

創造神は御子の訓練装置をあらかじめ決めるのです。

パウロの受けた啓示を踏まえると、そういう道理になるのですね。

次回も、さらなる装置の話が続きます。

宇宙の中に、地上も人間も造ると父なる創造神はあらかじめ決定します。


(=天使に自由意志を持たせたがために= ・・・完)   





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=天使と宇宙の出現も事前に決まっていた?=

2017年07月14日 | 随想

 

前回の続きです。
 
「エペソ書」1章の聖句をもう一度掲示しましょう。
 
・・・・・・・・・・・・
「創造神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、
御前で聖く傷のないものにしようとされました」(エペソ人への手紙:1章4節)
・・・・・・・・・・・・
 
これが、パウロが受けた啓示によるもので、その啓示が正しいならば、どうなるか。
 
それに繋がる事柄もまた、創世前に決められていたはずだ~となるでしょう。
 
+++
 
前回は、その観点から次のことも決まっていたと述べました~
 
すなわち、創造神が愛する御子が王として統治する被造空間・天国(天の創造神王国)をつくること、
 
そこに自らの名を置くこと、とその右に御子のための王座を置くこと
 
~これらも前もって決まっていたことになろう、と。
 
 
 
<天国空間に無数の天使を>
 
今回はその他に決まっていたであろうことを、追加します。
 
その一つが天国空間の中に、無数の天使を創ることです。
天使は御子に仕えるための霊的存在で、同時に、神の名を誉め讃えるという職務も与えられます。
 
 
 
<私も神のように賛美されたい・・・>
 
そして、その天使の中から、創造神に対抗して自分も賛美されるようになりたい、として
職務に反する行動をとるものが出る。
 
~これもあらかじめ決まっております。
 
 
 
 
<天使の自由意志の中で>
 
ただし、具体的にどの天使が敵対するかは決まっていない。
 
天使には後に造られる人間と同じく、自由意志が与えられていることと、それは繋がっています。
 
その自由意志を用いて誰かが敵対することは、決まっていくということですね。
 
そうなってしまう天使は気の毒なような気もしますが、それは自由意志を用いた行動の結果です。
 
 
 
 
<暗やみの空間も事前に>
 
さらに、敵対することになる天使と追従者を、戦いの天使ミカエルが
傘下の天使と共に暗やみに落とし込むことも決まっています。
 
追い落とすことが決まっているならば、暗やみの空間もそのために前もって創られることも、
~あらかじめ決まっているはずです。
 
ちなみに、この暗やみ空間が、今で言う「宇宙」ということになります。
 
宇宙は言ってみれば、敵対天使たち閉じ込める収監するための牢屋なのです。
そして敵対天使の長はそこの牢名主となって、他の追従天使たちに君臨します。
 
聖書では後に、この空間を「世(world)」とも表現します。
我々が今住むこの「世」という意味です。
 
それが、悪魔を「世の君(君主)」という、イエスの言葉と繋がっています。
 
 
 
 
 
ともあれ、宇宙がそういう空間となること、これも、創世前から決まっています。
 
以上のことから、我々は一つの空間のイメージ図を描くことが出来ます。
 
それが鹿嶋がこれまで何度も示してきた「聖書の空間理念」の図でした。
 
これが絶対に正しいというのでなく、こういうものをイメージすると、
バイブルが示していく歴史展開を理解するのに助けになりますよ、ということでした。
 
+++
 
今回はそれにもう一つの意味が加わったことになりますね。
 
つまり、こういう空間構成も「あらかじめ決められていた」もの、というのがそれです。
創造神が歴史展開の舞台として、被造物を創る前から決めていた、というのがその意味です。
  
「エペソ書」に含意されているパウロの受けた啓示、~これからすると「事前に決まっていた」らしいことは、さらにありそうです。
 
この話は続けましょう。
 
 
=天使と宇宙の出現も事前に決まっていた?=・・・完)




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=「歴史展開」大枠理解に必須な第一歩=

2017年07月13日 | 随想

 

 
歴史展開の大枠が事前に決定されているならば、どういうものになるだろうか、鹿嶋の解読を述べましょう。
 
途中で「異端!」なんて叫ばないでくださいね。
 
鹿嶋は自由吟味主義者です。
「個人の聖句解釈自由の原則」に立って、思うままをのびのびと考えるのを楽しむ主義ですので、楽しませてください。
 
その際、鹿嶋は量子物理学(力学)の概念を援用します。
 (その概略は前の記事に述べています)
 
最新の物理理論として出現してくれた量子論は、まさに「聖句と物理事象をつなぐブリッジ」なのです。
 
 
 
 
<TVを創る側>
 
さてまず、「歴史展開を」決定をする主体を確認しましょう。
それは創造神、創る側です。
このことをきちんと確認するのが第一歩です。
 
そのために、我々被造物の世界での、TVシステムについて、あらかじめ考えておきましょう。
 
+++
 
TVを作る場合、人間はまずそのコンセプトを想い描きます。
 
家にいながら音付の動画が見られる箱のようなものがあるといいなあ、とまずイメージする。
 
そしてつれづれなるがままに、それを具体的に設計図にブレイクダウンして描いていきます。
 
次いで、それに沿って、部品を作り、組み立てて、テレビ受像機を出現させます。
 
(テレビ局側の設備は、話を簡明にするために、もう出来ているとしましょう)
 
+++
 
この時、人間は「創る側」です。 TVセットは「創られる側」です。
 
人間は、自分の意志のままに、設計し、部品を造り、組み立てます。
 
そのとき部品さんもなされるがままです。
 
「あんた、ここんところを、もうちょっとこんな風にできない?」なんていいません。
 
創る側の人間に対しては、被造物はそういうことは言わないし、言えない。
 
創る側にすべてを決める権威があるのです。
 
 
 
 
 
 
<創造神と被造物に於いても>
 
創造神と被造物の関係も同じです。
 
創造神の側がすべてを決めるのです。
 
歴史展開を事前に決めるのも、創造神が100%行うのです。
 
+++
 
その際、創造神はどのように決定し造るか?
 
聖書のなかの言葉は、それを知る手がかりを我々に提供してくれています。
  
そしてその重要な手がかりは、「創造神はどんな方か」のイメージです。
 
 
 
<「いのち」(量子)波動の源>
 
聖書の全体がまず醸し出すのは「創造神はいのちという量子波動を常時全空間に放射している」というイメージです。
 
創造神は「いのち」という量子波動の源なのです。
 
いのち波動は建設志向の波動です。
(後に「死の波動~破壊志向の波動~」が出てくると、その意味がハッキリします)
 
創造神は「いのち波動」に満ちた源であって、全身喜びに満ち、幸せに満ち、自己への愛と他者への愛にも満ちています。
 
自らは、すべてが満ち足りた方です。
 
だから、自分自身に対して新たになすべきことは一つもありません。
 
 
 
<最愛の存在は御子>
 
その創造神が最も愛する他者は、ひとり子である御子イエスです。
 
創造神は、後に創造する被造物・人間も愛していきますが、その愛は、御子への愛に勝ることはありません。
 
(後に創造神と御子は「我々に似せて人を創ろう」としますが、それには「自分たちの愛情関係に似せて」というのも含まれています。だから人間は「わが子を最も愛すようにできている」というのが、聖書の論理です)
 
それは、次の聖句にも現れています~
 
・・・・・・・・・・・・・・
「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」
(マタイによる福音書、3章17節)
・・・・・・・・・・・・・・
 
 
これは、イエスがバプテスマを受けたとき、天から下った声の記録です。
もう一つあげましょう。
 
・・・・・・・・・・・・
「これはわたしの愛する子。(モーセ、エリアでなく)彼の言葉に従え・・・」
(マルコによる福音書、9章7節)
・・・・・・・・・・・・
 
これはイエスが高い山に、三人の弟子、ペテロ、ヤコブ、ヨハネをつれて登ったときに、天から下った声の記録です。
 
このときイエスの衣は純白に変容し、そこに預言者として死んだモーセとエリアが現れました。これをみたペテロが、「この山のここに(記念に)幕屋を三つ創りましょう」といった。
上記聖句はそのとき天から下った声の記録です。
 
ここでペテロは、三人を不思議が現れた存在として同等に拝するようにしようとした。
これにたいして、天からの声は、「イエスの優越」を伝えているのです。
 
+++
 
だから、創造神が被造界を創造するのは、なによりも最も愛する御子のためなのです。
 
天国という被造空間を創るのも、何よりもまず、御子のためです。
 
御子がそこに住み、王として統治する空間(被造空間)を造るためです。
 
それが天国(天の創造神王国)です。
 
天国は被造空間であり、その大きさは有限です。
 
これは一つの巨大な球体をイメージしたらいいでしょう。
 
 
 
 
 
<御子の王座を創る>
 
創造神は次にその天国の一角に、自分の名を置きます。
 
そしてその右(最も大切な場所、の意味)に、将来御子が王として座す王座を造ります。
 
+++
 
・・・事前に決めて造られていく被造物は、まだまだありますが、今回はこれくらいにしておきましょう。
 
新しい考えを導入するときには、一度に沢山示すと、身につきがたくなりますから。
 
 
 
 
 
<創造神の身になって聖句を見る>
 
ただし今回は、次のことを把握しておきましょう。
 
聖書の世界イメージを適切に得るには、「創る側である創造神の立場に立ちきって」すべてを認識しなければならないこと~これです。
 
これは「あ、そうですか」で済ますべきことではありませんよ。
 
「創る側の立場に全面的に立つ」というのは、創造神に同一化してこの方を追体験理解することです。
 
被造物である我々には、これが想像以上に難しいのです。
 
+++
 
一つには我々は、生まれてこの方、神様とイメージするもの(在物神)に、仰ぎ見る意識でもって対してきているからです。
 
これが聖書の記述を追う場合にも、なかなか抜けきらない。
 
+++
 
だがこれは、在物神に対するときの姿勢であり、感覚です。
 
聖書の神は、万物を創造した創造神です。
 
「下から仰ぎみる在物神感覚」が混入してきたら、聖句認識は出発点からゆがんでしまいます。
 
創造神の立場に100%立ってものごとをイメージするのは、聖書の論理を正しく理解する必須条件です。
 
それは鹿嶋にももちろん、簡単に保てる姿勢ではありません。
 
テレビセットを持ち出したのは、鹿嶋自身が、創る側の立場にたつ練習を繰り返すためでもありました。
 
この話は続けましょう。
 
 
=「歴史展開」大枠理解に必須な第一歩= ・・・完)
 
 
 
 
 
 
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