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心よりご冥福を お祈りいたします。

2008年正月、 槍平で、I さん N さん が 雪崩に巻き込まれ、不幸にして お亡くなりになりました。 

暮れも押し迫った2007年12月22日のダウラギリ帰国報告会でお会いしてから10日後、 まさかの悲報。 本当に残念でなりません。

このところ 年に何回か I さん と同行させて頂いたときは いつも 慎重に計画されて行動されていたので、まさか そんなところで 事故に遭うとは信じられない、なんとも悔しい思いで一杯です。

Nさんも 山へご一緒したり、 山中でバッタリ出会ったりもあったりしたり、またダウラギリ隊の国内連絡係として活躍され、何度もメールで連絡したりしました。 
帰国報告会ではパワーポイントの操作を すぐ後ろの席でされていたのでした。

その12月22日の報告会のなかで述べられた I さん の一言一言は 今も耳にしっかりと焼き付いて残っています。

8000mへの挑戦は叶わなかったものの、その悔しさをバネに また新たな次の目標に向かって頑張って 行こうという前向きな気持ち、その山にかける熱意を ひたすら持ち続けて 今後も 岳人として 人としてやっていきたいと おっしゃったその言葉。

ダウラギリで非常に苦しい思いをしたのに また新たな気持ちで 次の山に向かう姿勢、 なにより本当に素晴らしいことだなと、思ったその矢先のことだったのに。。。

その再スタート直後の山行が、あまりに過酷な結末となるとは 本当に無念です。

12月22日。 「2月の山行は宜しく」と別れ際に声をかけられた、その言葉。今も ズシンと心に沁み込んでいます。

I さん、 N さん、 
叶わなかった夢を 抱いて いまは ただ安らかにと、 
心より ご冥福を お祈りいたします。 合掌。


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2007年12月22日ダウラギリ帰国報告会でのI さん の言葉

「とにかく悔しい。 残念の一言につきる。 
本当に感想は  それ以外にない。
C3迄行きましたが そこまでの間でも高度障害 酸素不足で 自分で考えた以上に 体の負担がありましたものの、それなりに 正直言って 必ず登れると思いました。
それは C3まで登ると その先の C4設置予定地は すぐそこで、C4からは 酸素を使うので、ドド、 キムらの プロクライマーと同じスピードでは登れませんが 何回か繰り返すと、 必ず (山頂を)登れると思いました。
それだけにBCで見上げた雪空。 どんどん積もっていく雪は 同じように心にもドンドン積もり、非常に苦しい思いをしました。

だが 山は色々なことを教えてくれましたので 、どうか今後の私の山登りの糧に もっと申しあげるなら人生に生かしていきたい。」
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ありし日の Iさん 
常にラッセルの先頭に立って 我々を引っ張っていった。
2006年1月29日 剣山 三嶺 天狗塚 牛の背縦走途中 1732m標高点手前。


ありし日の Nさん
2007年7月16日 コメツツジが咲く 三嶺山頂にて 

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
無念。残念。 (KUBO)
2008-01-05 23:00:47
今回の槍平の事故は本当に無念でなりません。
昨年のダウラギリの経験は必ず次回に繋がると信じていたのに。。。
今ほど自分の無力さを感じたことはありませんでした。
今となっては2人のご冥福を祈るしかありません。
Iさん。先に逝ったMさんとまたザイルを結んでいるのかな?Nさんももちろん一緒だよね。

ああ、それにしても残念でなりません。
 
 
 
無念です。 (河童)
2008-01-06 20:01:47
天の頂に登られたお二人のご冥福を、心からお祈り申し上げます。
 
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