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2012年3月29日 朝。矢筈山(1848)を遠望。

高松市内から直線距離 45-50km はなれた 白く輝く矢筈山(1848)を遠望。
いつも通う 山域の中では この矢筈山北面一帯は 例年 おそくまで雪が残る。
10mメッシュ標高で 矢筈山(1848)を遠望(高松編)
10mメッシュ標高で矢筈山(1848)を遠望 (高松編)

10mメッシュ標高の精細度を検証するために、10mメッシュ標高を使用しカシミール カシバードにて遠望してみました。
矢筈山(1848)を 高松市内から47kmの遠望です。
2009年3月28日のトラックログが表示されています。
高松市内のポイントとしては 中心部で 誰でも利用できる高層建物として 高松市庁舎を選定しました。高松市庁舎エレベーターホール南面は見晴らしがよく 視程さえよければ かなりの確率で 肉眼でも遠望できます。
方角188.2度 46.8kmの距離。

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10mメッシュ標高の遠望 矢筈山(1848) 300ミリ遠望
東膳棚も見えます。

10mメッシュ標高の遠望 矢筈山(1848) 500ミリ遠望
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50mメッシュ標高の遠望は
矢筈山(1848)の一発判定。第三弾!高松編

50mメッシュ標高の遠望 矢筈山(1848) 300ミリ遠望

50mメッシュ標高の遠望 矢筈山(1848) 500ミリ遠望
矢筈山 (1848) 遠望
平成21年3月28日
カシミールの基盤地図情報(標高)プラグイン

平成21年3月21日 矢筈山 登山トラックログ
10mメッシュ標高
カシミール基盤地図情報(標高)プラグイン カシバード使用で描画
■平成21年3月20日
カシミールの基盤地図情報(標高)プラグインが公開された。
http://www.kashmir3d.com/fgddem/
「基盤地図情報(標高)プラグインはをカシミールで読み込めるように変換する機能を提供します。
対応しているデータは下記のもののみです。
5mメッシュ(標高) 10mメッシュ(標高)50mメッシュ(標高) 250mメッシュ(標高)(北方四島のみ) 」
ということなので 早速 よく通い慣れた山域で試してみた。
■率直なところ 公開されているとはいえ やはり 膨大なデータ量で ひ弱な パソコンでは ダウンロードと それにつづく作業なども かなり忍耐強くやらなくてはいけない。
標高データ以外は使用できないと 注意書き有り。
■国土地理院がインターネットで提供している基盤地図情報
標高データ10mメッシュ(標高)
■四国だけで
zip圧縮 354MB をダウンロード
解凍後XMLファイル 3.93GB
XMLファイルをXEMファイルに変換して 94MB
■全国だと
zip圧縮で約5GBをダウンロード
解凍後XMLファイル約55GB。
XMLファイルをXEMファイルに変換して 1.5GB
三嶺(1893)から 赤星山〜石鎚山 方面の遠望 その2

平成20年3月2日撮影
三嶺(1893) から 赤星山(1453) 東赤石(1706) 笹ヶ峰(1859) 瓶ヶ森(1896) 石鎚山(1982) 方面を 遠望する。その2
山に 雪がついていると 山並みが はっきり わかる。
平成20年3月2日 三嶺(1893)から 赤星山〜石鎚山 方面の遠望
部分的に 目を凝らして遠望してみる。

拡大 平成20年3月2日撮影
カシミール図で確認
平成20年3月8日は 快晴だったが 遠望はいまいちだった。

平成20年3月8日撮影

拡大 平成20年3月8日撮影
次週も天気がよかった。
平成20年3月15日 は 雪は減ったが 遠望は利いた。

平成20年3月15日撮影

拡大 平成20年3月15日撮影
よもやま話
三嶺(1893) から東赤石 笹ヶ峰 瓶ヶ森 石鎚山方面を遠望。

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三嶺(1893) から 赤星山(1453) 東赤石(1706) 笹ヶ峰(1859) 瓶ヶ森(1896) 石鎚山(1982) 方面を 遠望する。

三嶺(1893)から石鎚山(1982)まで 直線距離81km、沿面距離 90km。

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カシミールでは 見えても 実際には 200km以上の 超遠望は とても難しいが、80-90kmくらいの遠望は 天気しだいで 間単に見られる。

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西熊山(1815)を入れて 二ッ岳(1647)まで 見てみる。
伊予富士(1756) 伊吹山(1502) などの 見える位置に 注目。
だが 実際のところ 肉眼で見えるのは たとえば 平成20年7月13日の写真のような ちょっと 霞んでいる状態が多い。

普通に 遠望してみれば

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100kmを超える 遠望になると ちょっと立ち止まって 肉眼でパッと見る程度で すべて わかったつもりになるのも そう簡単なことではない。
わかるのは ある程度 限られている。
可視マップ 三嶺(1893)
カテゴリー 山岳展望
よもやま話
可視マップ 鈴北岳 (1182)

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遠望。
カシミールを使って、鈴北岳(1182)からの 可視マップを作ってみた。
白地図 可視マップ 西側
白地図 可視マップ 東側

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鈴北岳から遠望し、四国山地で見えるところ。
三嶺付近を 詳しく見る。

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鈴北岳(1182)から 三嶺(1893)方面を遠望
三嶺(1893)から 鈴北岳(1182)を 遠望 その2
三嶺山頂(1893)から遠望する。
可視マップ 三嶺
カテゴリー 山岳展望
よもやま話
三嶺(1893)から 鈴北岳(1182)を 遠望 その2

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三嶺(1893)から 鈴北岳(1182)をカシミールで 遠望してみる。その2
三嶺(1893)から 鈴北岳(1182)
直線距離 267km 沿面距離 273km

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三嶺から 270kmも遠くを見ると 山の形は とても判りにくい。
山の形がずれないように 三嶺と鈴北岳を結んだライン上を維持しながら、まず鈴北岳 に 3.5kmの地点まで近づいて 山の形を しっかり 眺めてみる。

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山頂は なだらかな感じだ。
三嶺(1893) 鈴北岳(1182)間の 断面図をみてみると

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上記の断面図も 下記の断面図も 計算された距離は同じである。
しかし 上記の断面図は 近距離のときは 感覚的に 有効であるが、270kmもの距離になると 地球の丸みがでてくるので、一発判定での 下記の断面図のほうが 実際の状態を よくあらわしている。

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可視マップ 三嶺(1893)
三嶺山頂(1893)から遠望する
カテゴリー 山岳展望
よもやま話
可視マップ 三嶺(1893)
「知って楽しい山岳展望」

「知って楽しい山岳展望」
田代 博 著
2007年12月10日 初版 新日本出版社
この本によると 200km以上は 超遠望 とか。
下記の本の出版時は 超遠望は 150km以上。
昔 と比べて 50km伸びたのも 山岳展望の関心が高まり、情報が増え、カシミールなど処理する パソコンの能力が上がったためだろうか。

「続々展望の山旅」
藤本一美 ・ 田代 博 著
1995年7月20日初版 実業之日本社
この本では
「明確な基準が あるわけでないが、仮に視程が一〇〇キロ以上を遠望、一五〇キロ以上を超遠望とよぶことにしよう。」240ページ

「続・展望の山旅」
藤本一美 ・ 田代 博 著
1990年12月20日初版 実業之日本社

「展望の山旅」
藤本一美 ・ 田代 博 著
1987年2月1日初版 実業之日本社
よもやま話
カテゴリー「山岳展望」
可視マップ 剣山(1955)
遠望 天狗塚(1812) 高松編

天狗塚(1812)の可視マップ。
遠望シリーズ第4弾!
遠望 天狗塚(1812) 高松編
だんだん 遠望も 難しい設定となる。
天狗塚(1812)の可視マップ。
天狗塚は 山々に囲まれていて かなり 見えにくい。
天狗塚(1812)山頂から見える範囲を カシミールの可視マップであらわしてみると、辛うじて 高松からでも遠望できるところがある。
平地では天狗塚(1812)を見ることはできず
できるだけ低くて簡単いけるところとして 青峰(449)を選定した。

可視マップ

高松市20万図

高松 2万5000図

82番札所 根香寺付近図

一発判定 天狗塚(1812) 見える!
ただし 落合峠で遮られ かなり厳しい見え方である。
距離 57.302km 沿面距離 60.525km 方位181度

落合峠 赤のラインが天狗塚(1812) 青峰(449)を結ぶ線

135ミリで遠望 天狗塚(1812)

300ミリで遠望 天狗塚(1812)

500ミリで遠望 天狗塚(1812)



遠望 天狗塚(1812) 高松編
遠望 三嶺(1893) 高松編

三嶺(1893)の可視マップ。

遠望 三嶺(1893) 高松編

鳴門方面からは 見えるところも多いが
山々に囲まれていて 一寸 見えにくい。

阿讃山脈を除いて 高松近郊からでも遠望できる地点がある。
三嶺(1893)山頂から見える範囲を カシミールの可視マップであらわしカシバードで遠望してみた。

源氏ヶ峰(217m)付近 から遠望してみた。

一発判定 三嶺(1893) 見えます!
距離 58.662km 沿面距離62.404km 方位194度

135ミリ遠望 三嶺(1893)

300ミリ遠望 三嶺(1893)

500ミリ遠望 三嶺(1893)




源氏ヶ峰という源平に因んだ地名。
高松市 屋島とか 牟礼町 このあたり数々の源氏平家の史跡が多く残っている。
源平の合戦で敗れ、平家の落人が住んだ祖谷の里。
その当時 既に祖谷の山を遠望していたのだろうか?
不思議な関係があるものだと つくずく思う。
遠望 三嶺(1893) 高松編
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