goo

『地球千年紀行 先住民族の叡智』月尾嘉男 著 


『地球千年紀行』月尾嘉男 著 清水弘文堂書房 2012年4月

世界各地の先住民族を訪ね歩いて 研究されてきた 月尾嘉男 東京大学名誉教授。

月尾氏は 各地の先住民族が いまでも保持し続けている叡智に注目。

一枚の三角帆だけの 貧弱な小舟で 地図も磁石も なしに ミクロネシア諸島の 島と島の間だけでなく 遠くハワイまでの 太平洋の大海原を しっかりと 的確にナビゲーションして 進んでいく 先住民族。

やたら GPSなどの電子機器に頼る現代人とは違い、先住民族は 天体 星座をもとに 進むべき進路を的確に 割り出していく 優れた航海能力を保持しているのである。

また 気象条件の極めて厳しい 極北の極寒地でも しっかり狩猟しながら 移動し 自立した生活を営むことができる先住民族。

かれら 先住民族は みな 能力は高く 叡智は素晴らしいものがあると 月尾氏は記述している。

----------------------------------

「現代の人間の大半は時計がなければ時間を確認することができない。

地図がなければ付近に河川があることを推測できない。
植物図鑑がなければ毒草を識別することができないという状態にある。

しかし先住民族は太陽の角度や小鳥の鳴声で時間を推測し、鋭敏な嗅覚や聴覚で河川の存在を察知し、長年の経験によって一目で毒草を見分けるなどの能力がある。

それは大半の現代人が技術という手段と交換に喪失していった能力を、先住民族は現在にまで維持してきたということである。」

『地球千年紀行』月尾嘉男 著 清水弘文堂書房 2012年4月
 
----------------------------------

一方 現代の人間は 。

『サバイバル登山家』を標榜している 現代の登山家でさえ 先住民族の高い能力比べれば、あきらかに退化している といわざるをえない状態だ。


『サバイバル登山家』服部文祥 著 みすず書房 2006

----------------------------------

「山菜キノコ図鑑を持ってきていた。良質の紙を使ったカラー図鑑はひときわ重く、装備のなかでも異彩を放っていた。」
『サバイバル登山家』服部文祥 著 みすず書房 2006

----------------------------------


『ツンドラ・サバイバル』服部文祥 著 みすず書房 2015

北極圏のツンドラ地帯を紀行した 服部文祥氏

服部氏のツンドラ・サバイバルの旅には 極北の先住民族である 遊牧民・狩猟ハンターが同行した。

極地で 長く生活している 先住民族は 現代人とは違う やはり凄い能力を持っていて 服部氏は この先住民族から 実に 多くのことを学んでいる。

先住民族 が 古くから 自然の中で 鍛えられて 蓄積され 保持されてきた叡智 能力には とても素晴らしいものがあると つくづく思う。

先住民族に比べたら 現代の登山者は やはり退化した能力と 浅薄な知識しかもってない。

現代の登山者は みずからの能力が いかに退化して不足しているのかを 謙虚に 悟らなければいけないのである。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

『山岳遭難は自分ごと』北島英明著 2017年3月 山と溪谷社

『山岳遭難は自分ごと 「まさか」のためのセルフレスキュー講座』
北島英明 著 2017年3月10日初版一刷 山と溪谷社



今般 山と溪谷社から出版された 徳島 ご出身の 北島英明 様の著書。

「本書には 私の 知識 経験 熱い思いが 詰まっています。」北島英明 著

そのことばの通り、北島様の 都岳連遭難救助隊長など 永年 遭難対策にかかわってきた数々の経験から 事故防止で こうすれば 助かる、どんな場合も 絶対に行方不明になるな など、熱い思いが ビンビンと伝わってきます。

なかでも ごく最近の遭難事例をもとに 多くの示唆に富んだ教訓を記述されています。

登山は まず山にはいるまえの 計画準備の段階からはじまっていること。

 無理のない計画で 準備 装備はしっかり できているか。

 山行中に気をつけることと、 万が一 緊急事態になった時の対応方法 搬送 救急方法 ビバーク方法 などなど。

とくに 「自分の実力の把握」について 著者は 厳しく指摘。

まず謙虚に 自分の実力を正確 把握すること。

実力以上に 背伸びした 山行をしていないか?

本書に記述されている「自分の実力の把握」

ブログや ヤマレコ YAMAPなどにも投稿している 私なども いまいちど 自戒を込めて 背伸びしていないか もっと 自分の実力を冷静に判断していかなくては いけないな と つくづく 反省した 次第だ。

---------------------------------------------------------

「 いうまでもないことだが、単独登山、積雪期登山、夜間登山は、それぞれにそれぞれのリスクがある。ましてこの3つを同時に行えば、当然、リスクはいっそう高くなる。

遭難者は弾丸登山を標榜して記録をヤマレコに投稿し、彼を信奉する多数のフォロワーを抱えていた。そのフォロワーに対し、「危険な登山をしないように」と発信しながら、自分は非常にリスキーな山行を重ねていた。それはおそらく、本人に「自分ってすごいでしょう」ということをほかの人にアピールしたい思いがあったからではないだろうか。

単独で積雪期登山をするのであれば、この事故現場となったクサリ場くらい、確実なアイゼンワークとピッケルワークで安全に通過していなければならないところだ。

長時間の運転と夜間登山の疲れもあっただろうが、それもこれも含めたものが自分の実力というものである。

その実力を見極められず、フォロワーへのアピールを優先させたのであれば、本末転倒というしかない。

近年は「冒険的登山」が広まっている。たしかに登山は冒険であるが、安全は自分で確保するのが大前提であり、自分の実力に見合わない山に登ろうとするのは、ただの無謀登山でしかない。

大事なのは、自分の実力を正確に把握し、それに見合った山やコースを選ぶこと。

見栄を張ったり自慢をするために命を落としてしまったのでは、残された家族らが浮かばれない。」

『山岳遭難は自分ごと 「まさか」のためのセルフレスキュー講座』
北島英明 著 2017年3月10日初版一刷 山と溪谷社

---------------------------------------------------------
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

『やってはいけない 山歩き』  野村 仁 著 2016年10月1日 青春出版社

『やってはいけない 山歩き』 野村 仁 著 2016年10月1日 青春出版社

著者は 山岳ライター として長年 活躍され 『もう道に迷わない』など 山岳遭難関連の著書がある。

本書は この出版社の『やってはいけない---』シリーズの本。

著者は 昨今の 山歩きの風潮のなかで 特に ここが間違っているのでは と論述している。

なかでもネット時代の「ネット依存の山岳情報だけで山にでかける」危険性を強く指摘している。

というのも 地図 本などの媒体で公開されている情報は その作成過程で 何人も 方々の厳しいチェックや 検証を経て 情報の精度が向上するのにくらべ、 検証過程が まったく省かれて そのまま公開されるネット情報。

多くの場合、ネット情報は 出版物に比べ 精確・精緻さに欠ける場合が多いという。

これは 私自身 自戒を込めて たしかに そう思うところ。

発信者が初心者レベルであっても、 ネット情報の 偏った情報でも公開してしまうと、受け手が よほど しっかりしていないと 不正確情報も 正しいものかと そのまんま 鵜呑みにして 誤った情報をもとに判断し それをもとに 山中でも誤った判断をして しまうことになってしまう。

ネット上では 一番肝心な 山の危険情報など ときには 全く触れられてないなどの場合も多く、「ネット依存の山岳情報だけで山にでかける」のは 大変 危ないと 著者は強く警告している。

もっとも 書籍でも 昔ならルート精通者だけが 書いていたガイド文なのに、今では 一回歩いただけで ガイド文を 書く方も珍しくなくなったとか。

書籍の執筆者も精通度が低下しているのだ。

ネットの不正確情報が氾濫するのも こうした「一回歩いただけで ガイド文を 書く」時代背景に由来するからなのだろうか?

「一回歩いただけで ガイド文を 書く」と同じく 初心者レベルでもネット公開ができ、 都会近郊の山域などで近ごろ増えてきていて ネット上で やたらバリエーションルートを自慢げに 公開する危険性も指摘。

流行の「バリエーションルート」で 道迷いにつながる危険なども指摘。

いまでは いともたやすく ネットから 玉石混交の 大量の情報がすぐさま手に入るが 受け手が それらをきちんと 取捨選択して 活かすことができるのだろうか?

多くの場合 不正確な 情報洪水に振り回され 踊らされて いるだけではないだろうか?

ふりかえってみて 昔の山歩きは 数少ない 貴重な山岳情報を獲得するには 先人、先輩からの口伝伝授など それなりに 情報入手には苦労があった。

著者自身も 登山歴40年の古いタイプの登山者と 告白している。

そうして やっとえられた 数少ない情報を きちんと自分なりに整理して 吟味 咀嚼して 自分の山の行動の判断材料に 適確に活用できていたと おもう。

そうした情報入手に 苦労した時代に比べると 膨大な大量情報がいとも簡単に 手安く入る時代。

 いまは まさに隔世の感がするが、この時代だからこそ 山岳情報の洪水の中 で 現在地の自分を失わないで 進むべき方向をしっかりもって いくことが 大切だと強く感じた。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

『「アルプ」の時代』 山口耀久 著 初版 2013年10月15日 山と溪谷社

『「アルプ」の時代』 山口耀久 著 初版 2013年10月15日 山と溪谷社

-------------------------------------------
「日本各地にひろがった、こうしたすざましい山地の乱開発は、登山者の心にも変化をおよぼさずにはいなかった。それがどう変わったかは、ひと口に言うのはむずかしい。

しかし 登山とは ほんらい自然そのものの中に分け入る行為であり、したがって反文明的な要素をふくむものだとすれば、機械の便益にたよることは登山から本質的な重要部分が失われるのを避けれない。登山のもつ精神性の希薄化をまねくともいえようか。」『「アルプ」の時代』山口耀久 著 307ページ
-------------------------------------------

昭和58年(1983年)300号をもって 終刊した 月刊誌「アルプ」(1958-1983)。
「アルプ」は ほかの商業誌とは 全く ちがう 独特の風格を備えていた。

それは 今思えば 高い精神性の登山を志した そうそうたる 執筆者陣の顔ぶれ から 醸し出す 雰囲気から えられたものだったといえる。

この アルプの時代 (1958年-1983年) 山を登りだして どんどん 山の面白さにとりつかれ のめりこんでいった 私のような世代は、 多くの「アルプ」執筆者の方々の 数々の 文章を つうじて こうした 登山のもつ精神性を 感じることができた。

山のぼり にとって アルプの時代とは ほんとうに 幸せな 時代だった。

------------------------------------------
「深田さんはあまり人の行かない静かな山が好きだった」『「アルプ」の時代』 山口耀久 著 185ページ
------------------------------------------

いま みわたせば なにか 本来の登山の 方向とはちがう 傾向がやたら 目につく。

相変わらず つづく 著名山ブームなど 本来の 深田久弥 氏の意図とは ちがい、商業主義に踊らされている面が大きい のではないのだろうか?

スタンプラリーで 次から次と ただ山頂だけを目指して あわただしく  登ってしまうと 山中で えられる 感動が より少なくなってしまうのではないだろうか。

それより じっくり 腰を落ち着けて、山に向かうほうが はるかに 多くのものが見えてくると おもうのだが。。。


 いい山の 本の書き手が すくなくなった。

現今 本が出ない 本が売れない など 書籍 出版社 雑誌 業界の縮小がつづき、山の雑誌では、『山と溪谷』『岳人』も 経営が変わった。

「アルプの時代」からみれば
 まさに「登山のもつ精神性が希薄化」しているのを感じざるをえない。

------------------------------------------
「「アルプ」は創刊以来 変わらぬ ”山との心の対話”の姿勢を保ちつづけたことになる。」『「アルプ」の時代』 山口耀久 著 310ページ
------------------------------------------
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

『信州山歩き地図 北信編・東信編』中嶋 豊著

『信州山歩き地図 北信編・東信編』中嶋 豊著
信濃毎日新聞社 2013年6月21日初版


元山岳遭難救助隊長だった中嶋 豊氏の
手作りのイラストマップが出版された。

公開されている中嶋氏のホームページは以前から 高い評価。
 2013年3月 県警退職。 
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

『旅行用心集』八隅蘆庵著 文化7年(1810)

『旅行用心集』八隅蘆庵著 文化7年(1810)

「道中は自由をせんと思ふまし ふ自由せんとすれば 自ゆふぞ」

(旅の間は思うままにしようと思ってはいけない。不自由を当たり前と思えばこそ 思うように楽しめるのだ。)

現代訳『旅行用心集』八隅蘆庵著
桜井正信監訳 八坂書房 2001年

北は津軽 南部 南は薩摩 大隅 日向までの 温泉案内もある。

その当時の旅は 馬や籠もあるが
もっぱら 歩きが基本。

長距離を歩く旅の 心構えなど きちんと書かれている。

今日 数多く出版されている 登山入門書よりも もっと 含蓄のある ことが たくさん書かれていて とても参考になる。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

書棚にたまってきた 週刊ヤマケイ

 (電子)書棚にたまってきた 週刊ヤマケイ。


毎週木曜日発行。

 タイムリーな 山のコンデションなどが よくわかる。

「山の便利帳2013」も電子化されて とても便利。

今後 どんなに増えても 電子書籍なので かさばらない のは 電子書籍の強みだ。


■創刊準備号 01-04

 2012年7月19日の創刊準備号 01から
 2012年9月6日号 04 まで

■創刊号 2012年9月20日から

 2012年12月27日号 通巻15号まで


■ついでに 『山と渓谷』2013年1月号付録 「山の便利帳2013」も 書棚に。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

週刊ヤマケイ

「週刊 ヤマケイ」 創刊準備号。

19日発行だが17日の北アルプスの情報などがでている。

PC版もいいが スマホ タブレットなどにも対応。
早速 ipadにて 拝見。これは いい。


9月20日 からは 毎週木曜日発行で 週末登山の情報源として活用できる。


8月2日、16日、9月6日と準備号を配信、9月20日より完全週刊化
http://www.yamakei.co.jp/company/press_detail.html?id=1095




コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

冬山に灼熱の太陽が輝き 衰えぬ不屈の魂が躍動する。



2007年12月17日 日本経済新聞 春秋

冬山に灼熱の太陽が輝き 衰えぬ不屈の魂が躍動する。

------------------------------------------------------------------------
・・・・・・・・・・・・・
「凍傷にやられたことを自覚しながらも、一晩中 吹雪と強風にさいなまれ、疲れ果ててなんらなす術もなかった。
 この寒気と疲労。それに空腹と凍傷、眠気・・・こんな経験は何度かあるが、今度のように大きな登攀をなしとげた後のビバークだけに、僕はどんな拷問より酷烈に感じた。
ビバークというより「遭難」という方に近い状態だったろう。
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
1957年3月15日午前10時半、四、五のコルで四十八時間ぶりにザイルをわれわれ四人はといた。
ドンちゃんと ピンちゃんは自分の手袋やザイルが、凍傷のため脱いだり、解いたりすることができなかった。
凍ったような白い手の名古屋の人たちに僕は何度も何度も握手を求めた。」
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
「憧憬の氷壁 前穂高四峰正面岸壁」
『山靴の音』芳野満彦 著

------------------------------------------------------------------------

不屈の魂 の芳野満彦氏。2012年。

『絶対に死なない』ドンちゃん
も2011年。

ともに 亡くなられた。合掌。

------------------------------------------------------------------------

「一面、雪と氷と岩の世界。自分以外には誰一人としてこの世に存在しないかのような孤独感。心細さにふと襲われる。ここで諦めて少しでも気を緩めたら、待っていましたばかりに、山の神は我々四人の魂をすくいとってしまうだろう。
そうはさせるものか、必ず生きて戻ってやる!
当時、日本でもっともむずかしいと言われていた岩壁の初登攀に挑み、最難関である大ハングはすでに越えたのだ。あとは無事に生きて帰るだけ。我々の中の「生きようとする力」は、数々の敵と一晩中闘いつづけていた。」


 『絶対に死なない』加藤幸彦著2005年 講談社

------------------------------------------------------------------------
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

『レスキュー最前線長野県警察山岳遭難救助隊』

山の中でレスキューすること

山岳地帯で遭難が発生するような 厳しい気象や地形の条件のもとで
四季を問わず 昼夜 問わずも いつでも 救助要請に応じ ひとをたすけることは いかに 大変なことか よくわかった。

いま ヘリ救助が多くなったものの
ヘリは ジャンダルムで墜落事故があったように 厳しい気象地形条件では 簡単には いかない。

ヘリが 飛べないとき 地上から レスキューしたり、ヘリ救助ができるところまで 要救助者を隊員が背負って移動する。

どんな厳しい 条件でも 救助隊員は全力で対応し 安全確実に 救助している。

この本を読むと 山岳レスキューは  とんでもなく 難しいことで、山中で 人助けができる レベルは桁違いの能力や体力を 必要とする プロ中のプロの仕事だと 改めて 痛感した。

せめて 我々素人に出来ることは レスキュー要請など けっして出すことなどないよう、 万全に 計画し 準備して
山中では 慎重に行動するなど 普段から 遭難しないように 安全登山に こころがける ことだ。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

『山靴の音』芳野満彦 著

「見知らぬ山が
幾重にも
遠く連なる

・・・・・

山 山 山
白い大きな波
そのうねり
・・・・・」


芳野満彦 氏

ご冥福をお祈りします。

------------------------------------
『山靴の音』

耳を澄ましてごらん
・・・ほら  ね  ね・・・
何処からか
古い記憶の
山靴の音が
聴こえてくる
ほら 僕の全身に
滲透(しみ)わたるように・・・・・
-------------------------------------
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

『山岳読図大全』村越 真 著

『山岳読図大全』村越 真  2011年11月 山と溪谷社

実際に起きた 数多くの 道迷い の事例を分析。


どんな きっかけで 道に迷い、
次々と 深みに入っていって
正常ルートに戻れなくなっていたかなど 詳しく記述。

つねに 背景的に 心理的な 要因がかかわっている。



『道迷いとは、様々な要因から生まれたルートの逸脱と現在地の見失いが
人間の心理的傾向によって悪循環的に拡大し、目的地への到達を妨げる現象と
考えることができる。』


初心者ばかりでなく ベテランでも道に迷う。

が つねに

『自分の力量を客観的に判断する努力と、
「リスクを下げたい」という強い意志のみが、
道迷いを減らすことができる。』
コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )

「世界のどこでも生き残る 完全サバイバル術」ナショナル ジオグラフィック

ナショナル ジオグラフィック
「世界のどこでも生き残る 完全サバイバル術
自分を守る・家族を守る」マイケル・S・スウィーニー著
日経ナショナル ジオグラフィック社 2011年8月29日第一版
ISBN:9784863131460



あらゆる環境・地域・条件下で生き延びる力をつけよう!
ナショナル ジオグラフィック

SASなど軍関係のサバイバル本が多かったが
ナショナル ジオグラフィックのサバイバル本は
具体的なサバイバルの実例が数多く出ていて参考になる。
登山の技術書としてもいい。

ただ注意したいのは 「サバイバルの基本」 は 単に 知識やテクニックではない。

軍関係のサバイバル本にも くどい位 出ているように、
サバイバルとは「生き抜こうという意志の力」。

どんなに絶体絶命の 絶望の淵にいたっても  ビクともしない腰のすわった精神的なタフさをもつかどうかが 最後の最後では 生死の決め手になる。

それには 普段から万が一にそなえて 用意周到に準備し 心構えを 鍛えあげて おくことが一番 たいせつだ。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

小島烏水 講演会



小島烏水講演会
主催 日本山岳会関西支部四国同好会
平成22年10月17日 場所 徳島県立文化の森

作家・山梨県立文学舘館長 近藤信行先生 講演会

講演抄録(その1/3)

http://www.youtube.com/watch?v=voAFQWrdx-8

高松に生まれ、東京、横浜へ。「文庫」へ投稿

樋口一葉の研究

講演抄録(その2/3)

http://www.youtube.com/watch?v=GZdHHKkpJMQ
「扇頭小景」明治32年

山の発見

多摩川 東海道 中仙道 などの旅から 山を発見 山を見つける。

感性が豊かだ。

和田峠の北
稲倉峠(しなぐらとうげ)から槍ヶ岳を遠望。
 保福寺峠から安曇野を。北アルプスを見る。

乗鞍を見て 感動し やがて乗鞍へ登り

その乗鞍の頂上から槍を眺め 明治35年に槍ヶ岳を登る。


講演抄録(その3/3)

http://www.youtube.com/watch?v=LA1xOsjq-Lc

初出の「北日本人」は まだ見つかってないが 「文庫」「山水美論」に出ている。
近藤信行先生 ご愛読の烏水の青年期の生きがいが伝わってくる文章。

自分自身の生き方、これを山中にあって感じ取っている その生成発展。

自分が変わっていく ひとつの姿。

自然に触れて 心のなかが変わっていく 人間的な発展。

黒戸尾根から一日で甲斐駒を往復。


明治36年8月旅中「北日本人」に寄す。
拡大

「 山を讃する文 」

 近来邦人が、いたづらなる夏期講習会、もしくは無意義なる いわゆる「湯治」「海水浴」以外に、種々なる登山の集会を計画し、之に附和するもの漸く多きを致す傾向あるは頗る(すこぶる)吾人の意を獲(え)たり、しかも邦人のやや山岳を識るといふ人も、富士、立山、白山、御嶽 等、三四面登り易きを上下したるに過ぎず、その他に至りては、之を賭(み)ること、宛(さなが)ら外国の山岳の如くなるは、遺憾にあらずや。

 例へば東京最近の山岳国といへば、甲斐なるべくして、しかも敢へて峡中に入り、峻山深谿(しゅんざんしんけい)を跋渉したるもの幾人かある、今や中央鉄道開通して、其の益を享(う)くるもの、塩商米穀商以外に多からずとせば、邦人が鉄道を利用するの道もまた狭いかな、たまたま地質家、山林家、植物家らにして、これらの人寰(じんかん)絶したる山間谿陰に、連日を送りたるものあるは、之を聞かざるにあらずといへども、しかもかくの如きはこれ、漁人海に泛び(うかび)、樵夫山に入ると同じく、その本職即ち然るのみ、余の言ふところの意は之に異なり、夏の休暇(サマー・ヴァケーション)は、衆庶に輿へられたる安息日なり、飽食と甘睡(かんすい)とを以て、空耗すべきにあらず、いずくんぞ自然の大堂に詣でて、造花の威巌を讃せざる、天人間に横たはれる契点を山なりとすれば、山の天職たるけだし重く、人また之を閑却するを 許さざるなり。

 余今夏、友人紫紅山崎君と峡中に入る、峡中の地たる、東に金峰の大塊あり、北に八ヶ岳火山あり、西に 駒ヶ岳の花崗岩大系あり、余等の計画はこれらの山岳を、次第に巡るに在りて、今や殆ど其三の二を途げたり、而して上下跋渉の間、心胸、かつ如(かつじょ)、洞朗、昨日の我は今日の我にあらず、今日の我はおそらく明日の我 にあらざらむ、而して是れ向上の我なり、いよいよ向上して我を忘れ、程を逐ひて自然に帰る、想ひ起す、昨八ヶ岳裾野の紫蕊紅葩(しずいこうは)に、半肩を没して佇むや、奇雲の夕日を浴ぶるもの、火峰の如く兀々然(こつこつぜん)として天を衝き、乱焼の焔は、茅萱(ちがや)の葉々を辷(すべ)りて、一こう水(こう=さんずいに弘)の底に聖火を蔵す、富士山その残照の間に、一朶の玉蘭(はもくれん)紫を吸ひて遠く漂ふごとくなるや、桔梗も亦羞ぢて莟(つぼみ)を垂れんとす、渺(びょう)たる五尺の身、この色に泌み、この火に 焼かれて、そこになお我ありとすれば、そは同化あるのみ、同化の極致は大我あるのみ、その原頭を、馬を牽いて過ぎゆくそう夫(そう=にんべんに倉)を目送するに、影は一二丈五丈と延び、大樹の折る如くして、かの水に落ち、忽焉として 聖火に冥合す、彼大幸を知らず、知らざるところ、彼の最も大幸なる所以なり、職、岳神、大慈大悲、我等 に代り、その屹立を以て、その威巌を以て、その秀色を以て、千古万古天に祈祷しつつあるを知らずや。

 狙来先生その『風流使者記』中に白く「風流使者訪名山」と。我等は風流使者にあらず、しかも天縁尽きずして、ここに名山を拝するの栄を得、名山が天を讃する如くにして、人間は名山を讃す、また可ならずや。

 駒ケ岳の麓、台ケ原の客舎に昼餐を了(おわ)りたる束の間に、禿筆を舐(な)ぶりて偶感を記す、その文を成さざる、翼くは我が興の高きを妨ぐるなからむ。」

 (三十六年八月旅中『北日本人」に寄す。)

[ 旧字体など新字体になっている「日本アルプス」岩波文庫 130p-132p より転記。
いくつかの文字は漢字変換できず、ひらがなにしました。]



東海道 拡大



山と人 自然 芸術の 図表 拡大

「山と人文との交渉を論じて山を人間と自然、すなわち歴史と科学を綜合する芸術としてとらえている」






「小島烏水に学ぶもの」

高松に生まれ。 山岳、文学、芸術など多岐に活躍された小島烏水。

「小島烏水 山の風流使者伝」など書かれ烏水研究の第一人者、近藤信行先生ですが、79歳の御高齢にもかかわらず、講演中 何度も「勉強が足りないとか」「まだまだ勉強しなければいけない」とか発言なされました。

2時間の講演中 何度も「勉強が足りない」。「勉強したいと思っている」との言葉。

小島烏水について 知り尽くしているではなく「勉強が足りない」。

本当に まだまだ勉強が足りない とおっしゃられていましたその謙虚な姿勢。

一番大切なのは まず謙虚に 取り組むということを教えていただきました。

今回の講演で 先生のこうした前向きの姿勢に こちらこそ本当に勉強になりました。

有難うございました。


「小島烏水 山の風流使者伝」
        近藤信行 著 創文社 1978



本名 小島久太 (頼山陽の本名 からとった名前、久太。)


 高松の生まれだが1歳で 東京 横浜へ、

「烏水」は明治30年ころから使い出した。

「烏水」の雅号は
信州 上田の文筆家 瀧澤秋曉(たきざわしゅうぎょう)(1875-1957)
の 厳しい 批評

『鵜(う)の真似をする烏(からす)水に溺る』

名前からして謙虚さをあらわしている。


「小島烏水版画コレクション 山と文学、そして美術」
横浜美術館企画監修 大修館書店2007

浮世絵などの美術に関心があり、海外流出した浮世絵を買い戻したりした。


「山岳紀行文集 日本アルプス」
小島烏水著 近藤信行編 岩波文庫1992

趣深山Jimdo
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

『山の遭難 あなたの山登りは大丈夫か』

--------------------------------------

羽根田 氏の言 のとおり 組織登山者含め 引率型登山が主流になり、自主的な 自立型登山をする人が だんだん減っている。

業界に 踊らされ 流行に 左右されることなく 自立した 山歩き を目指したい。

これからも 「自分の山」を じっくり登っていきたい。

--------------------------------------


『山の遭難 あなたの山登りは大丈夫か』
羽根田 治 著 2010年1月15日初版 平凡社

『新聞やテレビなどで報道される遭難事故のニュースを見て、われわれは「自分も気をつけなきゃ」と思う。
だが、他人の事故を「我が身にも起こりえること」として切実にとらえられる人が、いったいどれぐらいいるのだろうか。』

『今 遭難事故が年々増え続けているいちばんの要因は、多くの登山者が「山は危険な場所だ」という認識を持っていないことにあるとあると思う』

『これほど 遭難事故が増えてしまったのは、業界全体の責任でもある。中高年の登山ブームが始まったとき、業界は「山は楽しいところだ」「登山は健康にいい」というイメージだけを全面に押し出そうとし、山の危険を説くことには決して熱心ではなかった(私 {著者 羽根田氏}もその片棒を担いでいたひとりである)。むしろ 見て見ぬふりをしていたといってもいい。そのツケが、今、回ってきているのである。』


『いずれ山は、ツアー登山やガイド登山などの、”連れられ登山”の一行に席巻されるようになってしまうのだろうか。自発的に個人で山に登っている登山者は、今後ますます少なくなっていく気がする。』

『山の遭難 あなたの山登りは大丈夫か』
羽根田 治 著 2010年1月15日初版 平凡社

「トムラウシ遭難事故を考える」シンポジウム

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ