35歳からのアメリカ行政学・公共経営PhD挑戦

ノンキャリ国家公務員を辞め、アメリカ行政学・公共経営のPhDに挑戦するオッサンのブログ(毎週1回更新...たぶん)

若手の研究環境が酷すぎる件

2017-10-21 10:37:56 | Post-PhD生活 -就職浪人-
 最近勉強会や研究会を通じて (参考記事1)、日本の若手行政研究者との交流が続いています。当面自分が就職の競争相手ではないこともあり(参考記事2)、概ね歓迎して頂いています(笑)特に国立大学系で行政学のポジションが公募されるのは稀とのことで、そんな現状を悲観するよりは、逆に利害対立なく若手研究者と交流できる機会とポジティブに捉え始めました(^ ^;

 一方で、日本特有の市場原理で仕事を探す有名国立・私立大学博士号取得者が恵まれているかというと...決してそんなことはありません(=。=|||) 特に若手の研究環境は、アメリカの大学に在籍していた自分から見るとショッキングなほどに酷なものです:

1.研究軽視の買い手市場
 大学の財源が減り学生人口が減る中、大学のポジションは自然と減っていきます。買い手市場であるため、大学側に都合の良い非常勤・任期付き使い捨てポジションが増えています。ここまでは、欧米の大学と変わりません。日本では、大学のニーズである手厚い就職サポートや面倒くさい事務も喜んでこなす人材が求められ、研究を志す若手のやる気を削ぎ続けています。大学のポジションが減り競争が激化する一方で、常勤の仕事を得た若手により恵まれた研究環境が与えられている欧米の現状と逆行しています。

2.実績評価の不透明性
 大学のニーズとして事務負担が増加する一方で、実績主義という世界の大学の潮流もあり、以前に増して若手は業績も求められています。ところが、日本語の研究業績を測る明確な基準がありません。英語の研究業績は、査読付きの学術誌(peer-reviewed journal)に論文を出版することが第一です。さらに、学術誌にはトムソン・ロイターが管理する引用数に基づくランキングもあり、日本に比べると実績評価の基準はかなり明確です。日本では、本を出版することが業績として重要視されているため、自費出版する若手もいるそうです。一方で、審査のない本の出版を第一の業績とすることに疑問もあり、世界の潮流から日本語でも査読付き論文を重要視する声も出始めています。他方で、大学が伝統的に出版を重ねてきた査読のない大学の紀要という雑誌に論文を掲載することも、若手は求められています。結果として、実績評価は恣意的にもなり、コネや血縁が就職に大きな影響を及ぼします。コネのない実力ある若手研究者は、30台を過ぎても大学初任給にも満たない給料で、必死に研究し続けるほかありません。

3.重い授業負担
 運よく常勤の仕事を大学で得たとしても、特殊な大学院大学や旧帝大を除けば、教員の授業負担はアメリカの倍近いです。有名私立大学でも1学期6コマが標準のようですが、アメリカでは中堅以下でも4コマ以上を教えることはなく、研究大学であれば2コマです(参考記事3)。日本の1コマが2時間(アメリカは3時間)であることと、6コマの中にゼミのような特殊な授業形態が含まれることを鑑みても、欧米の大学に比べ授業負担が重いのは明らかです。そんな授業負担を抱え、任期なしの教授として有名私立大学に在籍するシニアの中には、早々に研究をしなくなった方々がいます。買い手市場で評価される側の若手は声を出せずにいるものの、そのようなシニアへの不満感は募る一方です。もちろん、重い授業負担を抱えながら、長年研究を続けておられるシニアの先生方もいらっしゃり、日本の学術レベルはそのような先生方の良心と情熱によって支えられているとも言えます(`・ω・́)ゝ敬礼

 以上、行政学の若手研究者から伺った話を要約したものですが、親戚のような政治学や社会学・心理学など他の社会科学分野にも同じようなことが言えそうです。現状では、文科省が掲げる日本の大学の世界ランキングの全体的な底上げなど、実現できるはずもありません。アメリカ式の研究体制を早々に整えた中国・韓国の大学の後塵を拝する時代は、暫く続くかもしれません。自分も就職が決まっていないような状況で、他人を気遣う余裕もありませんが、逆転の芽を摘まないよう、日々研究に挑み行政学の前進を標榜する若手と一緒に切磋琢磨し、励ましあっていきたいと思います。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿