金谷武洋の『日本語に主語はいらない』

英文法の安易な移植により生まれた日本語文法の「主語」信仰を論破する

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第35回 「日本語の特徴(その1)」

2005-11-25 01:10:48 | 日本語ものがたり
 夏の3か月を名古屋で過ごしたこともあって、しばらく書き込みを怠ってしまった。これをいい機会にここいらで一度初心に帰り、「日本語の特徴」という大きなテーマで数回話してみたい。

 9月からまた新学期が始まった。一度やったら好評だったのに気をよくして、日本語一年生の最初のクラスの冒頭に「日本語の特徴」を話すことにしている。日本語に関心は持っているものの、一体どんな言葉なのか全く知らない学生がほとんどなので、学生の母語である仏語や英語と比較してどういう点で日本語は違っているのかを10点ほど挙げ説明する。大掛かりな旅行に出る前に地図を見せながら見所を話す様なものだから、学生は目を輝かせて聞いてくれる。相手は子供ではないのだし、この導入部分は直接法(Direct method)でいきなり日本語を使うよりも学生の母語で説明した方が遥かに効果的だ。日本語話者の皆さんにも、日本語の性質が改めて理解出来たり、英仏語との比較という点で逆方向に新たな発見があるかも知れない。

 (1) 初級クラスを始める学生が一番知りたいことは、日本語は難しいか、易しいかに尽きる。そこで私は、開口一番「日本語は、実は皆さんが考えているよりもずっと易しいんですよ」と宣言してしまう。日本語を外国人がマスターするのは至難の業と考えている日本人が実に多いが、決してそんなことはない。あまりの見事さに日本人のこちらが恥ずかしくなるような日本語を話し、書く外国人が年を追うごとに急増しているのだ。日本語が「組みやすい相手」である理由として、私は先ず日本語の「音」(言語学的には「音素(phoneme)」という)の話をする。これが日本語の特徴の第一点だ。

特殊音とされる撥音、拗音、促音を別にすれば、日本語の音は母音5つ(a,i,u,e,o)と子音(k,g,s,z,t,d,n,h,b,p,m,r)12、それに半子音(w,y)2つの19しかない。これは世界的に見ても極めて少ない数である。フランス語にはこの約2倍の36、英語ではさらに多く45も音素があるのだ。従ってケベッコワの学生が新たに習得すべき音はなく、やや発音に注意しなくてはいけないのは「ハ行」ぐらいのものである。おまけに中国語やベトナム語などにある、あの厄介な声調(イントネーション)も日本語には不在だ。子音の連続が可能な英仏語の音節(シラブル)は途方もない数になるが、Toyota・Karaoke・Hiroshimaなどの様に、大抵の日本語の単語は子音・母音・子音・母音と行儀よく並んでいるので、音節の数が極めて少ない。ホモニム(同音異義語)が多く、語呂合わせが簡単に出来るのはそのためなのだ。

 (2)よし、発音は簡単そうだ。でも文法は大変なんじゃないか、と学生が心配そうな顔をしだしたら、おもむろに第2点に移ろう。さらに大朗報が続くのだ。「日本語には動詞の活用がない!」と言えば、学生はさらにびっくりして開いた口が塞がらない。でもこれは本当のことだし、別に日本語に限ったことでもなく中国語や朝鮮語だって動詞は活用しない。学生が英仏語以外に高校などで学んだ外国語と言えばせいぜいスペイン語、ドイツ語どまり。結局は系統論で言う「インド・ヨーロッパ語族」の枠内だから、動詞が活用をしない言葉が地球上にあるなんて考えたこともなかったという顔をしている。外国語を学んで結局自分の言葉や文化を発見するというのは、こうした瞬間だ。この2点だけでも「日本語って思ってたより簡単みたいだ」と学生が考えて当然なのである。

 「動詞が活用しない!」と聞いてショックを受けた学生の何人かがはっと我に返って手を上げ、「それで、誰の行為なのか、ちゃんと分かるんですか」と聞くのも毎年のことだ。少しも慌てず、「分からなくてもいいんです」と答えて、学生にとっては初めての日本語文「tabe-masu」を板書する。ローマ字で書くのは、学生がまだ平仮名を知らないからだ。(平仮名はこの最初のクラスの後半からすぐ始める)
「tabe-masu」の文法説明はこうなる。「tabe」は動詞ですが、原形不定詞(manger/to eat)のようなもので、これだけではまだ文じゃありません。これを(肯定)文にするために「masu」をつけますが、これには「誰が」を示す人称語尾は全くありません。ここまで話してから、「さて、皆さん。この文の意味は何でしょう。仏訳してください」と質問をしてみる。

 すると、騒がしかった教室は一瞬沈黙に包まれる。虚を衝かれた学生に声が出ないのもその筈、仏語では「主語が選ばれないと動詞の形が決まらず、文が作れない」からである。この「主語によって、動詞の形が決まる」ことを「動詞の活用(人称変化)」という。日本語にはそれがないのだ。学生が困っているので正解を言おう。毎年、学生が目を丸くする答えはこうだ。
 この文の意味は「Je mange. Tu manges. Il mange. Elle mange. Nous mangeons. Vous mangez. Ils mangent. Elles mangent. On mange.」のどれかです。でもそのどれかはこの文からだけでは分かりません。それを決定するのは文脈なんです。 (2005年9月)

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4 コメント

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Unknown (Unknown)
2009-06-13 13:57:46
えっ?「動詞が活用しない!」?
いままで教えてきた経験によって、初級でも、ちゃんと動詞の活用を教えてあげたほうが学生にとって、分かりやすいと思います。特に辞書形をしっかり覚えさせて、それから、その活用のルールとか教えて、後は学生が楽ですよ。
誤解です。 (たき)
2009-06-15 10:35:17
ここで言いたかったのは、日本語が英仏語のように「主語の人称によって動詞が変化する」ことはない、という意味です。つまり人称語尾の変化です。

日本語は全く別な意味の「活用」です。日本語の、例えば「五段活用」などと言う時は、動詞の分類ですから。
conjugation (佐藤)
2009-06-16 02:21:13
 これも英語の訳語による誤解みたいですね。「conjugation」と言えば、狭義には、人称、性、数の活用なので誤解されませんが、日本語で「活用」と言うと、もっと広い意味になります。英語での派生(delivation)も含んでいます。
全面的に否定する (keitan)
2013-10-21 22:00:43
 新書を一冊読ませて戴きました。
 一冊だけで語るのも何ですが、主語のない言葉は何処にもありません。
 恐らくは省略の規則に関して御理解がないと思われます。ないのではなく省略されるだけです。省略の仕方と謂うものが歴然とあります。
 英語にも偶に主語の省略された(主語がないかのような字面となる)構文は用いられます。映画などを観るとよくあります。
 また、人称活用も、日本語は基本的に人称活用です。近現代の国語学者等が勝手にその体系を放逐して訳の分からない概念を作り出したのでそうではないかのように思われています。(私のサイトに解説があります。前記のURLのブログよりリンクして下さい。)

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