日本語ものがたり(第42回) 「奈良時代のホッケー」
今回は、奈良時代の日本にもホッケーがあったというお話を。この話題が、左利きの意味で使われる「ぎっちょ」と結びつくのだから、う〜ん、やっぱり言葉は「小説より面白い」と思う。
私は4人兄弟で姉、兄、弟が一人づついるが、この弟が左利きだ。それで、小さい頃から「ぎっちょ」という言葉はよく聞いて育ったが、なぜ「ぎっちょ」と言うのか、つまりその語源が何かを立ち止まって考えたりしたことなどなかった。
それが分かったのはカナダに来てからである。その上、カナダと言えばこのスポーツ、と言われるアイスホッケーが何と「ぎっちょ」に関係があったのだから驚いた。ミステリー仕立てでさらに言えば、「ぎっちょ」と「ホッケー」の関係が分かるためには、ある橋渡しが必要だった。見つかった「ミッシング・リンク」は、俳句の季語である。一見全くバラバラに見える、奈良時代と俳句とホッケーと「ぎっちょ」が一気に繋がって、言葉オタクの私はいささか興奮した。
モントリオールには皐月会という句会があり、毎月第一日曜日午後に会員が日系文化センターに集まる。私も長年メンバーで、下手な俳句をひねっては楽しんでいる。(あ、ここしばらく句会をご無沙汰してますが、その内に戻ります)
数年前に遡るが、皐月句会を率いる渡辺繁さんが聞き慣れない季語を使った。「左義長(さぎちょう)」である。渡辺さんが、これは「どんど焼き」のことだ、と説明してくれた。日本全国で行われる民間行事だから、ご存知の読者も多かろう。村境などで、正月で使った注連縄や松飾りを燃やす火祭で、その火で焼いた餅を食べると年中の病気を除くという。この行事が行われるのは小正月(1月15日)で、俳句では正月の季語となっている。「どんどやき」は単に「どんど」とも言われる。火が盛んに燃えるさまを表現したオノマトペア(擬音語)に違いない。
何故「どんど焼き」に「左義長(さぎちょう)」などという不思議な別名があるのだろう。好奇心にかられて、ちょっと調べてみると、本来は別な漢字であったことが分かった。それが「三毬杖」あるいは「三毬打」で、発音は「さぎちょう」あるいは「さぎっちょう」である。発音はそのままに、漢字を見た印象のいいものに変えることは「好字化」と言い、日本ではよく行われる。苗字の「窪」が「久保」に、「北」が「喜多」になったのもその例。日本人の苗字で「佐藤」に次いで二番目に多い「鈴木」はもともと「薄」や「芒」だったという説もある(が、異論もある)
さて、この火祭は宮中でも神事として正月行われた。清涼殿の東庭で、青竹を束ね立て「三本の毬杖(毬打)」をそこに吊るした。毬杖には扇子、短冊などを添え、それを陰陽師が謡いはやしつつ焼いたのである。「三本の毬杖」で「三毬杖」。つまり「左」は、本来は数字の「三」だったのだ。俳句や短歌の五七調のリズム、七五三の祝い、注連縄の筋数(七五三)、華道の基本も三本枝、長さの比も七五三であるなど、民から神へは奇数が用いられるのは日本文化の奥深い伝統だが、ここでも毬杖は三本立てられていた訳だ。これで謎が解けた。左利きの人を「(左)ぎっちょ」というのは、「三毬杖」の書き換えられた「左義長」の「左」のせいに違いない。(広辞苑の「さぎちょう」に宮中行事、三毬杖の様子が描いてある)
「毬杖(毬打)」とは何か、という問題が最後に残ったが、これは読んで字の如し。毬杖で毬を打ち合う遊びが毬打である。奈良時代に中国から伝わったらしい。大人が足で毬を蹴る「蹴鞠(けまり)」があるのに並行して、毬を長柄(ながえ)のような杖で打つ「毬杖・毬打(ぎちょう・ぎっちょう)」が子供にはあったのだ。やはり広辞苑の「ぎっちょう」を参照されたい。蹴鞠がサッカーに似ているとすれば、杖を使うこちらはホッケーだろう。昔々、宮中のやんごとなき雲上人がホッケーやサッカーを楽しんでいたとは。そんな様子を想うと愉しい。
左義長へ行く子行き交ふ藁の音 中村草田男
みちのくの星燦然とどんど焼 三谷いちろ
(2006年9月)
応援のクリック、よろしくお願いいたします。

今回は、奈良時代の日本にもホッケーがあったというお話を。この話題が、左利きの意味で使われる「ぎっちょ」と結びつくのだから、う〜ん、やっぱり言葉は「小説より面白い」と思う。
私は4人兄弟で姉、兄、弟が一人づついるが、この弟が左利きだ。それで、小さい頃から「ぎっちょ」という言葉はよく聞いて育ったが、なぜ「ぎっちょ」と言うのか、つまりその語源が何かを立ち止まって考えたりしたことなどなかった。
それが分かったのはカナダに来てからである。その上、カナダと言えばこのスポーツ、と言われるアイスホッケーが何と「ぎっちょ」に関係があったのだから驚いた。ミステリー仕立てでさらに言えば、「ぎっちょ」と「ホッケー」の関係が分かるためには、ある橋渡しが必要だった。見つかった「ミッシング・リンク」は、俳句の季語である。一見全くバラバラに見える、奈良時代と俳句とホッケーと「ぎっちょ」が一気に繋がって、言葉オタクの私はいささか興奮した。
モントリオールには皐月会という句会があり、毎月第一日曜日午後に会員が日系文化センターに集まる。私も長年メンバーで、下手な俳句をひねっては楽しんでいる。(あ、ここしばらく句会をご無沙汰してますが、その内に戻ります)
数年前に遡るが、皐月句会を率いる渡辺繁さんが聞き慣れない季語を使った。「左義長(さぎちょう)」である。渡辺さんが、これは「どんど焼き」のことだ、と説明してくれた。日本全国で行われる民間行事だから、ご存知の読者も多かろう。村境などで、正月で使った注連縄や松飾りを燃やす火祭で、その火で焼いた餅を食べると年中の病気を除くという。この行事が行われるのは小正月(1月15日)で、俳句では正月の季語となっている。「どんどやき」は単に「どんど」とも言われる。火が盛んに燃えるさまを表現したオノマトペア(擬音語)に違いない。
何故「どんど焼き」に「左義長(さぎちょう)」などという不思議な別名があるのだろう。好奇心にかられて、ちょっと調べてみると、本来は別な漢字であったことが分かった。それが「三毬杖」あるいは「三毬打」で、発音は「さぎちょう」あるいは「さぎっちょう」である。発音はそのままに、漢字を見た印象のいいものに変えることは「好字化」と言い、日本ではよく行われる。苗字の「窪」が「久保」に、「北」が「喜多」になったのもその例。日本人の苗字で「佐藤」に次いで二番目に多い「鈴木」はもともと「薄」や「芒」だったという説もある(が、異論もある)
さて、この火祭は宮中でも神事として正月行われた。清涼殿の東庭で、青竹を束ね立て「三本の毬杖(毬打)」をそこに吊るした。毬杖には扇子、短冊などを添え、それを陰陽師が謡いはやしつつ焼いたのである。「三本の毬杖」で「三毬杖」。つまり「左」は、本来は数字の「三」だったのだ。俳句や短歌の五七調のリズム、七五三の祝い、注連縄の筋数(七五三)、華道の基本も三本枝、長さの比も七五三であるなど、民から神へは奇数が用いられるのは日本文化の奥深い伝統だが、ここでも毬杖は三本立てられていた訳だ。これで謎が解けた。左利きの人を「(左)ぎっちょ」というのは、「三毬杖」の書き換えられた「左義長」の「左」のせいに違いない。(広辞苑の「さぎちょう」に宮中行事、三毬杖の様子が描いてある)
「毬杖(毬打)」とは何か、という問題が最後に残ったが、これは読んで字の如し。毬杖で毬を打ち合う遊びが毬打である。奈良時代に中国から伝わったらしい。大人が足で毬を蹴る「蹴鞠(けまり)」があるのに並行して、毬を長柄(ながえ)のような杖で打つ「毬杖・毬打(ぎちょう・ぎっちょう)」が子供にはあったのだ。やはり広辞苑の「ぎっちょう」を参照されたい。蹴鞠がサッカーに似ているとすれば、杖を使うこちらはホッケーだろう。昔々、宮中のやんごとなき雲上人がホッケーやサッカーを楽しんでいたとは。そんな様子を想うと愉しい。
左義長へ行く子行き交ふ藁の音 中村草田男
みちのくの星燦然とどんど焼 三谷いちろ
(2006年9月)
応援のクリック、よろしくお願いいたします。
コメント (4) |
トラックバック (0) |









