金谷武洋の『日本語に主語はいらない』

英文法の安易な移植により生まれた日本語文法の「主語」信仰を論破する

第69回 「日本人が出所直後に逮捕です」

2011-04-29 20:06:47 | 日本語ものがたり
 前回から、変化しつつある日本語の新しい状況をいくつか取り上げている。第二回目は、「動詞文が名詞文に化ける」傾向だ。分かりやすく言いかえれば「〜ます」とその様々な変化形で終わっていた動詞文が、たった一つの「名詞+です」に全て収斂してしまうことだ。聞いていて「あれ?」と思わされるこうした「疑似名詞文」が、特にニュースで多用されていることに気づいたのは最近のことである。先ずは実例をご覧いただこう。

(1)「長寿大国日本が抱える問題点を検証です」
 「長寿大国日本が抱える問題点を検証します」のことだとは分かるが、思わず「え?」と言いたくなる。さらにいくつか、インターネットで聞いてメモしたニュースの引用を下に並べてみた。(2)から(7)までは、全て実際にアナウンサーやレポーターが口にしたものである。アナウンサーの場合は間違いなく原稿を読んでいるのだから、これらは正しい文として原稿が書かれ、校正さえパスしたことになる。

(2)「北海道で降った激しい雨による崖崩れが温泉街を直撃です」
(3)「逃げた男の写真を公開です」
(4)「逮捕されたのは17歳の少年で、小学六年生の胸や腹などを刺し、殺害した疑いです」
(5)「日本人が出所直後に逮捕です」
(6)「来月上海でのSMAPコンサートにも暗雲です」
(7)「人気の知事が不出馬を表明です」
(8)「菅さん、どういう答弁をするかが注目だったんですけど…」

 私にはこれら全てが「耳障り」なのだが、このブログをお読みの皆さんはどう思われるだろう。文によっては意見が分かれるかも知れない。明らかな誤用は別として、文として自然(=正しい)か不自然(=間違い)かの判断は人によって微妙に異なるからだ。

 明らかな間違いと思われた表現がいつしか市民権を得て、正しい表現となることは実は珍しくない。コセリウという言語学者の有名な著作を和訳したときに、風流な、しかし原題とは全く関係のない題をつけた国語学者、亀井孝のことを思い出した。訳書のタイトルは「うつりゆくこそことばなれ」というのである。単語のレベルの顕著な例を一つだけ挙げるなら「新しい」の読みも「あらたしい」から、いつしか「あたらしい」に変わってしまった。(昔の読み方は今でも「気持ちを新たにする」などに残っている)

 そうした事情を十分理解した上だが、もし私が校正を任されたデスクなら、これら(1)から(8)の全てに迷うことなく朱を入れるだろう。そして文末をこう変える。(2)「直撃しました」(3)「公開しました」(4)「殺害した疑いが持たれています」(5)「逮捕されました」(6)「暗雲が立ちこめています」(7)「不出馬を表明しました」(8)「菅さん、どういう答弁をするかが注目されたんですけど…」 結局、ワンパターンに「です」で終わっていた「疑似名詞文」を、「ます」(とその変化形)を使って本来の「動詞文」に復元するだけのことだから、誰にでも簡単に出来る操作である。

 添削したい理由は簡単で、私の耳に(1)から(8)までの文が、こなれた自然な文に聞こえないことに尽きる。不自然に聞こえる理由はないわけではない。「を・に・で」などの格助詞(を伴う補語)は動詞文に現れるのが基本で、名詞文では使われにくいからだ。だから、「結果を発表した」の方が「結果を発表だ」より文の坐りがいい。「結果の発表だ」ならまだしも。

 人によっては、例えば上記の(5)において、一体問題となっている日本人が「逮捕した」のか、「逮捕された」のかが曖昧だから悪文だ、と言う人がいるかも知れないが、それはちょっと違うだろう。文の意味は文脈で分かればいいので、全ての事実関係を明らかにする文がいい文だとは言えないからだ。この点で別な例を挙げれば、「田中さんが好きだ」などという文は、話題の田中さんが「好いている」のか、「好かれている」のか、両方の可能性があるけれど、対話の場という「文脈」さえ与えられれば、全く自然に聞こえる。

 とは言っても、おそらくは、(5)「日本人が出所直後に逮捕です」のような新傾向の文も、これから多用され続けるに従って、若い世代の日本人には自然な文と見なされていくのだろう。前回取り上げた「為替介入を実施を致しました」のような「を入れ文」が、今の所は誤用と見なされるのに対して、今回の「疑似名詞文」の方は、「正誤」ではなくて「好き嫌い」で評価される状況なのだと思う。いずれにしても、今から一世代も後になったら、「え、どこが問題なの?」と逆に聞かれるようになるに違いない。栄枯盛衰、盛者必衰、諸行無常でこそ「生きた言葉」というものなのだから。「うつりゆくこそことばなれ」は、蓋し名言である。(2011年4月)


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第68回 「一貫を致しているところであります」

2011-04-04 09:58:47 | 日本語ものがたり
 日本へ帰るたびに同胞の、それも若者の日本語に耳を傾けるが、さすがは母語でほぼ完全に理解出来るのは嬉しい限りだ。最近の日本語は変わりつつあると言う人が多いが、せいぜい外来語、あるいは日本語らしく味付けした和製英語が増えたぐらいではなかろうか。今日の日本語も、基本的には、30年以上前に私が日本で話していた言葉そのまま、という印象を受けている。

 とは言え、やはり言葉は生き物である。さらに目を凝らし、耳を澄ませば、「あれ?」と思う変化がないわけではない。面白いのは、インターネットのYouTubeなど動画サイトで、話し言葉に字幕が添えられる場合に、両者に微妙な違いが現れることだ。これは、話し言葉の表現がいまだに「間違い」と見なされ、そのエラーが字幕で修正されるからだろう。私のような言葉ウォッチャーには見逃せない用例で、せっせとメモを取っている。

 これから「最近の日本語」を三回ほどの連載で試みたいと思う。第一回は、「行為名詞+する」のケースだ。行為名詞はほとんどが二字の漢語で、「勉強、運転、許可、判断、研究、観光」など、何でもいい。これに和語の「する」を添えて動詞化したものを仮に「行為の複合名詞」と呼んでみよう。

 「行為の複合名詞」が最近、妙な使われ方をする。その前に直接目的補語「名詞+を」を伴ったときに、「行為名詞+する」に余計な「を」が出現するのだ。結果として「を」が二回現れる。何とも不思議なのは、際立って政治家に使用例が多いことである。

 例えば私がメモを取った例では、岡田克也外相(当時)が、インドの核実験をコメントして、こう述べている。「そういうことがあれば我々としては協力を停止をします」。前外相に負けてはならじと思ったか、前原誠司外相(当時)も「核ミサイル・拉致、この問題を解決をした上で…」と言っている。どう考えても、岡田氏は「停止します」、前原氏は「解決した上で」と言った方が良かった。その証拠に、動画の編集段階で正誤の判断が下され、どちらの場合も字幕スーパーではちゃんと2つ目の「を」が消されている。

 実はこれらは日本語教室でもよく見られる間違いで、「漢字を練習する」と「漢字の練習をする」はどちらも正しいが「漢字を練習をする」と言ったり書いたりしたら、これはペケで、教師は迷わず直す。日本の政治家に直す人がいないのは残念である。

 あまりに多いのでもうメモを取るのは止めたのだが、ノートに残っている誤用を列挙してみよう。なお、最初の例については第46回「安倍首相の日本語力」でも取り上げた。
(安倍晋三首相(当時))「先ほど、党の五役に対しまして私の考え、決意を、お伝えを致しました」
(野田佳彦財務相)「先ほど為替介入を実施を致しました」(字幕は「実施しました」)
(原口一博総務大臣(当時))「小沢さんの支持を表明をさせていただきたいと思います」(字幕は「表明させて」)
(同)「非常にこの地域(=尖閣諸島)の重要さ、それを痛感をしたところでございます」(字幕は「重要さを痛感した」)

 さて、上で「(名詞)を(行為名詞)をする」の例を誤用と見なす根拠は、「を」の不必要な重複と言えるだろう。ところが、『お言葉ですが…(5):キライなことば勢揃い』(文春文庫2004)を読んでいたら、先行の「名詞+を」がないものまで、筆者の高島俊男氏は「耳障り」だと見なしているのに気がついた。読者のお手紙にまで「耳障り」と断じるのは高島氏らしいが、何とも手厳しい。

 「新幹線のアナウンスで「まもなく発車をします」「次は名古屋で停車をします」。読者のお手紙にも「感動をしました」「お待たせを致しました」とありますが、耳障りです」 

 そんな高島氏に是非お見せして感想を聞いてみたい、とっておきの文が菅首相の国会答弁の中に登場した。
(菅直人首相)「私のこの考え方は一切ぶれておらず、一貫を致しているところであります」(字幕は「一貫している」)

  これなどは誤用を越えて、もはや滑稽の領域ではなかろうか。「一貫する・一貫している・一貫して」は一続きの単語で、「一貫を・する」とは普通切らない。「協力を・する」などとはかなり性格が違うのだ。そして「一貫を・する」が変なら「一貫を・致す」も同様に変ということになる。むしろここでは「一貫する」を切らずに「一貫しております」と言うべきだったろう。上記の高島氏ならずとも「一貫を致しております」で既に耳障りだが、菅首相はさらに、行為の進行形と誤解されそうな「しているところ」を続けたために、被害をさらに大きくしてしまった。(2011年3月)

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第67回 「◯◯ちゃんみたく可愛くなりたい」

2011-02-16 22:51:25 | 日本語ものがたり
 言葉に関する「よしなしごと」をこのブログで書き続けているわけだが、とりわけ嬉しいのは読んだ人からコメントや質問が寄せられる時である。間違いを正して下さる方、知らなかった新事実を教えて下さる方、どちらも有難く大助かりで、手を合わせてお礼申し上げている。

 今回の表題「◯◯ちゃんみたく可愛くなりたい」もそうだった。前回、「馬鹿みたい」のような「みたい」は「見た様」が崩れたものだから、「馬鹿みたいだった」とは言うが、「馬鹿みたかった」とは言わないと書いた。すると、ある方からこういうお便りを頂いたのである。「拝啓。(…)確かに『馬鹿みたかった』は間違いで、『馬鹿みたいだった』が正しいと思います。でも『◯◯ちゃんみたく可愛くなりたい』という言い方はどうですか。若い人ならよくこんな風に言いますよ。勿論『◯◯ちゃんみたいに可愛くなりたい』の方が正式でしょうが」
 
 う〜ん、なるほど。仰せの通りである。これは盲点を突かれました。しかし、この方がいみじくも「若い人ならよくこんな風に言いますよ」というところにご注目頂きたい。これは若者言葉なのである。ちなみに『日本俗語大辞典』(米川明彦:東京堂出版2003)を見ると、こう書いてある。

 ☆みたく(助): 「みたいに」というべきを形容詞的に活用したもの。〜みたいに。〜のように。東北・北関東では昔からあることばで、それが東京に入り、関東地方に広まった新方言。若者語。

 さらにインターネットの検索エンジン、グーグルに「みたく みたいに」と単語を二つ放り込んでを調べてみた。すると、出てくるわ、出てくるわ。この二つの表現の比較に、日本人と日本語学習者の多くが情熱を燃やしていることがわかった。面白かったのは、まるで東京の電話帳みたいに(電話帳みたく?)分厚い、あの『現代用語の基礎知識』の1983年版には既に『みたく』が「若者用語」として収録されているという話で、そうすると30年近く前にはもう「みたく」が若者の間で使われていたことになる。

 さらに驚いたのは、それより早い1979年に、かつて一世を風靡したピンク・レディーが歌っていたという「Do Your Best」の歌詞である。こういう所があるらしい。「イエス・キリストみたくやさしく、ジュリアス・シーザー以上にsexyな男」  この歌で「みたいに」を「みたく」にしたのは、明らかに若者ファンを意識したものだろう。早速「ググって」みたら、作詞は伊達歩という人である。1975年に日本を離れカナダにやってきた私は聞いたこともない歌だが、皆さんはご存知でしたか。

 それにしても、「みたく」が誤りか、そうでないのか、という話に突然「ピンク・レディー」が登場したという見事なオチに、しばし笑ってしまった。というのは、このコンビがアメリカに進出した際に、グループ名が間違いだと言われたことからである。確かに、「ピンク・レディー」と呼ぶのは英語では「誤り」で、(ミーとケイの)二人なら「ピンク・レディーズ」と複数でなくてはならない。ビートルズの4人が登場しようとするステージで、司会者が「ザ・ビートル!」と叫ぶ滑稽さを想像してみよう。一世を風靡したアメリカの兄妹コンビ、あの「ザ・カーペンターズ」だって、コンビだから「ズ」がつくので、苗字は「カーペンター」だった。澄んだ声が印象的だったが、可哀想に拒食症で亡くなってしまった妹はカレン・カーペンターである。

 さて、最後に前回の宿題を取り上げる。残っていた問題は、「食べにくい」と「食べづらい」が、全く同じ意味で取り替え自由なのか、ということだった。「〜するのが難しい」という意味で現在も使われる「づらい」と「にくい」のニュアンスに果たして違いはあるのか。

 結論を言えば、ここにも時代の流れがあるのだ。「食べがたい」とはもう言わないように、「かたい・つらい・にくい」の三人組で一番古いのは「かたい」だったが、その次が来たエースが「にくい」なのである。以下、早稲田大学講師、飯間浩明さんのブログ『ことばのページ』に頼りながら書くと、山田俊雄の『ことば散策』(岩波新書1999)によれば、夏目漱石はもっぱら「〜にくい」を使っており、「〜づらい」は僅かに『草枕』の中に出て来る「生きづらからう」だけであるらしい。また山田自身も漱石に賛成で「〜にくい」ばかりを使っており、「〜づらい」は「私の耳底を刺激する」から不快だ、とまで書いているとのこと。

 しかし、漱石や山田氏のような「にくい派」は、今ではほとんどいないだろう。優勢だった「にくい」の領域を、後発の「づらい」が次第に席巻して行って、現在は両者の力が拮抗していると思われる。私自身も「言いにくい」と「言いづらい」を両方ともよく使う。しかし、使う場面が微妙に違うような気がしないではない。「言いにくい」のは、例えば、お金を落としてしまった子供が母親にそのことをなかなか言えないような場合の「意志的・主観的な拘り」。一方、「言いづらい」は、どちらかと言えば、「特許許可局許可局長」のような早口言葉の場合の「無意志的・客観的・技術的困難」で使うことが多い。もっとも、完全に分けているのではなく、あくまでも傾向だが。

 例えば、「見えにくい・聞こえにくい」と言って、「見えづらい・聞こえづらい」とは言いにくい。これも、「見える・聞こえる」が無意志動詞だからではないだろうか。とは言え、言葉は生きて変化しつづけている。両者の使い方は人によって違うのだろう。結局、新参者の「づらい」が「にくい」を押しのけて勝利する出世物語に、現代の日本人は立ち会っているということかも知れない。   (2011年2月)

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第66回 「和語と親しむ(6): つらい・かたい・にくい」

2011-01-27 22:10:30 | 日本語ものがたり
 今月も和語の話を続けてその6回目としよう。表題は和語の形容詞「つらい・かたい・にくい」とした。漢字で書けば「つらい」は「辛い」、「にくい」は「憎い」だ。「かたい」には様々な漢字があって、「硬い・固い・堅い」などとあれこれ思いつく。

 これらの形容詞を取り上げるのは、これらが一つの顕著な特徴を共有しているからだ。それが何か、ご存知だろうか。もしすぐ答えられる人がいたとしたら、きっと日本語を外国語として教えた経験があるに違いない。

 正解は、これらの形容詞の全てが、動詞の連用形に後置して「〜するのが難しい」という意味を表すという点である。だから「信じがたい、言いにくい、食べづらい」などとなる。この共通点が分かりにくいのは、おそらく「連濁(れんだく)」のせいである。トリオの内、「つらい」と「かたい」では、語頭が濁って「づらい(例:分かりづらい)」、「がたい(♫忘れがたきふるさと」などとなるからだ。これに対して「にくい」の「に」は、これに対する有声音はないから、そのまま「にくい(覚えにくい)で使われる。なお「かたい」や「にくい」を「難い」と書くことがあって、振り仮名が無ければ「言い難い」が「言いがたい」なのか「言いにくい」なのか区別出来なくなる。
 
 さて、ここまで読まれた方の頭の中に、いま、疑問符「?」が点滅してはいませんか。何故意味が同じなのに、3つも形容詞があるのだろう…?という疑問が。因みに、逆の意味の「〜するのが易しい」の場合、動詞の連用形につくのは「やすい」一語である。難しいの方が三つある理由の一つは、「日本語が時代とともに変化したから」だ。その証拠に、これら三つの和語には歴史的盛衰(浮き沈み)があった。早い話が「つらい・かたい・にくい」の中には、動詞との新しい組み合わせを作る力をもはや失ったものが一つある。

 それは「かたい」だ。「♫忘れがたきふるさと、曰(いわ)く言いがたい、忍びがたきを忍び耐えがたきを耐え…」などは、それぞれ歌詞、昔から言い継がれた常套句、終戦の勅語であって、日常生活では「動詞+がたい」はもはや新たに作り出されない。例えば、何かを食べようと箸でつまもうをするが、表面がつるつるして滑り落ちてしまう。そんな時、皆さんならどう言うだろうか。「取りにくい・取りづらい」とは言うが、「これ、ちょっと取りがたいね」などと言うのは相当変わった人だ。「かたい」は残り2つの形容詞に跡を譲って、この仕事をリタイヤした、と言っていいだろう。「かたい」さん、長年のお勤め、お疲れさまでした。

 もっとも「かたい」氏は、日本語に大変重要な足跡を残し、まさに功労賞ものの大和言葉である。お気づきだろう、日本人なら今日でも毎日数回は使う、最もありふれた感謝の言葉「ありがとう」が「かたい」氏の残した作品なのだ。「有難い」とも書くように、「あることが難しい」が原意である。面白いのは外国語との共通点で、「硬い」の意味の英語hard、仏語durがそれぞれ動詞を伴って「hard to say/dur a dire」(aにはアクサン・グラーヴがつく)となると俄然「〜するのは難しい」の意味となる。ヒトが何かを「難しい」と感じるときに、その状況を具体的な皮膚感覚で「硬い・hard・dur」と表現することにはきっと普遍性があるのだろう。それは問題が「氷解」したり、素直でない人間について「頑(かたく)な・頑固(がんこ)・石頭」などと、いずれも「固いイメージ」を使うことにも明らかだ。

 「ありがとう」が「あり+かたい」から来ていることを現代日本人が意識しないのと同様に、語源が意識されないもう一つの例は、「きれい・美しい」の反意語の「みにくい」である。よく「醜い」と漢字で書かれるせいか、これが「見ることが難しい」の「見・にくい」から来ていることも、なかなか気づかれない。これとよく似ているのが「馬鹿みたい!」という時の「みたい」で、ここにも「見る」が隠れている。とは言え、「見たい」ではなく、その語源は「見たよう(=様)」である。「馬鹿みたいな話」とは「馬鹿見たような話」から「みたような=>みたよな=>みたいな」と変化した。その証拠に、「馬鹿みたいだ」の過去は「馬鹿みたかった」ではなく、「馬鹿みたいだった」となる。もし語源が「見たい」であったら「見たかった」となる筈だから。

 一度学生から「あいにく(生憎)」という言葉について、「これは「会い(合う)+にくい」から来ているんですか」と聞かれたことがある。なるほど「生憎」は「(両者の都合が)合いにくい」と解釈出来ることも出来るし、実にいい質問だ。しかし、実は半分しか合っていない。「あいにく」は古語の「あやにく」の崩れたもので、「あや」は動詞でなく感動詞なのだ。後半は「生憎」とも書くように確かに「憎し」の語幹で、意味は「あぁ、憎たらしい」である。「あやにく」が「あいにく」になったのは「や=>い」の変化で、これは「みたよな」が「よ=>い」と転じて現代日本語で「みたいな」になったこととよく似ている。

 最後に残った問題は、「がたい」が生産性を失った現代日本で依然使われている「づらい」と「にくい」のニュアンスの違いだ。果たして「食べにくい」と「食べづらい」が全く同じ意味なのかどうか、次回はそれを考えてみよう。(2011年1月)

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第65回 「和語と親しむ(5):消せど燃ゆる魔性の火」

2010-11-21 22:59:07 | 日本語ものがたり
 前回、和語の面白さの一つとして「時を越える働き」を指摘した。英語ならば「to ask」と「to listen」に分かれる行為が、和語では「きく(訊く・聞く)」一語で間に合う、というような例をいつくかあげた。

 この「きく」の例では、さらに「効く」を加えていいかもしれない。いたずらをした子供に「そんなことをしては駄目だよ」と、よく言い「聞かせた」とき、叱られた子供が言われたことをその後よく守ったら、その子は「聞き」分けがよいとされる。すると、「(言いつけを)聞く」のは、叱った効果があったわけで、その意味では「(薬が)効く」と同じかも知れない。「訊く=>聞く」から、さらに「聞く=>効く」まで、漢字でこそ書き分けるものの、和語としては一つの「きく」が「時を越えて」行く。考えてみると、そもそも「時(とき)」という言葉自体が、「解き、溶き、融き」と同じ語源なのだ。時間の流れに沿った変化がここでも暗示・予想されている。

 他の動詞では『よむ』がある。ある風景に心を動かされて俳句や短歌が浮かんだとしよう。これは「詠む」ので、創作の営為である。その作品を、誰か他の人が鑑賞するなら、そちらは「読む」わけだ。ここにもかなり長い時間の推移がある。

 さて、こんな和語の世界と実に対照的なのが英仏語の動詞である。こちらは、時を延ばしていく和語とは逆方向に、時を縮め、一瞬の出来事のように表現することが多い。そうした例を日本語と対比しながらいくつか見ることにしよう。

 先ず「to drown」という動詞が思いつく(仏語は「se noyer」)。「He drowned in the river」」はどういう意味だろうか。これを「彼は川で溺れた」と和訳してはいけないことを知って、大変驚いたことがある。

 何故か。日本語の「溺れる」では、まだ死んだかどうか、分からない。だから「川で溺れたが、危ないところで助けられた」と言える。ところが「to drown」の意味は「溺れる」ではなく「溺れ死ぬ、溺死する」なのである。だから「He drowned in the river, but he was saved」は意味をなさない。

 同様に「to burn」も「燃やす・燃える」だけでは不十分で、日本語なら「手紙を燃やしたが、燃えなかった」と言えるのに、英語の「I burnt the letter, but it didn’t burn」は意味的に矛盾した文となる。

 結局、辞書にはいちいち書いていないが、「burn」の厳密な意味を日本語で言えば「燃やし尽くす、燃え尽きる」なのである。反意語の「to extinguish/to put out」の「消す」も、日本語なら、今回のタイトルのように「消せど燃ゆる魔性の火」は可能だが、英語には直訳出来ない。これは2000年の大ヒット曲「TSUNAMI」(作詞作曲:桑田佳祐)の歌詞の中にある表現だ。その直前には「止めど流る清(さや)か水よ」という言葉もあるが、やはりここでも同様のことが言える。英語なら「to try」などの動詞を加え、「消そうとしても燃え続ける」なり「止めようとしても流れてしまう」などという文に変えなくてはいけないだろう。日本人がよく口にする「死んでも死にきれない」などという表現も、そのままは「Even if I am dead, I can't die completely」などとは訳せない。

 ここで少しまとめると、日本語では一つの動詞である状況の様々な局面を表現出来る。つまり一語に対応する時間がゴムのように長く引き延ばされるわけだ。一方、英語では「drown、burn」の例のように、こちらは「溺れたと思ったらもう死んでいる」「火がついて燃え尽きる」わけだから、時間の流れがそこには殆ど感じられない。「溺れつつある」「まだ燃えている」なら「be + ing」とわざわざ現在進行形にしなければいけないのだ。

 こうした日本語と英語の特徴的な違いを考察した著作が影山太郎の『ケジメのない日本語』(2002年、岩波書店)である。影山はその本のなかで、二つの言語は結局「物の見方(視座)が違う」からだと説明している。そしてさらに踏み込んで、これは単なる語彙の問題ではなく、文章の構成の点でも、英文では結論を先に述べてしまうのに、日本語では前置きが長く、結局何が言いたいのか、最後まで読んで初めて分かる、と述べている。確かに大いに思い当たるフシがあって、説得力があると思われた。

 影山があげている相撲の決まり手の例が面白いのでご紹介しよう。英語なら「The komusubi thrust the yokozuna out of the ring」で十分意味が通じるが、これを日本語に直訳した「小結が横綱を土俵の外へ突いた」は何とも滑稽である。確かにこの場合は「突いた」ではなく「突き出した」と言わなければいけない。「決まり手」だから、英語のように結果まで含んだ言い方をするわけだ。考えてみると、「突き出し、押し倒し、押し出し、はたき込み、寄り切り、送り出し」などと決まり手のほとんどが動詞二語の「合わせ言葉」になっている。そうしないと「ケジメ」がつかないのが、良くも悪くも、日本語ということなのだろう。(2010年11月)

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第64回 「和語と親しむ(4): 時の流れに身をまかせ」

2010-10-17 22:04:20 | 日本語ものがたり
日本語ものがたり(第64回) 「和語と親しむ(4):時の流れに身をまかせ」

 和語の面白さの一つに「時を越える働き」があると思う。ある状況の様々な局面が、英仏語などで幾つかの語彙にまたがるのに、和語ではたった一つの動詞で表現できる例が多い。かつて一世を風靡した歌姫テレサ・テンではないが、大和言葉も「時の流れに身をまかせ〜」と洒落たいところだ。気付いたままに5つほど例を挙げるが、他にもたくさん別の例があるに違いない。

 前もってお断りしておきたいのは、その様々な局面が複数の漢字で書き分けられる可能性である。漢字が違うので、一見別の言葉であるように思われがちだが、和語としては一語である。日本語は漢字が導入される前から存在していたことを忘れてはいけない。

 トップバッターは「はなす」。これには「放す・離す」と「話す」の二つの意味がある。「放す」は「to set off, to release」だが、それと「話す」の「to speak」とは英語では全く別の動詞である。それなのに、何故日本語では、「放して下さい」と「話して下さい」が同じ発音の文になるのだろう。それは「放す・離す」と「話す」が、漢字導入以前の和語では一つの単語だったからだ。

 日本人が何か物を言うとき、それは頭の中にある思いを「解き放す」行為と考えられたのである。「思い」は口から解放された時に初めて「言葉」となる。第一、「ことば」とは「ことのは」が原意で、「コト(事)」の「(ほんの)ハシ(端)」にすぎないものだ。(岩波古語辞典)。ゆえに、言葉を「放す」行為と、その結果の「話す」は切れておらず、繋がっていることになる。

 次の例は「きく」、これもかなり面白い。自分がどこにいるのか、分からなくなったとしよう。道行く人を呼び止めて「あのう、すみません…」と道を「聞く・訊く」。これは「to ask」だ。たまたま相手がいい人で、いろいろと親切に説明してくれたとしよう。そうするとその説明をやはりこちらは「聞く」わけで、これは英語なら「to listen」だ。この例などは先ず最初に話し手の「聞く(訊く)」がなければ聞き手からの答えを「聞く」こともできないわけで、やはり「時を越え」ているのだが、古来より日本人は一つの繋がった状況と捉えてきたことがわかる。

 3つ目の例は「あやまる」。「放す・話す」と同様に、こちらも漢字では「誤る・謝る」と書き分けているが、和語としてはまたしても同じ一つのものだ。何かしくじったり間違えることを「誤る」(to mistake)といい、それに気付いて「すみませんでした」と言うのが「謝る」(to apologize)である。この例においては、英語では全く違う単語だし、もし自分のエラーにすぐ気付かなかった場合、あるいは気付いてもすぐには謝らなかった場合には、さらに長い時間の隔たりが生じることになる。

 生き方を間違えるという意味で「身を誤る」という言い方もあるから、「身を誤ったのは五年前だが、まだ迷惑をかけた人たちに謝っていない」などとも言うことも可能だ。それでも、その長い時の流れに身をまかせて「あやまる」の一語ですませてしまう和語の鷹揚さは一体どこから来ているのだろう。

 それで思い出したのが「起きる」と「寝る」である。よくご存知のように「起きる」には「目を覚ます」意味の「to awake」と、床を離れる「to get up」の2つがある。もう一方の「寝る」には「to go to bed」と「to fall asleep」そしてさらに「to sleep」と、対応する英単語は3つにわたる。ここにも時間差があるわけで、寝つきの悪い、いわゆる不眠症の人ともなれば、就寝は10時だったのに、実際に寝入る(「就眠」ともいうらしい)のは午前1時だったというような悲惨なことにもなる。そして寝入った後は数時間「眠る」わけだが、日本語はそれもまた「寝る」と言えるのだから誠に一貫している。かくして、「10時に寝た」といえば「to go to bed」(あるいは「to fall asleep」)の意味だが、「ああ、よく寝た」とか「10時間も寝た」なら、これは明らかに「to sleep」の方である。

 さて、これら5つの例の共通点をさぐってみると、「時の流れ」とは「原因」と「結果」の融合でもあることがわかる。ある連続する変化の相(アスペクト)が一語の和語に溶け合っているのだ。たとえば「誤ったから謝る」のだし、「聞く(=尋ねる)からその答えを聞く」のだし、「寝て(=床について)、その結果、寝て(=寝入って)、その結果、8時間寝る(=眠る)」のである。あたかも全てが繋がっているように見える和語の世界は誠に興味がつきない。(2010年10月)

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第63回 「和語と親しむ(3):隠された動詞」

2010-09-17 12:08:50 | 日本語ものがたり
 和語の魅力をさらに追いかけていこう。あるとき、小説を読んでいたのだが「愁子がふらりとやって来たのは、日曜日であった」という文に目が止まって、先に進めなくなった。「日曜日であった」か。ここは「日曜日だった」とも言えるな、と思い始めたら、そこからどんどん和語の面白さが頭の中に広がっていったのである。

 そう言えば、明治期の言文一致運動の過程で、例えば「我輩は猫である」のような文の終わりが「猫である」=>「猫であ」=>「猫だ」と変化したと、どこかで読んだ気がする。もしそうなら「であ(dea)」が「だ(da)」になるのは、上の例で「日曜日であった」と「日曜日だった」の違いと並行している。

 つまり連続する二母音のうち一つが落ちて単母音になったのだ。「千曲川旅情の歌」(1905)で島崎藤村は「小諸なる古城のほとり」と美しく詠んだが、この「小諸なる」の元は明らかに「小諸にある」で、ここでも同様に「nia」から「na」への、つまり二母音の連続から単母音への変化が見てとれる。

 事ほど左様に、日本語には、母音連続を避けて子音(C)と母音(V)を交互に「CVCVCV」と並べる傾向がある。そのための手段には二通りあって、一つは上でみた、母音を一つ落とす方法。つまり「CVV」を「CV」とするやり方である。もう一つは、本来はない筈の子音をわざわざ持って来て、連続する二母音の間に挟んで分離するという離れ業だ。こちらの方法では「CVV」は「CV」でなく「CVCV」となる。

 えっ、そんなことしてるの、と驚かれるかもしれないが、この例は結構多い。例えば「氷雨」という言葉は好例だろう。本来は「ひあめ」だが「hiame」が言いにくいので、子音「S」を持って来て間に挟み「hi-S-ame」とした。これが「ひさめ」の誕生である。

 それから一段活用動詞の終止・連体形もそうした例だ。語幹が子音で終わる動詞を学校文法で五段活用動詞と呼んでいるが、その語幹に「u」を続けた語形が「nom-u、kak-u、hashir-u」。つまり終止・連体形「飲む・書く・走る」となる。一方、一段動詞は語幹が母音で終わる(例:「食べ、起き、上げ」)ものだから、五段動詞のように「u」を加えると、母音連続(例:「tabe-u」)が発生してしまう。そこで「氷雨」の時のように子音を挟む。ここで選ばれた子音は「R」である。かくして終止・連体形は「tabe-R-u、oki-R-u、age-R-u(食べる・起きる・上げる)」となっているわけだ。

 これと関連するのが、二つの動詞が繋がっている複合動詞において、後ろの動詞が「あ」で始まる場合である。それが「あう・ある・あぐ」の動詞トリオだ。前が五段動詞である場合、その語幹は子音だから、後ろの動詞の「あ」と融合して、日本人の好む「CV」が出来上がる。しかし結果として一つの問題が起きる。それは、他の子音と融合した「あ」が別の平仮名になって、語源が見えにくくなってしまうことなのだ。その意味で、複合動詞における「あう・ある・あぐ」のトリオはまさに「隠された動詞」である。これは歴史的仮名遣い(=旧仮名)を使っても駄目で、ローマ字のみが明らかに出来る語源だ。

 トップバッターの「ある」は漢字で書けば「在る、有る、生る」で、「ある状況でそこにある」、つまり動作主の意志を超えてその状況で「ある」、あるいは「そういう状況になる」という意味が加わる。日本語の自動詞の多くがこの形をしているのも当然だろう。例:閉まる(shim-ARU)、分かる(wak-ARU)、始まる(hajim-ARU)、曲がる(mag-ARU)、変わる(kaw-ARU)

 続く二番手は「あう」。これは「合う、会う、逢う」で、「お互いに、あるいは協力してに何かをする」と言う意味が共通している。上の自動詞を作る「ある」ほど例は多くないものの、そう言われて初めて「共同性」に気づく動詞ばかりだ。例:戦う(tatak-AU)、向かう(muk-AU)、語らう(katar-AU)、住まう(sum-AU)

 「語り合う」なら「合う」に気づくのに、それとよく似た動詞の「語らう」はもはやローマ字で書かないと「-AU」は出て来ない。同様に「戦う」の原型が「叩き合う」だったことを意識して使っている日本人は少ないだろう。それに気づくには、かなりの想像力が必要だ。狂言の太郎冠者がよく「これはこのあたりに住まひいたす者でござる」とやるが、「住まい」とはその地に他の村人と共同生活をしている、という「住み合う」意味を含んだものであったことも、ローマ字で書いて初めて分かるというものだ。なるほど、一人で暮らしていては、村は出来ない。そもそも「村」とは「群れ」と同じ語源から来ているのだから。

 さらに加えると「夜這い」がある。これは「夜+這う」と書かれることもあって、男が夜、人目を忍びつつ女の家に這って行くと思われがちだが、語源は「呼び+合う」からと言われる。なるほど、男女の合意がなければ大変なことになるのだから、ここは男女は互いに呼び合った方が無難というものだろう。

 さらに例は少なくなるが、三番目の「あぐ」も同様。これは「上ぐ、揚ぐ、挙ぐ」で、文字通り「上方に移動する」意味が加わる。例:捧ぐ(sas-AGU)、もたぐ(mot-AGU)

「捧ぐ」とは「差し上ぐ」、蛇が鎌首を「もたぐ」のも「持ち上ぐ」とほぼ同じ意味である。もっとも「あぐ」は古語で、現代日本語では「あげる」に変わった。今では、それぞれ「捧げる」と「もたげる」と言うわけである。(2010年9月)

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第62回 「和語と親しむ(2):平仮名の向こうに」

2010-05-31 10:19:43 | 日本語ものがたり
 和語の「男と女」を取り上げた前回のつづきである。「おとこ」に対応する語は、本来は「おんな」でなく、「おとめ」だったことが先ずわかった。(旧仮名は「をとこ・をとめ」)そこで、次に、二語の共通部分である「おと」を消去して、残りの「こ」と「め」こそが「男女差」を表す和語の最小単位であることを見た。最後に、他に「こ」vs「め」で男女差が言い表せる例があるかどうかを探したところ、男女の子供をいう「むすこ・むすめ」、若い男女を呼んだ「いらつこ・いらつめ」、元来は「太陽の子」という意味だった「ひこ(彦)・ひめ(姫)」の三つが見つかった、というのが前回のお話である。今回は「こ・め」をさらに短く出来ないかをさぐってみよう。結論を言えば、それが出来そうなのである。

 その前につけ加えるべきことが一つある。「男女差」を表す和語には、「こ・め」以外に、どうやらもう一組あったらしいのだ。それは、先月の記事の前半で述べた、老年の男女を意味する「おきな・おみな」から明らかである。若い男女の「おとこ・おとめ」から「こ・め」が出て来たのだが、「おきな・おみな」のペアにおいては、男女差を表しているのは「き・み」だ。

 そこで、前回と同じように「き・み」が男女差を表す言葉を探ってみると、岩波古語辞典が一つだけ教えてくれた。古事記に登場する日本神話の「いざなき・いざなみ」である。漢字では「伊邪那岐・伊邪那美」などと書かれるが、ここでは和語が問題であって漢字表記の「岐・美」は当て字にすぎない。また「いざなき」の最後は「ぎ」と濁ることがあるが本来は清音の「き」である。言うまでもなく、この二柱の男女神は夫婦であって、大八洲(おおやしま)と呼ばれる日本国土を生み(=「国生み」)、皇祖天照(アマテラス)大神やその弟スサノヲらを生んだ(=「神生み」)とされている。

 さて、それではここで「こ・め」と「き・み」を並べてみよう。するとすこぶる興味深いことがわかる。二つのペアに共通点があるのだ。それは子音で、どちらの場合も「K・M」で対立している。他の子音が多数ある中で、同じ子音のペアが二回も同じ意味で使われるなど、まさか偶然の一致ではありえない。おまけに「き・み」は母音が同じではないか。すると、結局男女差は子音同士の「K・M」に行き着くことになる。

 また、以前「沖縄のことば(47回)」でも書いたように、大昔の日本語には母音が「ア・イ・ウ」の三つしかなかったというのが大変有力な仮説であることを思えば、もう一方の「こ・め」だって、「K・M+本来日本語にはなかった母音」とは少なくとも言えるから、こちらのペアからも同じ結論が引き出せそうである。すると、初めは二組あると思われた「こ・め」と「き・み」は、さらに短い、しかも一組だけの子音「K・M」というに収斂してしまうのだ。

 こんなに面白いことを日本の国語の時間になぜ教えないのだろう。教えてほしかったと思う。学校で教えてくれないのは、おそらく「活用表」を始め国語の文法が平仮名で説明されるからではないだろうか。「K・M」はどちらも平仮名で書けない。

 アルファベットを使って初めて気付かされる和語の素晴らしさの好例をもう一つだけあげるなら、和数字がある。「あめあめふれふれかあさんが(56回)」でもちょっと触れたが、日本人は物を数える時に、「いち・にい・さん・しい・ごう・ろく・しち・はち・きゅう・じゅう」と漢数字を使うか、あるいは「ひい・ふう・みい・よう・いつ・なな・やあ・ここ・とお」と和語を使う。この稿をお読みのみなさんはどちらだろう。56回では、漢数字、和数字のいずれの場合も、全て二拍(モーラ)で数えられているということに注目したのだが、今回は同じ和数字を別の角度から眺めてみよう。「ひい・ふう・みい…」に使われている子音だけを取り出して、そこに何か規則性がないか、考えて頂きたいのだ。子音はこの順で「H-H-M-Y-T-M-N-Y-K-T」である。

 よく見ると「H、M、Y、T」の四つが二回ずつ使われていることがわかる。あとは「N、K」が一回ずつだ。次に、「H、M、Y、T」に数字を当てはめてみると「H(1、2)、M(3、6)、Y(4、8)、T(5、10)」。それぞれ倍数になっているのだ。同じ子音が二回ずつ使われる理由はここにある。1から10までの中で倍数関係に加われないのは「7、9」の二つ。それがゆえに「N、K」は一回ずつなのである。

 この和数字の倍数法については大野晋著『日本語の起源』(1957)に教えてもらった。何故か「H(1、2)、M(3、6)、Y(4、8)」の4例だけで、「T(5、10)」は取り上げられていなかったが。その後、田中克彦の『国家語をこえて』(1993)を読んでいたら、中に「ヒフミの倍加説」という論文があり、既に江戸時代に荻生徂徠が「ふたつはひとつの音を転ずるなり」という語源解釈をしていたことが述べられていた。

 ことほどさように、和語の世界はハマるとなかなか出て来られないほど魅力的である。とりわけ「平仮名の壁」を越えたところに、日本人にもあまり知られていない和語の秘密がかくされていると言えるだろう。学校文法はその点からも大きく見直す必要があると思われてならない。(2010年5月)

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第61回 「和語に親しむ(1):男と女」

2010-04-21 10:30:08 | 日本語ものがたり
日本語ものがたり(第61回) 「和語に親しむ(1):男と女」

現代日本語の外来語。その大部分は英語から入ったものだ。カタカナで書かれることもあって、とにかく目立つ。近年の歌謡曲、とりわけJ-POPと呼ばれ、若者に人気のあるヒット曲にいたっては、外来語を使っているばかりではない。サビの部分などを何と英語で歌うものが増えている。

とは言え、30年以上も前の大ヒット曲「カナダからの手紙」(1978年。作詞:橋本淳、作曲:平尾昌晃)ですら、そのサビは「Love letter from Canada あなたのいない一人旅です」だったのだから、こうした動きは随分前から始まっていたのだろう。往年の歌謡曲を支えてきた演歌などは毎年テリトリーを狭められるばかりで、かなり苦戦を強いられているようである。昨年の紅白歌合戦を観たが、歌のタイトルから歌手、グループの名前まで、カタカナを越えてアルファベットのものがあるのに驚いた。日本の多くの年長者はさぞやこうした「植民地的状況」を嘆いているだろうが、如何せん、この傾向はますます勢いを増していくと思われる。

そんな昨今であればこそ、これから数回連続で和語、つまり大和言葉に親しんでみたいと思い立った。初回の今月は、男と女を表す言葉を取り上げる。男女の違いを和語はどう表してきたのだろうか。

先ず思いつくのは「お」と「め」のペアで、「甥(おい)・姪(めい)」がその例だが、主として「雄しべ・雌しべ、雄牛・雌牛」のように、形容詞的に他の名詞の前に付加されて動植物の性別(いわゆる「オス・メス」)に使われることが多い。

さて、現代日本語の男女と言えば「おとこ・おんな」である。つまりここには「お・め」の対立が見られない。「おとこ・おんな」は、大変安定した一対の言葉と思われがちだが、時代をさかのぼると、その安定性が俄然失われてくる。どうやら、本来は対応していなかった二つの和語が、どこかでボタンの掛け違いが起こってペアとなり、そのままこの平成の御代に到ったと思われるのだ。

まず「おんな」だが、よく知られているように、これは古語の「をみな」が崩れたものである。「秋の七草」の一つ、オミナエシ(女郎花)にこの古語が残っている。「おみな」は「女」なのだから、何も「女郎」と書くことはないだろうに。山の草地に生える黄色の可憐な花に同情を禁じ得ない。なお、「オミナエシに似るが、やや粗大な」(広辞苑)花がオトコエシと呼ばれ、表記も仕方なく揃えて「男郎花」と書かれるのには笑ってしまう。

「おんな」の古形は「をみな」だが、それと実によく似た「おみな」という語もあったからややこしい。語頭が「を」と「お」で違うのだ。「おみな」の意味は「年をとった女」で、こちらは「おんな」ではなく「おうな(媼)」という語に変化する。面白いことに、こちらには対応する男側の和語がちゃんとある。言わずと知れた「おきな」(翁)だ。やはり「年をとった男」と老人に限定されて、「媼・翁」のペアとなる。

一方の「をみな」は「をうな」から「をんな」を経て現在の「おんな」へと変化したのだが、不思議なことに、その過程において、男性側に対応する語が登場しない。上述のように「おうな」とペアの「おきな」ならあるのだが、「おきな」をどう崩しても「おとこ」は出て来ないのである。「おとこ」は一体どこから来たのだろう。

「おんな」の対応語が昔は「おとこ」でなかった理由は、実は簡単である。「おとこ」には既に長年連れ添った恋女房がいたのだ。まぁこれは言葉の綾だが、「おとこ」に対応している女側の相方が既にいた。「おとこ」とペアを組んでいた和語、それは何を隠そう「おとめ(乙女)」であった(旧仮名「をとこ:をとめ」)。本来の意味は「若い男、若い女」である。老齢の男女が「おきな・おうな」で、その若者版が「おとこ・おとめ」だったわけだ。そんな「おとこ」が、いつしか年齢に関係なく男性を意味するようになって「おとめ」のもとを去り「おんな」と結ばれたのだから、う〜ん、何とも意味深い変化ではないか。

さて、ここまで来るとさらに知りたくなることがある。「おとこ」に対応する語が本来は「おんな」でなく「おとめ」だったことが分かったのだから、次に、共通する「おと」を消去してみたらどうだろう。何故なら、消去して残る「こ」と「め」こそは、最も語形の短い、「男女差」を表す和語に違いないからだ。それが正しいかどうかを調べるために、他に「こ」vs「め」で男女差が言い表せる例がるかどうかを調べてみよう。

探してみると、見つかる例が他に三組ある。先ず「むす・こ(息子)」と「むす・め(娘)」。「息子、娘」は古く「産子・産女」とも書かれ、男女を差異化する「こ」と「め」の前の共通部分は「草や苔などのように、増え、繁殖する」意味の「むす(生す・蒸す)」である。国歌「君が代」最後の「苔のむすまで」の「むす」がまさにそれだ。生まれた子供に、早く成長してほしいと願う親心には時代も国境もない。何とも微笑ましい和語の「むす・こ」と「むす・め」ではないだろうか。

二つ目は古語だが、それぞれ「郎子」「郎女」と書かれる「いらつこ」と「いらつめ」。「いら」は「いろ」と同じ語源で本来は「同母」という意味だった。これに名詞と名詞を結ぶ「つ」を挟んで「こ・め」が男女差を表し、「若い娘」と「若い男」を親しんで呼んだ言葉である。

最後の例は、語形が短いばかりか一捻りしていて見つけにくいが、「彦(ひ・こ)」と「姫(ひ・め)」である。「海彦・山彦」の「ヒコ」に対応する「かぐや姫・このはなさくや姫」から「もののけ姫」に至る「ヒメ」。これらは、それぞれ「日子・日女」と書かれるのが本来の語であって、それぞれ文字通り「太陽の男の子・女の子」という意味であったことは明らかだ。

(2010年4月)

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第60回 「めがね」

2010-03-26 09:40:44 | 日本語ものがたり
  友人が貸してくれた日本映画がすこぶる面白かった。

 「めがね」という変わったタイトルである。2007年の公開作品で、監督・脚本の荻上直子は、千葉県出身の1972年生まれ。弱冠29歳の時にベルリン国際映画祭児童映画部門特別賞を受賞した「バーバー吉野」(2001)、フィンランドのヘルシンキで撮影された「かもめ食堂」(2006)などでよく知られている。「かもめ食堂」も同じベルリン国際映画祭で賞を取り、興行的にも大成功したので、ご覧になった方も多いと思う。主演は小林聡美、もたいまさこで、二人は「癒しの荻上映画」の常連である。

 「めがね」の制作はその前年の2006年。ロケ地には、沖縄の北に浮かぶエンジェルフィッシュの形の島、与論島が選ばれた。荻上監督以下俳優、スタッフがロケ中滞在したのは、ヨロンヴィレッジというホテルである。何故そんなことを知っているかというと、その一年後、たまたま同じホテルに私ども夫婦も泊まったからである。昭和20年の終戦直前に戦死した叔父の墓参で初めて沖縄へ行ったのだが、友人夫婦が近くの与論島でイタリア・レストランを開店すると聞いて急遽立ち寄ったのだった。そうしてヨロンヴィレッジに着いてみると、ロビーに貼ってあったのが「めがね」のポスターだった。封切りは9月だから公開直前である。今回、手渡されたDVDのジャケット写真から与論島の青い海の光景が目前に蘇ってきた。「めがね」という風変わりなタイトルもまだ覚えていて、わくわくしながら見たが、実によかった。多くのことを考えさせてくれた。

  この映画のオフィシャル・サイトはストーリーをこうまとめている。

「人生の一瞬に立ち止まり、たそがれたい。何をするでもなく、どこへ行くでもない。

 南の海辺に、ひとりプロペラ機から下り立った女・タエコ。

 その小さな島は不思議なことだらけ。見たこともない不思議な『メルシー体操』なるものを踊る人々、いつもぶらぶらしている高校教師・ハルナ、笑顔で皆にカキ氷をふるまうサクラ、飄々と日々の仕事をこなす旅館ハナダの主人・ユージ。

 マイペースで奇妙な人々に振り回され、一度はハマダを出ようとするが、自分なりに「たそがれる」術を身につけていくタエコ。そしてタエコを追ってきたヨモギを含めた5人の間には奇妙な連帯感が生まれていく」

 ポスターが印象的だ。全員、浜辺でカキ氷を食べながら、日没の海を眺めているのだ。ゆっくりと時間が流れて行く。誰も言葉を発しないまま、海と人が「たそがれて」いく。

 「めがね」や「かもめ食堂」などに代表される荻上作品が「癒しの映画」と言われるのは、スピードと暴力と轟音がウリであるハリウッド映画への真っ向からのアンチ・テーゼであるからだと思う。マクドナルドに代表されるアメリカのファーストフードの向こうを張って、フランスなどではゆっくり時間をかけたスロー・フードが人気を呼んでいると聞く。映画も同じだろう。「めがね」などは典型的なスロー・シネマと言っていい。この特徴では日本にかつて小津安二郎という巨匠がいた。

 私がこの映画で特に注目したのは登場人物の視線である。お互いを見つめる直視・正視ではなく、同じ方向に視線を溶け合わす、これを精神分析医の北山修は「共視」という巧みな表現で呼んでいる。(「共視論」講談社選書メチエ2005) 北山は浮世絵によくある母子像において、風鈴や蝶など何か儚げで揺れるものを共に見つめる構図が多いことに注目している。日本人に特に多いと言われる「対人恐怖症」も、実は「視線恐怖症」であるらしい。その意味で、映画のタイトルが「めがね」なのも大変象徴的である。

 ところで、北山修という名前に聞き覚えのある方は多いだろう。そう、かつて一世を風靡した「フォーク・クルセーダーズ」でベースを弾いていたのが彼なのだ。そして作詞も担当した。「共視論」の中で、北山はフォークルが「あの素晴らしい愛をもう一度」(1971)を歌ってヒットさせていた頃に、既に「日本人のまなざし」に関心があったと述べている。北山は当時、京都府立医科大学の学生だった。加藤和彦が去年自殺してしまい、フォークルの元のメンバーは二人のみとなってしまったが、作品は不滅である。

 北山修が「共視論」で語っている歌詞を思い出してみよう。そこには「同じものを見て、二人が通わせていた心」が歌われている。40年も前に、もうこんなことを北山修は考えていたのだ。

  ♫ あのとき 同じ花を見て 美しいといった
  ふたりの 心と心が 今はもう 通わない
  あの素晴らしい愛をもう一度
  あの素晴らしい愛をもう一度 

(2010年3月)

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