昭和音楽の風景

昭和の歌謡曲を通した若干の社会批判ないしは考察

言わず語らずに

2017-07-14 22:35:29 | 日記
昭和歌謡の風景-21
               高原の駅よさようなら
                               雁坂 透

            しばし別れの 夜汽車の窓よ
            言わず語らずに 心とこころ
            またの逢う日を 目と目で誓い
            涙見せずに さようなら
            (唄:小畑実 詞:佐伯孝夫)

           「言わず語らずに 心とこころ」これを忖度という。
          他者の気持ちを思いやる、「思いを馳せる」と連なる、男
          女間の心理では奥ゆかしい、美しい響きがある。「またの
          逢う日を目と目で誓う」と言う行為の中にも忖度の奥ゆか
          しさは表れている。工藤静香の歌にも「目と目で通じ合う、
          そういう仲になりたいわ」(詞は中島みゆき)とあって同
          様の心情を歌っているが、年代的に昭和歌謡から外れる。
          それに比べて、今話題になっている忖度は結構饒舌である。
          ほとんど命令口調でしゃべって、それを命令であるかのよ
          うに受け取る、男女間忖度のような奥ゆかしさはかけらも
          ない。
           我々世代が子供だった頃、政治にまつわる違法行為と言
          えば贈収賄が一般的であった。わかりやすいのは公共事業
          の受注で、ある企業が工事を受注しようとして政治家に協
          力を依頼する、政治家はそのように働きかける、受注する
          とその礼金を企業が政治家に払う、と言うものである。省
          庁等役所への納品業者選定などでも同様の手口となる。金
          の流れもその目的もはっきりしていて犯罪として成立しや
          すかったのだろう。これではたまらない、と言う政治家の
          反省と対策が、定期的に政治献金をしてもらって便宜は図
          るが、特定の物件に対する特定の礼金としての金の流れは
          作らないというものだったのだろう。政治家の絡む贈収賄
          事件は確かに減った。
           政治献金とは、本来その政治家の「政治理念に共鳴して」
          出すものだが、現在の日本において献金を出したくなるほ
          どの政治理念があるとも思えぬ。資本主義市民社会が政治
          に求めるものが社会的利害の調整であるとすれば、その利
          害の代表としての政治家に自分たちの利害に寄与するよう
          求めるための献金をわいろ扱いするわけにもいくまい。た
          だ、献金が「政治理念に共鳴して」出すものである以上、
          それは個人献金の限られるはずだ。会社と言う組織が「政
          治理念に共鳴する」心を持っているわけがない。そもそも、
          企業献金と言うのは自己矛盾している。企業は、仕事とし
          て生産活動をして利益を上げることを目的とする組織だ。
          従ってその利益は社員に分配されるたり、企業の更なる営
          業活動や事業の拡大にしか使ってはならない。献金が企業
          の営業活動になるのであればそれはわいろ性ということで
          あり、そうでないなら献金は流用であり、横領である。ど
          ちらにしても違法行為と言うことだ。
           現在の政治資金規正法が作られた時、当時の小沢与党と
          野党自民党のお手盛りで企業献金は残された。政治活動資
          金を税金からもらう上に企業献金を残そうというのだから
          ふてえ野郎どもだ、というのが一般的大衆感情であろうが、
          この人たちには通じなかったようだ。
           贈収賄を避ける政治システムが出来上がっている現状で 
          は、学校設立・運営の便宜を図るよう意向を発したとして
          も、まして礼金等はなく、むしろ便宜を図った上に金まで
          出している政治家に違法行為はありえない。しかし幼稚園
          児に教育勅語を暗唱・唱和させるような学校に妻を派遣し
          て応援する、という政治的性の低さ・お粗末さは問題とさ
          れるべきだろう。
           「高原の駅よさようなら」は昭和26年の作品。もちろん
          リアルタイムでの視聴の記憶はないが、思い出の曲として
          聞く機会は結構あった。小畑実は大ヒット曲は持たないが、
          個性的中ヒット曲を持つ歌手として、周りの老年カラオケ
          常連の人気が高い。戦前昭和歌謡曲と戦後歌謡曲黄金時代
          をつなぐ歌手として、昭和20年代を彩った逸材と言える。
          政治のほうでは○○疑獄などと言う言葉の出て来る、汚職捜
          査への防御体制の甘かった時代。防御体制の高度化した現
          在とどちらがいい時代かは何とも言えぬ。
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