昭和音楽の風景

昭和の歌謡曲を通した若干の社会批判ないしは考察

故郷の廃家

2017-08-09 22:23:53 | 日記
昭和歌謡の風景-24
         故郷の廃家
                       雁坂 透

 空き家が増えている。地方の農村に住んでいるわけでは
ない、にもかかわらず、周囲に空き家は増えた。そして空
き家は急速に劣化して廃家になる。建物も生き物であり、朝
夕の空気入れ替え等の呼吸をさせてやらなければ健全を保
てない。人口減少社会の実相とはこんなものだということか。
地方都市のシャッター街が話題になったのはかなり昔のこ
と、限界集落という言葉も既に目新しい言葉ではない。シャ
ッター街は東京の近郊でさえ珍しいことではなくなった。こ
れは、人口減の問題と言うよりは、中小小売りが存立しにく
くなった商業構造転換の問題。地方都市でも、シャッター街
をしり目に巨大駐車場を擁した郊外型大型店は強い集客力
を維持している。
 人口は確かに減っているし、高齢化も進んでいる。それは
地方において特に顕著である。新しい内閣ができるたびに
「地方活性化」は必須スローガンである。しかし有効な対策
が取られているようには見えない。はっきり言ってしまえば、
効率よい国家運営のために地方を切り捨てる方向に動いて
いる。グローバリズムに飲み込まれる形で、あらゆる産業を
国際競争力のあるものにしなければならない国家目標に国
家自体がからめ捕られているのだ。内田樹がしきりに言う
「なってはいけないシンガポールのような国」とは、要する
に、会社を運営するように国家を運営する国のことだろう。
言うまでもなく、会社とは利益を上げることを第一義として
その目標のためにすべてを組織して効率を上げていくもの
である。それはかなりドラスティックに行われる。
 会社はトップダウンが原則である。民主的に話し合いで方
針を決めていたのでは、経済状況への素早い対応、商機の確
実な生かし方などできない。ライバル会社(外国の場合もあ
ろう)のみならず、社内でも利益獲得の競争にさらされて気
の休まる時がない、というのが今の会社の実情であろう。利
益活動を阻害する組合活動や経営陣への批判は許さないの
が本筋だろう。もっとも、残業代0法案を容認するような組
合や、かつて経営陣以上に会社への不満分子を取り締まって
いた塩路自動車労連のような組合を敵視するわけもないの
だが。
 会社を運営するように国家を運営するとはどういうこと
か。運営者はトップダウンをしたいだろう。今、世界中のい
わゆる民主国家の運営者は中国やシンガポールがうらやま
しくてしょうがないだろう。経済的に効率よく景気の上がる
国家づくりを何の反対もなくやりたい放題にやれるのであ
る。新しい経済政策を掲げるたびに既得権益をはじめとする
反対意見との調整にエネルギーを費やさざるを得ない民主
国家をなんと面倒くさい国家システムだろうと思っている
に違いない。
 会社は、日本中(大手ならば世界中)にある支店の採算に
常に目を光らせ、採算が悪ければ閉鎖、ないしは統廃合する。
地方中核都市構想は高度経済成長の行き詰まりの中で出て
きた政策と言える。中核都市構想とは、中核都市に付近の人
口を流入させて大都市にして効率化させ、付近の地方小都
市・零細市町村は枯渇してもよいとする政策であろう。もち
ろんそんなことを正直に表明する政治家・役人がいるわけは
ないが、本音は支店の統廃合である。加えて中核都市の産業
への設備投資やインフラ新増設による新規需要も生み出せ
る。工業近代化を成し遂げ、工業製品を買ってくれていた途
上国もある程度工業化してくると製品を売る相手に苦労す
るのはどの国も同じ。ねずみ講でもあるまいに途上国が無限
にあるわけではないのだ。そうなれば自国内に途上国を作っ
て需要を生み出して景気を底上げするという発想は案外自
然なものだ。お隣中国でも中核都市構想的な政策が進行中ら
しい。中国などまだまだ高度成長中で「そんなことしなくて
も」と思うのだが、後発国ほど高度成長の行きづまりに達す
る時間が短いのか。あの国のことだから、かなりえげつない
やり方で農村から人々を追っ払って地方中核都市に人口を
送り込んでいるのだろう。
 東北大震災の復興事業が「仙台の一人勝ち」だったと新聞
紙上でもあからさまに書かれていたが、隠しきれない国の基
本方針(あるいはグローバリズムに追随せざるを得ない宿命)
がそこに表れている。安倍と言う男も反知性的政治家である
割には、ライバルを蹴落とす悪知恵だけはよく働く。石破茂
を「地方創生大臣」にするなどずる賢さが光る。国の基本方
針がここまで地方切り捨てではっきりしている中で担当大
臣にされて「さあ、地方再生しろ」と言われてもかなりの力
量がない限りできるものではない。最も成果を上げにくいポ
ストにライバルを据えることによって地位を脅かされない
ようにしたということだろう。
 バブルの頃「24時間戦えますか」と言うリゲインのコマ
ーシャルがあった。超仕事人間の救いがたい姿を描いている
と言われたが、それでも仕事を離れた時の息抜きや安らぎを
想定できるから救いはあった。国家全体を会社のように運営
された日には、息抜き・安らぎを確保する時間・空間がどこ
にもない。文字通り24時間息の抜けない社会を作るのが、
会社のように国家を運営するということである。そして最も
効率よく生産体制を作ることに反対する意見や行動は押え
たいから、個人の自由は抑制する方向になる。安倍はかなり
の戦前オタクだから軍国的抑圧社会が好きだろう。教育勅語
を生徒に強制的に仕込む学校も好きだろう。しかし、それだ
けのために個人的自由抑圧や共謀罪を推進しようとするわ
けではない。グローバリズムの中で利益を確保できる国家体
制を作るためという面も大いにあるのだ。安倍が節目節目で
言うところの「経済最優先」は必ずしも争点ずらしの逃げ口
上ではない。
 唱歌「故郷の廃家」は明治40年の作品と言うから100年以
上前。とても昭和歌謡と言えないが、置き去られる故郷の姿
を描いて現在に通ずる。慣れにし我が家が廃家になるという
ことは、その家(の住人)が担ってきた墓の存続等も危うく
なり、村の寺の存立まで脅かされるということだろう。明治
40年はともかく、深刻なのは現在。かつ問題の根が深い。資
本主義近代化の果ての姿とも言える。こればかりは安倍だけ
のせいと言えない。電信柱の高さや郵便ポストの赤さまで人
のせいには出来ない。グローバリズム経済の中で打ち沈まな
いための宿命的選択と言う面を否定できない。廃家を描いて
も村落の消滅まで達するむごさのない明治40年を牧歌的に懐
かしむのはノスタルジーに違いあるまい。
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