日蓮正宗 法華講 正林寺支部

折伏の心得 『而強毒之(而して強いて之を毒す)』

正林寺掲示板

2009-12-17 | 正林寺掲示板

http://blog.goo.ne.jp/shourinzi47320


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破折パンフ一覧

2009-12-17 | 異流義創価学会破折文書

あなたは創価学会の間違いをどう思いますか?

創価学会の偏向報道

謗法与同

大聖人直結の信心 

勤行形式の改変

ニセ本尊

ニセ本尊ではありませんか?(大日蓮出版)

友人葬(学会葬)

「友人葬」は間違いです!(大日蓮出版)

神札問題

登山の大事

御書根本

師弟

僧宝誹謗

僧俗観

52年路線の真相

本尊模刻

禅寺問題

塔婆供養

信心の血脈

破門

一閻浮提総与

正本堂解体

法主本仏論

(号外)日蓮正宗を知らない創価学会員の皆さんへ

 

群馬布教区有志一同

 

日蓮正宗と創価学会との関係について

創価学会解散勧告書

創価学会破門通告書

会則変更の欺瞞を糾す

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戒壇の大御本尊誹謗の悪書『日蓮と本尊伝承』を破す 大日蓮掲載

 

アクセス解析


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(号外)日蓮正宗を知らない創価学会員の皆さんへ

2009-12-17 | 異流義創価学会破折文書

日蓮正宗と創価学会

 創価学会の初代会長牧口常三郎氏と二代会長戸田城聖氏は、日蓮正宗の法華講員に折伏され、正宗の信仰を始めました。そして日蓮正宗の法義を遵守することを約束した上で一信徒団体として創価学会を発足したのです。
 しかし三代池田会長は、日蓮正宗の三宝(仏・法・僧)を護り宗門を外護し大聖人の教えを弘めるという宗門と交わした信仰上の誓約を破棄し、教義の改変を行うのみならず、当宗に対して執拗な誹謗・中傷を続けたのです。その結果、創価学会は宗門から解散命令を通告され、最終的に破門され現在にいたっているのです。

 日蓮大聖人は、弘安二年(一二七九)十月十二日、信仰の根源となる本門戒壇の大御本尊を建立されました。その後、日興上人を第二祖と定め、仏法の一切を付嘱・相伝し御入滅されました。
 日蓮大聖人の御入滅後、身延の地頭・波木井実長の謗法行為により、日興上人は本門戒壇の大御本尊をはじめ一切の重宝をお持ちになり、門弟とともに身延を離れて、正応三年(一二九〇)十月、南条時光殿の寄進により、富士上野の地に大石寺を建立されました。以来七百有余年、日蓮大聖人の仏法は唯一の正統宗団である日蓮正宗に伝えられ今日に至っています。
 大聖人の仏法は、御本仏大聖人の御当体たる本門戒壇の大御本尊を信仰の根源とし、日興上人以来、血脈相伝を受けられた御法主上人を師と仰ぎ、広宣流布の達成を目指し、すべての人が幸せで平和に暮らせる社会を建設するという教えです。したがって、本門戒壇の大御本尊に背を向け唯授一人の血脈を否定することは、大聖人の教えを正しく信仰する根本を失うことになるのです。
 創価学会も以前はこのことを充分に認識しており、他の日蓮宗各派を破折する根拠としていたのですが、今の創価学会は、この信仰の根本を失った単なる新興宗教団体であり、破折する側から破折される側に成り下がってしまったのです。創価学会の本尊や教義で独自のものがあるでしょうか、すべて日蓮正宗の物まねでしかありません。そのような宗団に、大聖人様の正しい教えなどあろうはずはないのです。
 また、創価学会は、平和・文化の団体と称してその活動を盛んに宣伝しているようです。もちろん日蓮正宗でも平和・文化活動を否定するものではありませんが、そのような活動によって宗教の正邪が決まることなどありません。日蓮大聖人の仏法は、あくまで教義の勝劣・内容によって正邪を判別し、間違った教えを捨てて日蓮大聖人の正しい教えに帰依し信仰することによって真の平和で安穏な国家社会の建設と個人の幸福を実現する信心です。平和・文化の活動は、立正佼成会などの新興宗教や他の宗派でも盛んに行っています。もし、平和文化の活動をしているから創価学会は正しいというのであれば、新興宗教や他の宗派もみな正しいものとなってしまいます。
 このように今の創価学会は、日蓮正宗の信徒団体として正しく活動していた当時と違い、大聖人の仏法と全くかけ離れた宗団になっているのです。

【日蓮正宗と創価学会の関係】

 創価学会初代牧ロ常三郎氏は、昭和3年、法華講員であり常在寺信徒であった三谷素啓氏に折伏され、日蓮正宗へ入信しました。
 第二代戸田城聖氏も牧口氏の勧めによって三谷氏に会い、折伏され入信しました。
 牧口常三郎氏について、創価学会発行の『仏教哲学大辞典』には、
 「昭和三年五十八歳の頃、不思議な縁により日蓮正宗信徒三谷素啓の折伏を受けて入信」(初版・5-682頁)
とあり、『創価学会四十年史』には、
 「戸田城聖も、牧口の入信後、すすめられるままに、三谷に会い、その話を聞いて入信した。彼28歳の時である」(26頁)
と記述されています。
 創価学会は日蓮正宗の信徒であった牧口常三郎氏を中心に、昭和12年5月「創価教育学会」を発足し、2代会長・戸田城聖氏は創価学会が「宗教法人」を取得する際、宗門に対して、
「一、折伏した人は信徒として各寺院に所属させること。二、当山の教義を守ること。三、三宝(仏・法・僧)を守ること」(聖教新聞・昭和26年12月20日付)
との三原則を遵守する約束をしました。
 その後、三代会長池田大作は、同会が数百万世帯の大組織となり、昭和47年に正本堂が建立される頃から、宗門の伝統法義を逸脱する言動が表面化してきました。
 これに対し総本山第66世日達上人は、数々の逸脱行為を犯した学会を厳し<諌められ、当時の会長・池田大作氏が反省の態度をみせたため、今後、学会が信徒団体として正しく歩むことを条件にこの問題を収束されました。
 その後、北条浩氏、秋谷栄之助氏が四代・五代会長に就任した創価学会は、日蓮正宗の信徒団体として歩んでいるように見えました。
 ところが平成2年11月16日、当時法華講総講頭にして創価学会名誉会長であった池田大作は、突如として御法主日顕上人を誹謗・中傷するスピーチを行ったのです。
 このことは、過去の反省を反故にする信仰上の重大な誤りを犯したことになるのです。これに対し、宗門は再三訓告を与えました。
 しかしながら一向に改めること無く、却って機関誌を使いさらには実力行使をして宗門を誹謗・中傷し続けたため、平成3年11月28日、創価学会は破門処分となったのです。
 ただし、この時点においては信徒団体である組織としての破門であり、個人の信徒資格はそのまま認めていました。
 そして創価学会の組織破門から7年後、平成9年12月1日をもって、破門された宗団である創価学会に籍を置く人は日蓮正宗の信徒資格を喪失する旨、学会員に通告しました。ここにおいて創価学会員は日蓮正宗と全く無関係な謗法団体の一員となり、現在に至っているのです。

【創価学会の矛盾】

 創価学会では、現在においても日蓮正宗が同会を破門したことに対し非難していますが、その一方で自ら独立したとも言っています。
 一体、どちらが本心なのでしょうか。
 また、創価学会では、数百年以前の日蓮正宗の歴史をも批判していますが、ではなぜ、同会は三原則を守ると約束して日蓮正宗の信徒団体となったのでしょうか。

【創価学会の過去の指導】

 2代会長・戸田城聖氏は、
「いうまでもなく日蓮正宗だけが大聖人より嫡々相伝の家であって、いかに日蓮宗を名のるとも、日蓮正宗以外は、大聖人の相伝の宗ではなく、不相伝家と称する宗で、大聖人の極理を知らないがゆえである」(戸田城聖全集3-161)
と指導していました。
 日蓮大聖人の仏法は、本門戒壇の大御本尊を信仰の根源とし、血脈相伝の歴代上人の御指南に従って信仰する日蓮正宗以外にはないのであり、現在の創価学会は不相伝の謗法団体であることを知るべきです。

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⑳法主本仏論

2009-10-22 | 異流義創価学会破折文書

学会員の主張

法主本仏論

〝法主は大御本尊と不二の尊体である〟という日顕宗の邪説。法主を絶対のものとして礼拝し、信仰せよということ。
(新・教宣ハンドブック14㌻・2004年版)


法華講員の答え

宗門に「法主本仏論」などありませんし、「法主信仰」もありません。創価学会が宗門を誹謗するために捏造した理論です。


学会員の皆さん、あなたの考えは、間違っています。下の文面をよくお読み下さい。


 創価学会では、御隠尊日顕上人猊下が、「法主本仏論」を唱え、法主も信仰の対象であるという邪義を展開したと主張しています。(新・教宣14㌻・同上)
 しかし、御隠尊日顕上人猊下が、「法主本仏論」などという理論を唱えられたことはありませんし、宗門に「法主本仏論」「法主信仰」もありません。
 創価学会の言う「法主信仰」とは、日蓮大聖人よりの唯授一人の血脈を否定し、御法主上人に従うことを邪義であるかのように会員に思わせるために、ねつ造されたスリカエ理論に他なりません。
 日蓮正宗における信仰の対象は、「本門戒壇の大御本尊」です。この大御本尊は、日興上人、日目上人と唯授一人血脈付法の御歴代上人によって相伝されています。そして、代々の御法主上人は、この相伝によって本門戒壇の大御本尊の御内証を御書写され、本宗僧俗に御本尊を下付されるのです。
 故に大聖人・日興上人以来の唯授一人の血脈相伝によって御本尊を御書写される御立場を「大御本尊と不二の尊体」と申し上げるのであって、これを法主信仰などと言うのは全くの言いがかりにすぎません。
 第66世日達上人は、52年当時、創価学会の逸脱に対し、「和歌山県のある地方では『御本尊さえあればよいんだ。血脈なんかいらないんだ』と言って一生懸命に説明して歩いている人がいるそうです。これはどういう考えでしょう。『御本尊さえ』という御本尊様は誰が認(したた)めるんです。当宗では、血脈なくして御本尊様を書写し奉ることはできない。もし血脈など要らないというのならば身延の人が書いた本尊でもよい、誰が書いてもよいではないか。」(日達上人全集2・7・165)
と厳しく指弾されました。
 現在の創価学会は、このような御指南を全く忘れ去り、信仰の対象となりえない無血脈のニセ本尊を配布するのみならず、御法主上人の御本尊御書写に関する血脈相伝の深義を「法主本仏論」などと誹謗し、大聖人以来の本尊義を否定していることを知るべきです。

【御隠尊日顕上人猊下御講義】

 創価学会が、根拠としている御隠尊日顕上人の御講義とは、
「たしかに本宗信徒の立場からは、歴代法主の内証を大聖人様と拝することが、信仰上、大切でありますが、そこには三宝における内証と外用等の甚深の立て分け、筋道があるのです。(中略)しかし、それと学会が論難する『法主即大聖人』や『法主本仏』などとは、筋道も意義も異なるのであり、そのようなことは全く宗門には存在しておりません。存在していないにもかかわらず、さも存在している如く誣告するのが、創価学会の卑劣なやり方であります。」(仏法破壊の邪叢を粉砕す245)
という箇所です。そして、傍線の部分が学会が根拠として教宣ハンドブックに掲載している部分です。この御講義の中で、御隠尊日顕上人は、歴代法主の内証を大聖人様と拝することが大切なことであると御指南されていますが、そこには三宝における内証と外用等の甚深の立て分け、筋道があり、けして法主本仏論のような教えは存在しないことを明言されています。
 それを自分達に都合のいい部分だけを切り文にし、続きの部分を隠して会員を欺いているのです。この御講義が、創価学会のいう「法主本仏論」の文証になり得ないことは明白です。

【御法主上人の御内証】

 創価学会の過去の指導を以下に挙げます。創価学会第二代会長戸田城聖氏は、
 「また御法主上人は唯授一人、六十四代のあいだを、私どもに、もったいなくも師匠として大聖人様そのままの御内証を伝えておられるのです。」(戸田城聖全集4-399)
と述べ、また、
 「法水瀉瓶というのは、ここに二つの茶碗が、どんな形に変わっても、このなかの水を瀉せば中の水は変わらないのであります。ですから、代々の御法主上人は、お人によって、いろいろとお姿は違うのでありますが、日蓮大聖人の法水が、そのまま変わりなく移されているのであります。」(戸田城聖全集5-439)
と指導していました。池田大作氏は、
「本宗における厳粛なる法水瀉瓶唯授一人の血脈は、法灯連綿と、代々の御法主上人に受け継がれて、今日に至っております。あくまでも、御本仏は、日蓮大聖人様であらせられ、唯我与我の御法主上人のご内証を、大聖人と拝すべきなのであります。」(大白蓮華 昭和54年6月号16㌻)と指導していました。

【御本尊書写の大事】

 日蓮大聖人の御内証は本門戒壇の大御本尊とともに代々の御法主上人が「法体相承」されています。
 ゆえに、日興上人が残された『御本尊七箇之相承』には、
「日蓮在御判と嫡嫡代代と書くべしとの給う事如何。師の日わく、深秘なり、代代の聖人悉く日蓮なりと申す意なり」(聖典379)
と御指南であり、『本因妙抄』には、
「血脈並びに本尊の大事は日蓮嫡々座主伝法の書、塔中相承の稟承唯授一人の血脈なり。」(新編1684)
とお示しなのです。
 したがって、唯授一人の血脈と御本尊の大事は一体不二なるものであって、これを分けて論ずることはできません。
 よって、また第56世日応上人は、
「この金口の血脈こそ、宗祖の法魂を写し本尊の極意を伝ふるものなり。これを真の唯授一人と云ふ」(弁惑観心抄219)
と仰せなのです。
 御本尊は宗祖大聖人の法魂であり、その法魂を唯授一人の相承によって写し奉るのですから、唯授一人の血脈を否定する者は、日寛上人を含めた御歴代上人御書写の御本尊をも否定することになるのです。
 創価学会が「法主本仏論」などと宗門を誹謗するのは、破門されて血脈が断絶したことをごまかし、ニセ本尊配布などを正当化するための詭弁に他なりません。
 あなたは、一日も早く宗祖大聖人の正しい教えに基づく信心に目覚めるべきです。 

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⑲正本堂解体

2009-03-19 | 異流義創価学会破折文書

学会員の主張

正本堂をなぜ破壊したのか、大勢の学会員が供養した心情を踏みにじるもので許せない。 新教宣ハンドブック


法華講員の答え

正本堂が解体されるに至った原因は、その存在意義を失わせた創価学会の謗法にあります。
感情的なことを言う前に創価学会の謗法行為を直視してください。

学会の主張は大きな誤りです。
学会員さん、下の文面をよくお読み下さい。

 広宣流布の暁に大石寺が本門寺と改称され、本門戒壇の大御本尊が御安置される戒壇、すなわち「本門寺の戒壇」となることを期待して正本堂は建立されました。
 しかし、創価学会は、今回の問題が起こると、本門戒壇の大御本尊まします日蓮正宗総本山大石寺を魔の山と誹謗し、登山や御開扉の不要論という邪義をはじめ、教義の改変など、数々の謗法行為に及び、御法主上人ならびに日蓮正宗に対し悪口中傷を続けました。 結果として、正本堂建立の発願主であった池田大作は信徒除名となり、並びに創価学会は破門されましたが、これに対し、創価学会は、「魂の独立」と自ら叫び宗門からの独立を宣言しました。
 総本山大石寺を否定し、自ら独立を宣言した以上、大聖人の御遺命である「本門寺の戒壇」建立を目的とした広宣流布に携わる資格を永遠に失ったことは言うまでもありません。
 それのみならず、御本仏日蓮大聖人の法統を唯一受け継ぐ日蓮正宗に敵対することは広宣流布の途上における障害以外の何物でもありません。
 したがって、発願主・池田大作、並びに、創価学会の外護による「本門寺の戒壇」建立の可能性は消滅し、これらの者が中心となって建立した正本堂に本門戒壇の大御本尊を御安置申し上げる理由はどこにもなく、正本堂の存在意義が失われる要因となりました。
 よって、正本堂から本門戒壇の大御本尊を御遷座申し上げ、存続の理由が消滅した正本堂を解体したのです。
 創価学会員はこの現実と道理を直視しなければなりません。

創価学会の邪説

 創価学会は、「本門の戒壇を解体」【教宣ハンドブック参照】「宗旨の根幹である三大秘法の―つを自ら破壊」【創価新報2009年2月4日付】などと言い、あたかも正本堂という建物自体を「戒壇」であるとしていますが、これは明らかな間違いです。
 第66世日違上人が、
「戒壇の御本尊在(まし)ます処は、すなわち事の戒壇である。(中略)それが御宝蔵であっても、奉安殿であっても、正本堂であっても、あるいはもっと立派なものができるかもしれない、できたとしても、この御本尊まします処は事の戒壇である。」(昭和45年5月30日)
と御指南されているように、本門戒壇の大御本尊様ましますところが、事の戒壇であり三大秘法の根源です。
 創価学会は「戒壇」と「建物」をあえて混同させ、それを破壊・解体したと主張し、宗門攻撃のために正本堂をいまだに利用しているのです。

学会の自語相異

 創価学会は、日達上人がなされた正本堂の定義に日蓮正宗は反している、と主張していますが、創価学会のご都合主義にはあきれます。
 創価学会は、御法主上人が相伝される唯授一人の血脈を否定し、「大聖人直結」の団体と言いながら、日達上人の御指南を持ち出してくるのは自語相異としか言いようがありません。
 そもそも、正本堂が御遺命の戒壇となる願いをもって建立されたことは、大御本尊の御安置は蔵の形式をもってなされたこと、大石寺が本門寺と改称されていないことからも明らかであり、本門寺の戒壇建立が未来に属していたことは疑いの無い事実です。日達上人の、
「正本堂は(中略)現時における事の戒壇なり」(昭和47年4月28日・訓諭)
の訓諭にしても、先に挙げた日達上人の御指南を拝せば、本門戒壇の大御本尊まします所が事の戒壇であると述べられるのは当然のことです。
 一方、創価学会が起こした教義逸脱を始めとする52年路線の際、日達上人は、
「それは正本堂を造ってもらって有り難い。正本堂は、その時の日蓮正宗の信心をする人の集まりによってできた建物である。だから、もし学会が来なくて、こちらの生活が立たないというならば、御本尊は御宝蔵へおしまいして、御開帳願う人があったら御開扉しようと覚悟を決めたわけです」(昭和49年7月27日)
と述べられています。日達上人の御指南に従えば正本堂よりの大御本尊御遷座は当然のことと言えます。

正本堂と末寺の存在意義

 正本堂は御遺命の戒壇となる願望を込めて建立された建物であり、戒壇堂としての意義をもっていましたが、末寺は信徒の道場として建立されたのであり、建立の意義には明確な違いがあります。
 また、正本堂は、学会の謗法によって存在意義が失われましたが、学会の謗法によって末寺寺院の存在意義が失われるということはありません。
 さらに、末寺は創価学会を始めとする謗法の人々を救うための折伏の道場として存在しています。つまり、末寺の存在意義の一つには、現在の創価学会員を救うためにもあると言えるのです。
 創価学会は、正本堂と末寺の存在意義の違いをあえて混同させ、「僧侶は学会寄進の寺院から出て行け」などと言い一般会員を感情的に扇動しているのです。

 創価学会員が、正本堂建立に対する赤誠の御供養の功徳を無にしないためには本門戒壇の大御本尊を根本とした正しい大聖人の信仰に戻るしかないのです。

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⑱一閻浮提総与

2009-02-13 | 異流義創価学会破折文書

学会員の主張
大聖人が一切衆生のために顕わされた御本尊を、宗門では学会員への御本尊下付の停止など、信徒を脅す「道具」として使うという大謗法を犯した。


法華講員の答え
一切衆生のために顕わされた御本尊は本門戒壇の大御本尊であり、これを相承された、御法主上人に御本尊授与の権能があることを知るべきです。

学会の主張は大きな誤りです。学会員の皆さん、下の文面をよくお読み下さい。

 創価学会は破門以後、日蓮正宗から御本尊下付を受けられない事態を打開するため、同会は、独自に作成したニセ本尊を配布し始めました。
 ニセ本尊配布に当たり創価学会は、
「『一閻浮提総与』との大御本尊の意義にふさわしく、広宣流布の和合僧団・創価学会が御本尊を護持し、流通していく『時』を迎えた」(聖教新聞平成五年九月二十日号)
と主張しています。この「総与」という言葉は、総本山第五十九世日亨上人が、
「近年荒木翁が戒壇本尊は未来の満天下の一切衆生に授與(与)せられたものであるから総與(与)の御本尊と云ふべきと主張した」(大日蓮・大正十二年一月号)
と示されるように、当時法華講総講頭であった荒木清勇氏が初めて使用した言葉です。つまり「一閻浮提総与」とは、全世界の人々に総じて与えられたという意味で、本門戒壇の大御本尊を装飾する語です。しかし、この言葉をもって、創価学会がいうような「創価学会が御本尊を護持し、流通していく」との意義付けの根拠にはならないのです。創価学会のニセ本尊の元となっている栃木県浄圓寺所蔵の第二十六世日寛上人ご書写の御本尊は、本證坊個人に下付された一機一縁の御本尊であり、
 「一閻浮提総与」の大御本尊ではないのです。第六十五世日淳上人も、
「大聖人が一切衆生へ総与の御本尊は唯、二祖日興上人へ御相伝の戒壇の大御本尊に限るのであります」(日淳上人全集1022頁)
と、「一切衆生へ総与の御本尊」すなわち一閻浮提総与の大御本尊と尊称するのは「本門戒壇の大御本尊」のみであることを示されています。さらにその大御本尊は、大聖人・日興上人以来の唯授一人の血脈をもって歴代法主上人が相伝される御本尊なのです。したがって、この大御本尊のご内証を書写し御本尊を授与する大権は御法主上人のみにあることは、宗門七百年の厳然たる宗是です。
 創価学会は「一閻浮提総与」の語を利用して、さも自分たちに本尊授与の資格があるかのように主張していますが、それは自分勝手なスリカエ論です。本門戒壇の大御本尊から離れた今日の学会のニセ本尊授与は、功徳など全くないどころか、罪を無間に開く大謗法の所行なのです。

【かつての学会指導】
 日蓮正宗の信徒団体であった当時の創価学会は、「弘安二年十月十二日の大御本尊は―閻浮提総与の大御本尊であり、本門戒壇の大御本尊であります。特定の人に授けられた御本尊を―機一縁の御本尊と申し上げます(中略)私たちが家庭へ頂いて一家で信心している御本尊とは、その意義が異なるのであります」(大白蓮華71号)
と、一閻浮提総与の大御本尊、本門戒壇の大御本尊、―機一縁の御本尊の違いを明確に説明していました。
 また、宗門から下付される御本尊についても、
「御本尊を御書写されるのは、御法主上人猊下御一人であらせられ、それがいま、皆さま方が信受したてまつる御本尊なのである」 (広布と人生を語る:第1巻185頁)
と指導し、本門戒壇の大御本尊のお写しとし下付される御本尊に関わる一切の権能についても、全て時の御法主上人が所持あそばされることを明らかにしていました。

 【御本尊にかかわる権能について】
 本門戒壇の大御本尊について日興上人は、
「日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は日目に之を相伝す」(御書1883㌻)
とご教示されています。
 すなわち、本門戒壇の大御本尊は、時の御法主上人の相伝によって受け継がれており、御本尊にかかわる一切の権能は、時の御法主上人御一人が御所持あそばされているのです。
これについては日亨上人も、
「本尊の事は斯くの如く一定して・授与する人は金口相承の法主に限り」(富士宗学要集:1巻112頁)
と御指南されております。
 一閻浮提総与の御本尊とは、一切衆生が帰命すべき、信仰の根源たる大聖人のご当体である本門戒壇の大御本尊であり、全世界の人々を成仏せしめるために御図顕された御本尊であることは当然のことです。
 しかし、-閻浮提総与という語義には、創価学会が主張するような、誰でも本尊を授与できるなどという意味は全<含まれていません。創価学会は、―閻浮提の人々すべてが帰依するために顕されたという意味の「総与」という言葉を、「本尊授与の権限は我々にもある」という意味にすり替え、誠に狡猾な手段を使って会員を欺いているのです。
 また、創価学会は、「御本尊を信徒脅迫に使った」(教宣ハンドブック36頁取意)
などと言っていますが、日蓮正宗と無関係の団体に対しご本尊を下付しないのは当然のことであり、全くの言いがかりにすぎません。
 戸田城聖氏はかつて、
「なんといっても、御本山に登り、親しく大御本尊様を拝まなくては、本物の信心にはなれない」(戸田城聖全集3巻490頁)
と指導していました。
 また、第六十五世日淳上人は、
「大聖人を信仰し奉る者は皆此の一切衆生総与の御本尊に帰依し奉って真に仏の御化導に浴することができるのであります。
 大聖人は此の一切衆生総与の御本尊即ち戒壇の御本尊を弘安二年十月に建立遊ばされたのであります」(日淳上人全集1019頁)
と御指南されています。
 創価学会員の皆さん、一日も早<、総本山大石寺におわします本門戒壇の大御本尊を根本とする正しい信仰に立ち返り、真の幸せを築かれますよう、心から願っています。


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⑰破門

2008-12-18 | 異流義創価学会破折文書

学会員の主張 

宗門は檀徒作りのため全く根拠の無い破門通告書を送りつけ学会員を切り捨てるという大罪を犯した。

 

法華講員の答え

創価学会は日蓮正宗の信徒団体として存在していたのにもかかわらず、法主上人をはじめ宗門への誹謗を繰り返し、あげくには教義と化儀を改変したのです、宗門から破門にされるのは当然のことでしょう。

 

学会の主張は大きな誤りです。学会員さん、下の文面をよくお読み下さい。

 

 今回の問題は、平成二年十一月十六日の池田大作氏のスピーチが発端です。
昭和五十四年、池田氏は五十二年路線を指導した責任をとって会長職を辞任し、学会が犯した教義逸脱を改め、信徒団体として宗門を外護していくことを日達上人にお誓い申し上げました。その結果、創価学会は、信徒団体としての立場を存続することが許されたのです。
 しかし、今回の池田氏の発言は、過去の過ちに対する反省が見られないばかりか逆恨みをするかのような発言でした。その真意を問うべく宗門より創価学会に対して質問状等を出しましたが、責任者である池田氏からは、口頭・書面のいずれによっても返答はありませんでした。
 それどころか創価学会は、機関誌や組織を使い、連日にわたり御法主上人をはじめ宗門僧侶を誹謗・中傷して一般会員を洗脳し、宗門を攻撃するよう扇動したのです。
 さらに、五十二年度路線ですでに破折されていたにもかかわらず、再び「大聖人直結・御書根本」という邪義を立て、唯授一人の血脈、相伝の仏法を否定する主張を始めました。さらに今回は葬儀等の儀式も独自で行い、宗門から独立するための指導を徹底して行いました。
また創価学会は、宗教法人を取得する際、宗門より提示した、「①折伏した人は信徒として各寺院に所属させること、②当山の教義を守ること、③三宝(仏法僧)を守ること」という三原則を遵守することを宗門に誓いました。しかし今回、この誓いもことごとく破棄されたのです。
 以上のように創価学会は、日達上人に謝罪し誓ったことを平気で反故にし、臆面もなく五十二年度路線を正当化したうえ、宗門に誓った三原則までかなぐり捨て、組織をあげて宗門を攻撃したのです。
 このような組織を、信徒団体として認めることなど到底できません。よって宗門は、創価学会の組織を破門するに至ったのです。

 

 

事実無根のC作戦

 

 宗門はC作戦によって創価学会を破門したと言っていますが、全くの事実無根です。
 平成11年4月21日、長野地方裁判所松本支部は、日蓮正宗の善興寺を不法占拠し続けた離脱僧・吉川雄進に対し、善興寺建物の明け渡しを命じる判決を言い渡しました。吉川は、自ら宗門を離脱したにもかかわらず、不法占拠する理由の1つとしてC作戦を取り上げていました。
 しかしこの裁判の判決で、
「なお、被告(吉川雄進)は、右対立状態に至った原因は、原告(日蓮正宗)の画策実行したC作戦と呼ばれる作戦にある旨主張し、(中略)右主張に沿う部分があるが、これらはいずれも一方的な陳述の類であり、その内容も客観的根拠に乏しく、また、これらを補強し得る的確な証拠もないから、右証拠から直ちに被告の右主張を認めることはできない。」とあるように、司法の場においても「一方的な陳述の類」「客観的根拠に乏しく」「的確な証拠もない」との指摘をもって「C作戦」は裁判上でも否定されています。

 

 

今回の問題に至る学会の複線

 

 創価学会は52年当時、すでに宗門からの独立を企てていました。
 総本山第六十六世日達上人は、このことを
「大石寺の会計も調べる。その会計を調べると云う。大石寺も宗教法人でその年その年に税務署ヘちゃんと会計報告して通っておる。それにも拘わらず、また第三者が来て会計報告まで調べると云うのは、どうも私は意味がとれない。その時に北条さんが云うには、若し調ベさせなければ手を分かつ、おさらばするとはっきり云ったんです。私はびっくりしました。こう云う根性じゃ、これは駄目だと、会計を見せなければ自分から、正宗から手を切ると云うのである。」(昭和49年7月27日「宗門の現況と指導会」於 総本山大講堂大講義室)
と述べられています。
 また、昭和49年6月18日付の『北条文書』には、「宗門の件」として、
「長期的に見れば、うまくわかれる以外にないと思う。(中略)やる時がきたら、徹底的に斗いたいと思います。」
と、宗門から独立せんとする創価学会の謀計が記されております。
52年路線は池田氏の会長辞任と「お詫び」で収束しましたが、平成2年11月16日の第35回本部幹部会において、池田氏は、
「五十周年、敗北の最中だ。裏切られ、たたかれ、私は会長を辞めさせられ、ね。もう宗門から散々やられ、正信会から。馬鹿にされ、そいでその上北条さんが『もう、お先まっ暗ですね』『何を言うか、六十周年を見ろ。もう絢燗たる最高の実が、六十周年が来るから元気だせ』会長だから、これがよ。私は名誉会長だ。『そうでしようか』馬鹿かー」
と発言し、また森田一哉氏は、平成3年3月18日の杉並ビクトリー勤行会において、
「十年前は堂々とできなかった。一言も言えなかった。それで失敗しましたんで、今度は堂々とやっている」
と、昭和52年路線当時と現在を対比して発言しています。
 このような発言をみるとき、学会の昭和52年路線の反省は全くの欺瞞であり、宗門からの独立の野望をそのまま密かに懐き続け、機会を窺っていたとしか言いようがありません。

 したがって、学会が「宗門は学会を切った」と言うのは、一般会員の目を真実からそらす以外のなにものでもないのです。学会員の皆さん。真実を知って1日も早く正しい信心に立ち返って下さい。

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⑯信心の血脈

2008-10-16 | 異流義創価学会破折文書

学会員の主張

大聖人の仏法における「血脈」は、「信心の血脈」以外には、全くありえない。

 

法華講員の答え

信心の血脈とは、大聖人已来の唯授一人の血脈相承を根本とするのであり、これを否定する言動は謗法です。

 

学会の主張は大きな誤りです。
学会員さん、下の文面をよくお読み下さい。


 総本山第五十九世・日亨上人は、『日蓮一期弘法付嘱書』を解釈され、「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す」とは、
「法体相承、一期の弘法即三大秘法、三秘の中心即本門戒壇の大御本尊である。」(正宗教報・第二巻・第九号・五頁)
また、「血脈の次第、日蓮日興」とは、
「正統法脈の紹継者の次第を示されたので唯授一人、法主一人、一仏国土無二尊号の謂ひである、大導師即一人の法主である二人三人と分附すべきものでない事を示されてをる、開山上人御談の代々の貫主即日蓮とは茲に基いしてる鉄則である。」(同上)
と御指南されています。
 大聖人の仏法における血脈は、御歴代の御法主上人のみに伝わる、本門戒壇の大御本尊を根本とした別しての法体の血脈(唯授一人の血脈相承)と、その法体の血脈を信順する一切の弟子信徒が授かる総じての信心の血脈があると拝信することが鉄則です。
 したがって信心の血脈とは、その前提として、必ず法体の血脈に基づかなければ成り立たず、法体の血脈を否定するならば、信心の血脈は断絶するのです。現在の創価学会は、「信心の血脈以外の何か特別な神秘的な血脈を立てるのであれば、それはもはや、大聖人の御書に背く邪義である」(創価新報平成十年十一月十八日付)
と主張していますが、これは、末法万年の衆生救済を鑑みた上で、日興上人唯お一人へ血脈相承遊ばされた大聖人様の御振舞が邪義であると言っているのと同じで師敵対の極みです。また、御本仏の教化を否定し、日興上人已来の御歴代御法主上人、ひいては本門戒壇の大御本尊に対する尊信の念を失わせる大謗法であるといえます。

 

【日淳上人の御指南】


総本山第65世日淳上人は、
「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり(乃至)血脈の次第日蓮日興」(御書1675t)
の御文を解釈され、
「御文中『血脈の次第日蓮・日興』とあらせられるのは大聖人の正統を決定し給ふためであって、付嘱相承師資相承等の一切の相承のことが此の御文によって立証されておるのである。しかしてそのあとのことは日興上人を師と仰ぎ師弟相対して相承し給ひ、大衆は各々また師弟相対して相承してゆくのが仏法の道である。内証の上には大聖人の御弟子であることは勿論である。といって内証のみに執して、師弟の関係を整へることが最も大事であって此れを無視するところに聖祖門下の混乱があり、魔の所行が起ってくるのである。」
と御指南されています。
 「門下の混乱」とは、大聖人の示された血脈の次第に従えず、本門戒壇の大御本尊を本源とした信仰を失った者達を指しています。
 つまり、現在の創価学会の血脈観は、本門戒壇の大御本尊様が御本仏日蓮大聖人の御当体であることを知らない身延や他の新興宗教と全く同じ発想です。信心の血脈だけを立てて、唯授一人・法体相承を無視するところに、魔の所行が起こるのです。


【変遷する創価学会の指導】

 破門される以前の創価学会では、時の御主上人猊下の御指南を根本に信仰するよう指導していました。
 第二代会長・戸田城聖氏は、
「ただ日興上人お一人に、いっさいのものをお譲り渡しになっています。それが、堀米日淳六十五世猊下まで、血脈相承といって、われわれの御法主上人に、法水の容器は違うが、その内容は一滴も漏らさず伝えられてきているのです」(戸田城聖全集2巻37㌻)
と指導しています。又、第三代会長であった池田大作氏も、
「日蓮正宗における根本は、唯授一人の血脈である。その血脈相承の御法主上人に随順していくことこそ、僧俗の正しいあり方である。この一点を誤れば、すべてが狂ってくるのである」(広布と人生を語る3巻32㌻)
と述べております。しかしながら現在の創価学会では、
「法水は法主からなどではなく御本仏日蓮大聖人から受けるもので、その法水が我々凡夫に通う姿を血脈相承と呼ぶのです。凡夫の一人でしかない法主が邪心迷信になったら、血脈相承を受ける資格は消滅するのです」(教宣ハンドブック)
と主張しています。
 この様に、過去と現在において、血脈に関する指導が変質したのは紛れもなく創価学会です。
 これは、破門されて―新興宗教に成り下がった創価学会が、自分達の組織には無い本門戒壇の大御本尊と、唯授一人の血脈という信仰の根幹から、会員の目を欺くための卑劣な手段だと言えます。
 それどころか、直接御法主上人を非難中傷することで、御歴代上人が伝持されてきた法体の相承・唯授一人の血脈をも貶め、血脈の真義を覆い隠そうとしています。
 その反面、日蓮正宗の教義から完全には独立しきれないため、本尊も教義も修行も全てが日蓮正宗の物真似でしかなく、しかも、大聖人以来連綿と続く正当な血脈を証明する文証も相伝も無いのが今の創価学会の現実なのです。学会員の方々は、この大謗法の実態を直視し、その欺瞞に気付いて下さい。

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⑮塔婆供養

2008-07-17 | 異流義創価学会破折文書

学会員の主張
何かと信徒に塔婆を勧め、金もうけの為の商売道具にしてきたのが目顕宗です。(教宣ハンドブック 54㌻)

法華講員の答え
 大聖人は塔婆の功徳と意義を明確に説かれています。
 その御教示に随って塔婆供養をすることは当然のことではないのですか。

学会員の皆さん、あなたの考えは、間違っています。下の文面をよくお読み下さい。


 大聖人は、『中興入道御消息』に、
「去(みまか)りぬる幼子(おさなご)のむすめ御前の十三年に、丈六(じょうろく)のそとばをたてゝ、其の面に南無妙法蓮華経の七字を顕はしてをはしませば、北風吹けば南海のいろくづ、其の風にあたりて大海の苦をはなれ、東風きたれば西山の鳥鹿、其の風を身にふれて畜生道をまぬかれて都率(とそつ)の内院に生まれん。況(いわ)んやかのそとばに随喜をなし、手をふれ眼に見まいらせ候人類をや。過去の父母も彼のそとばの功徳によりて、天の日月の如く浄土をてらし、孝養の人並びに妻子は現世には寿を百二十年持ちて、後生には父母とともに霊山浄土にまいり給はん事、水すめば月うつり、つゞみをうてばひゞきのあるがごとしとをぼしめし候へ等云云。此より後々の御そとばにも法華経の題目を顕はし給へ。」(新編1434㌻)
と、塔婆供養の功徳の大きさを明確に御教示されています。
 第三祖・日目上人は、御母堂が亡父・重綱の塔婆供養(石板・宮城県新田に現存)をされたとき、その題目等をお書きになられました。古来、日蓮正宗では大聖人の教に従い、亡くなった方に対する追善供養として塔婆を建立して供養してきたのです。
 また、かつては創価学会、第二代会長・戸田城聖氏は、
「塔婆供養の原理についていえば、人が死ぬと宇宙の生命に溶けこみます。色心の二法であるゆえに、この生命を塔婆という体を作って供養すれば、聞いた題目が生命に感じて業がうすくなり、苦悩を少なくしうるのです。」(戸田城聖全集2ー176)
と指導していました。池田大作氏の師匠である第二代会長の戸田氏がはっきりと、塔婆供養の原理を指導しているのです。
 しかし創価学会は今回の問題が起こると、聖教新聞等で日蓮正宗が金儲けのために塔婆を利用しているという趣旨の事実無根の誹謗・中傷記事を掲載し、塔婆供養を宗門誹謗の道具としています。そして塔婆はあってもなくても良いものと結論づけています。それでは第二代戸田会長の指導は間違いだったんでしょうか。もしそうであるならば、「戸田会長は間違った指導をしていた」と、はっきりと会員に知らせた上で塔婆無用論を言うべきでしよう。
 現在の創価学会は、組織防衛のためには、以前の指導と正反対のことでも平気で会員に押しつける欺瞞集団に成り下がっているのです。そのような創価学会にはもはや、日蓮大聖人の正しい教えなどあるはずはないのです。

 

【塔婆に関する創価学会の指導】

 創価学会では、塔婆供養について、会員の質問に答えるという形で、以下の様に指導しています。
「Q 大聖人は、塔婆供養についてどう仰せられているのか。
A 御書で塔婆供養についての言及は「中興入道消息」と「草木成仏口決」の二編だけです。
信仰上、塔婆が絶対不可欠などとは仰せられていません。当時の塔婆の流行に対し、随方毘尼(仏法の本義に違背しない限り、各地域や時代の風俗・習慣を用いることがある)の立場から認められたのです。塔婆そのものを勧められたのではな<、中興入道が塔婆に妙法の題目を書いたことを賛嘆されたのです。」(教宣ハンドブック54㌻)
この指導に於いて創価学会は、大聖人が塔婆供養について言及された御書が、二編だけであると指導し、御書における言及数で教えを取捨選択するというまことに不遜きわまりない考え方を明かにしています。

【創価学会の「随方毘尼」という主張】

 創価学会は、大聖人が随方毘尼の立場から塔婆を認められたと決めつけています。
 そこで、随方毘尼の意味を同会の辞典によって調べてみると、
「仏の未だ制禁していない事例については仏教の本義にたがわない限り、各地域の風俗・習慣や時代の風習に従ってもよいということ。」(御書辞典629)とあります。
 つまり釈尊自らが造立し、造立を許可したことが、『十誦律』、『摩詞僧祇律』等に説かれている塔婆に関する御教示は、随方毘尼にならないのです。
 また、『瑜伽論記』第二十一には、
「卒覩波は此に供養處という」
とあり、塔婆には、故人に対する供養の意義を有していました。
この塔婆の意義が仏教東漸に伴って、中国、日本に受け継がれ、仏塔の意義としては、五重塔などの堂塔として建立され、故人への供養の意義としては、五輪・角・板塔婆として伝えられてきたのです。
 大聖人は、
「我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは、死の成仏にして草木成仏なり」(『草木成仏口決』新編522㌻)
と仰せられ、仏法の本義から塔婆建立の意義について解釈され、文底下種の題目を顕された塔婆は衆生成仏の姿を示すものとされています。
 これは、大聖人の正義による塔婆供養をご教示されたのです。決して、創価学会が主張する「随方毘尼の解釈から消極的に認められた」などというものではありません。
 したがって創価学会の主張は、大聖人の御書の御文を都合の良いように解釈したものであり、大聖人の御金言を軽んずる大謗法です。
このような創価学会の主張は、塔婆供養ができないことを不審に思う会員を欺(あざむ)くための詭弁(きべん)という他ありません。

【塔婆題目の書写について】

 創価学会は中興入道が塔婆の題目を書いたと断定しているようですが、そのような確証はどこにもありません。
 また、第九世日有上人は、『化儀抄』に、
「卒都婆の事、縦ひ能筆なりとも題目計りをば書くべき人にかかすべし」 (聖典978㌻)
と、さらには『有師談諸聞書』に、
「題目計りをば其の所の住持書くべきなり」(富要2-143)
と示されているように、宗門では古来、題目を書写するのは僧侶であり、信徒が題目を書写することは許されていないのです。

 以上述べましたが、学会員のみなさん、一日も早く正しい信心に目覚め、日蓮正宗の正しい化儀にのっとった塔婆供養によって、亡くなった方々の追善供養をおこなってください。

群馬布教区

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⑭禅寺問題

2008-03-20 | 異流義創価学会破折文書

学会員の質問
日顕(上人)は、禅宗の寺に墓を建てた。それは謗法だ。


法華講員の答え

学会が問題としている墓は、日顕上人の御親戚が共同墓地内に建立された墓であり、何の問題もありません。また、たとえ他宗派の寺院の境内に建てられていたとしても、そのことと邪宗教の信仰とは無関係であり、大聖人様の教えに背く謗法行為でないことは日有上人の『化儀抄』を拝読しても明かです。
 したがって、学会の主張は全くのいいがかりです。

 

 日顕上人の御実家の墓は、日顕上人のお父様である日開上人が総本山大石寺の墓苑内に建立されました。
 あなたのいう「阿部家」の墓地とは、日開上人の御兄弟で、福島在住であった阿部銀蔵氏の流れを汲む家のお墓であり、日顕上人から見れば御親戚の家のお墓です。
 これ対し、学会では、あたかも福島県・白山寺の墓地が日顕上人の御実家のものであるかのように報道し、その上、日顕上人が新たに白山寺に墓地を建立したかのように吹聴しておりますが、それは全くの事実無根であり、捏造です。福島の阿部家が所有する墓地の所在は白山寺が管理する以前からの共同墓地です。
 しかも、どの場所であっても、開眼供養を行うこと自体、謗法ではありません。総本山第九世目有上人の『化儀抄』に、
 一、縦ひ禅念仏の寺道場の内なりとも法華宗の檀那施主等が之レ有らば仏事を受くべきなり云云。(富要一の七十三㌻)
とお示しです。たとえ他宗派の寺院・境内であっても、本宗の信徒が施主となり、葬儀や法要等の仏事の願い出がなされた場合、本宗の僧侶はその願い出を受け入れて、本宗の化儀に則った仏事を執行しても謗法とはならないと教えられております。

 

禅寺問題の発端

 森田一哉理事長は平成3年9月29日、千駄ケ谷の創価国際友好会館で行われた本部研修会において
 「次号の創価新報に掲載されるが、驚くことに日顕猊下は、福島市内の曹洞宗・白山寺にある墓地に墓石を新たに建立し、平成元年7月7日に自ら足を運んで墓参・法要まで行っている。墓には『為先祖代々菩提 建立之 日顕花押』と刻まれている。(中略)日顕猊下の振る舞いは、そうした信徒の純真な信心を踏みにじるものであり、強い憤りを禁じえない。」
 と発言しました。この日の森田理事長の発言どおり、同年10月2日付の『創価新報』に、日顕上人の御親戚に当たる福島県福島市在住の阿部賢蔵氏(総本山第60世日開上人の弟の銀蔵氏から数えて4代目)が、平成元年7月、先祖代々の墓地に墓石を新たに建立したことに関しての卑劣な中傷記事が掲載されました。


墓石が建立された場所は村の共同墓地

 日顕上人は、親戚の阿部氏より願い出の墓石のお題目を御染筆あそばされるに際して、福島の阿部家は実父である日開上人の生家でもあることから、その報恩の意味も兼ねて、建立の費用を負担しようと仰せられ、賢蔵氏ほか一同が、このお慈悲を有り難くお受けする形で墓石の開眼供養を願い出られたのであります。
 白山寺の墓地は、三つに区分けされています。第一区画は明治時代からの村の共同墓地、第二区画は共同墓地の拡張部分に当たり、ここに阿部家の墓地があるのです。(阿部賢蔵氏の母・キンさんや、同所に墓を持つ方の話によると、この第二区画の墓地は第一区画の共同墓地が狭くなったために昭和24年に拡張造成されたもので、その折、阿部家もここに墓地を購入したとの認識であったが、事実は明治以来の共同墓地所有者に対する無償提供であったことが判明した)


 現在、白山寺は第三区画の檀家専用の墓地については檀家にならなければ分譲しないが、第一・第二区画の墓地は開眼供養や塔婆供養について、宗派を問わないとしております。
 村民の方々も、共同墓地が狭くなったから拡張したという共通認識を持っておられます。
 その証拠として、白山寺の境内地域と、第一・第二区画の村民共同墓地との間は塀で仕切られ、第一区画・第二区画の墓地は寺院に関係なく、一般道から自由に出入りができるようになっています。
 そうした状況であることから、日顕上人猊下は阿部家での法事を済まされた後で墓地に赴かれ、墓石の開眼供養をなされたのであります。


他宗寺院に墓地を持つ 学会員も謗法なのか

 現在、創価学会員の中にも、本宗寺院のほか、他宗の境内地あるいは他の宗教団体が経営する霊園等に墓を所用する会員がいます。
 創価学会以外の他宗教の墓園等に墓を持つことが謗法であるというならば、他宗教の施設内に墓を持つ会員はすべて謗法(現在の創価学会は謗法団体であるからどちらにしても謗法ですが)となりますが、それに対して創価学会ではどのような指導をしているのでしようか。
 日達上人は、『化儀抄』の御文について、
 「本宗の信徒が他宗の寺を借りて、葬儀、法要を行うことがあれば、行って葬儀や法要を執行すべきであります。ただしその場合は本宗の本尊を掛けて行うのであります」
と御指南されております。
 要は、日蓮正宗の僧侶の導師によって儀式が執行されれば謗法とはならないことを教えられております。学会員も破門以前は、日蓮正宗の僧侶を導師として、他宗派の墓地で埋葬等の法要を行っていながら、破門されて以後、このことを問題とするのは明かな謀略です。

 群馬布教区有志一同

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⑬本尊模刻

2007-12-21 | 異流義創価学会破折文書

本尊模刻

法華講員の問い
創価学会は御法主日達上人の認可もなく勝手に本尊を模刻した事実を知っていますか?

創価学会員の答え
勝手に模刻などしていない。御本尊彫刻の許可を事前に日達上人より得ていたが、それを失念した日達上人を創価学会が守ったというのが真相だ。

これは大きな間違いです。下の文面をよくお読み下さい。

 創価学会は、第六十六世日達上人が復刻本尊に対する論議を止められたのにも係わらず、この件を持ち出す宗門こそ謗法だと言い、さらに、この事件の主たる要因は日達上人の失念にあり、同会には全く非がなかったと開き直っています。
 しかし、日達上人がなされた創価学会の本尊復刻に関する御指南は、同会が五十二年当時の謗法逸脱路線を反省し、日蓮正宗の外護団体として、宗門の指導にしたがって信仰活動を行うことを前提としたものです。現在のように、日達上人に対して反省懺悔したはずの謗法路線を繰り返し、最後は破門されてしまうような団体に対して示されたものでは決してありません。また、日達上人は、創価学会の本尊復刻事件について、
「学会の方で板御本尊に直したところがあります。それは私が知らなかった」(昭和五十三年六月二十九日・於大講堂)
「こちらが許可していない分は取り上げて注意をしました」(昭和五十四年五月二十九日・於大講堂)
と仰せになっています。創価学会が日達上人に無断で本尊を模刻したことは紛れもない事実です。さらに、当時、創価学会副会長であった辻武寿は、
「不用意にご謹刻申し上げた御本尊については、重ねて猊下の御指南をうけ、奉安殿にご奉納申し上げました。今後、御本尊に関しましては、こうしたことも含めて、お取り扱い、手続きなどは、宗風を重んじ、一段と厳格に臨んでまいりたいと思います。」(昭和五十三年十一月七日・創価学会四十八周年記念代登山代表幹部会・於大講堂)
と、創価学会の誤りを認め模刻本尊を本山に納めたことをハッキリと述べています。これに対し、日達上人が御遷化ののち、十四年も経過してから突然、赤澤朝陽氏の証言を持ち出し、「日達上人は実は御存じだった」と主張して、日達上人にその罪をかぶせる行為は言語道断の所業と言わねばなりません。
 何十年にもわたり創価学会に理解を示された大恩ある日達上人を、平気で裏切る行為を組織ぐるみで展開してはばからないのが創価学会の体質であり、そこに本尊模刻を行った真因があることを知るべきです。

 

   【創価学会のスリカエ理論】

 日蓮正宗では、創価学会によって模刻された8体の御本尊の内、「大法弘通慈折広宣流布大願成就・創価学会本部安置、昭和二十六年五月十九日」の1体については、日達上人が創価学会本部への御安置を追認されたことにより、この御本尊については問題にしていません。
 その経緯として、昭和49年9月2日、宗門と学会との連絡会議の席上、池田会長(当時)より、学会本部の御本尊を板本尊にしたい旨の願い出がありました。
 しかし、日達上人は、学会の「板御本尊にしたい」という意味は、今までの日昇上人の紙幅御本尊はおしまいして、新たに日達上人に板御本尊の御下附を願い出るものと思われての御承知でしたが、一応申し出がなされたということで日達上人の御慈悲により追認されたのです。
 これに対し、問題となるのは総本山に納められた以下に挙げる7体の模刻本尊です。


賞本門事戒壇正本堂建立本尊 【昭和49年1月2日】
ヨーロッパ本部安置      【昭和39年12月13日】
池田大作授与の御守本尊  【日昇上人昭和26年5月3日】
学会本部会長室安置     【昭和42年5月1日】
創価学会文化会館安置    【昭和42年6月15日】
アメリカ本部安置        【昭和43年6月29日】
創価学会関西本部安置【日昇上人昭和30年12月13日】

 創価学会は追認された1体の御本尊の経緯を盾にして、他の7体も同じように御法主上人の御許可を受けていたと主張していますが、それら7体の模刻経緯には御許可いただいた記録なども全くありません。したがって、創価学会の主張は悪質なスリカエ論にすぎません。
 
   【御守御本尊の復刻】

 大聖人様が、経王殿御返事に、
 「まぼり暫時も身をはなさずたもち給へ。」
と仰せのように、御守御本尊は、個人に与えられ、随身すべき御本尊です。したがって、お守御本尊を板に模刻するなどということは、本宗伝統の化儀に照らして全くありえないことです。
 しかし、池田大作氏は、自身に下附されたお守御本尊を撮影・拡大し、勝手に模刻したのです。その上、昭和51年10月28口に東北研修所で「この板御本尊を永久に東北の守りとして置く」などと言って御守り御本尊を会員に拝ませる行為に至りました。このようなことを日達上人が御許可になるわけがありません。したがって、赤沢証言は極めていかがわしいものです。

【宗門の創価学会擁護を逆手に取る非道】

 正信会裁判の証人尋問の際、藤本総監(当時)は、創価学会が模刻事件も含め、五十二年路線の誤りに対する改悛の表明がなされたことを受け、問題を収拾するためにとられた日達上人の御裁断があり、それを日顕上人が継承されていたことを受け、模刻については同会を擁護するため、
 「手続き的に間違いを犯したということである」という証言をされています。しかし、
 「(御本尊を)無断で書写すれば謗法になります」「(御本尊の複写は)御法主が御許可になればよろしいと思います」
と述べられ、御本尊に関しては御法主上人の許可が絶対に必要であるという一貫性をもとに証言されています。
 また、相手(正信会)の弁護士の、「1体のほか、7体の本尊の模刻は事前に猊下の承認を得たのですか」(取意)との尋問に関して、
 「7体については知らなかった」
と藤本総監は明確に証言されています。
 つまり、宗門は当時の状況を踏まえて信徒団体であった学会を擁護はしましたが、模刻が無かったと主張したことは一度たりともないのです。

群馬布教区有志一同

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⑫52年路線の真相

2007-09-29 | 異流義創価学会破折文書

五十二年路線の真相
 五十二年路線とは、「創価学会が主、宗門は従」という考えをもとに日蓮正宗の支配を画策し、昭和五十二年には、同会に批判的な僧侶に対する吊るし上げを次々と行い、公然と宗門批判・僧侶否定・教義逸脱等を行った一連の指導体制とそれによる大謗法路線を指します。
 しかし、このような謗法路線は、日達上人の御叱責と宗門の指摘を受け、その責任をとって池田氏が会長を辞任し収束を向かえるに至りました。

※下の文面をよくお読み下さい。

 五十二年路線における創価学会の本質ともいうべき心情が、北條浩(創価学会・第四代会長)が書いた池田大作に対する報告書に残されています。
 この文書は、池田大作自身が、「会内にいわゆる『北條文書』などのような感情的な議論のあったことは、まことに申し訳なく思っております」(『聖教新聞』昭和五十五年四月二日一面)
と公に認めたものです。その文書には、
「長期的に見れば、うまくわかれる以外にないと思う。本質は、カソリックとプロテスタントのような違いである。戦術的には、すぐ決裂状態となることは避けて(中略)やる時がきたら、徹底的に斗いたいと思います。」(昭和四十九年六月)と記され、五十二年路線の教義逸脱路線の根底には、宗門からの独立を視野に入れていたことが読みとれます。 すなわち、宗門の伝統教義を創価学会の都合の良いように解釈して独自路線を進み、それを宗門が認めなければ独立しようという方針です。
 このような謗法路線は第六十六世日達上人の呵責により一旦は挫折したものの、今回の問題の直前には、池田大作は「五〇周年、敗北の最中だ。裏切られ、たたかれ、私は会長を辞めさせられ、ね。もう宗門から散々やられ」(平成二年十一月十六日)などと発言しています。また、学会最高幹部は「十年前は堂々とできなかった。一言も言えなかった。それで失敗しましたんで、今度は堂々とやっている」(森田理事長・平成三年三月十八日・杉並ビクトリー勤行会)と発言しています。
 これらの発言をみれば、創価学会が日達上人に示した五十二年路線に対する反省懺悔の姿などはまったくのうそ偽りであって、宗門からの独立の機会を虎視耽々と伺っていたことが明らかです。
 つまり、今回起こった問題の根底には、五十二年路線で実現できなかったことを実行に移す目的があり、その口実としての宗門攻撃であることを認識しなければ創価学会の真実の姿は見えません。 

 

52年路線の本質と日達上人の御叱正

第66世日達上人は、
「学会では、『池田会長本仏などということを言った覚えは無い。学会ではそういうことは無い』と、こう言っております。しかしながら考えてみますと、一番初めは昭和50年前後でしたか、『火の国』という小冊子を学会のある一部の人で作った。その本に明らかに『会長が仏様である』ということを述べておりました。又、もっと古くは、最近わかったのですけれども、既に昭和38・9年頃から『会長が仏だ』という話は出ておるんです。(中略)その間に積み重ねてきた教義の間違いというものは、一朝―タに直そうといっても中々できない。だから今この紛争が起きておるんです。」(昭和54年3月31日・大講堂)
と述べられ、52年路線問題の根本は、池田大作自身であると指摘されています。
 また、52年路線が具体化したのは昭和47年の正本堂建立の頃であったことを、「昭和47年に正本堂が建立せられた。その直後から非常に学会の態度がおかしくなってきた。大変僧侶も馬鹿にするし、また教義上に於いても非常に変化が多いように思う。そのつど私も種々な時にそれを指摘して、そういうことはいけない、日蓮正宗の教義に違うと指摘してきたつもりでございます。」(昭和53年2月9日・第1回時事懇談会)
と日達上人は示されています。

52年路線問題の収束経緯

 創価学会の数々の逸脱行為に対し、宗内僧侶を中心として学会批判の声が全国的に広がり、脱会者が続出しました。池田はこのままでは創価学会の崩壊につながると危惧し、日達上人に謝罪して事態の収束を願い出ました。
 そして昭和53年6月30日、創価学会は聖教新聞に「教学上の基本問題について」と題して、教義逸脱に関する訂正文を掲載しました。しかし、その内容は不明瞭で、会長である池田大作の責任を明らかにするものではありませんでした。
 さらにこのころ、創価学会による本尊模刻問題が発覚し、同年9月28日、学会は急きょ、7体の模刻本尊を総本山に納めました。
 これらのことで、窮地に追い込まれた学会は、同年11月7日、総本山において、幹部2千名による「創価学会創立48周年記念代表幹部会」(通称・お詫び登山)を開催し、謝罪の意を表明しました。
 しかし実際には、その逸脱は何ら改められず、宗内から池田大作の責任を問う声があがったため、池田は昭和54年4月24日に創価学会会長を、同月26日には法華講総講頭をそれぞれ辞任しました。
 これを受けて日達上人は大慈悲をもって、同年5月3日、本部総会の席上、「創価学会が日蓮正宗の信徒団体としての基本を、今後忠実に守ること」を条件としたうえで、学会問題を収束させる御指南を下されました。

52年路線と現在の創価学会

 たとえば、唯授一人の御法主上人を無視した大聖人直結という逸脱教義は、52年路線の際においても使われ、日達上人によりその誤りを指摘され、学会もその御教示にしたがったはずでした。
しかし、今回の問題において、学会は再度直結信仰を持ち出し、日達上人の御指南に違背し、御当代日如上人、御隠尊日顕上人に対しあからさまな誹謗を加える大謗法行為を続けているのです。

 

群馬布教区有志一同

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⑪僧俗観

2007-07-23 | 異流義創価学会破折文書

学会員の主張

宗門には、「僧が上、俗は下」という封建的な、抜きがたい僧俗差別観がはびこっている。

 

法華講員の答え

宗門には、封建的な僧俗差別観などまったくありません。しかし、全ての事柄に平等と差別の二つの面があることは、仏法の常識です。

学会員さん、あなたの考えは、間違っています。下の文面をよくお読み下さい。

創価学会は、宗門で発表した文書や発言の中から、僧俗の筋目を説明している箇所のみをとり上げ、むりやり封建的な差別に関する文言だと決めつけ、あたかも、宗門の僧侶が宗教的権威を振りかざし、信徒の上に君臨しているよう印象づけています。

しかし宗門には、もともと封建的な僧俗差別観などありません。

第九世日有上人が、『化儀抄』(聖典九七三㌻)に、

「貴賤道俗の差別なく信心の人は妙法蓮華経なる故に何れも同等なり」と仰せのように、僧侶と信徒は勿論のこと、どんな人でも御本尊を拝する姿において平等です。しかし、同抄の次下の文に、

「然れども竹に上下の節の有るがごとく、其の位をば乱せず僧俗の礼儀有るべきか」と仰せられているように、平等の中にも、おのずから僧俗の違いは厳然として存在し、そこにはお互いに、礼儀をわきまえる必要があるのです。

大聖人は、『災難対治抄』(御書一九七㌻)に、

「礼儀を破るは仏の出だしたまへる五戒を破るなり。」

と仰せであり礼儀の大切さを示されています。

いま私達は広宣流布を目指し、御法主上人猊下の御指南の下、お互い励まし合い、助け合い、僧俗一致して、大折伏戦を展開しています。

破門されて以降の創価学会は、宗門を攻撃し続けることでしか、自らを存続させられないのです。ですから、正しい僧俗観を理解しようなどとは全く思っていないのです。 

 群馬布教区有志一同

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⑩僧宝誹謗

2007-07-23 | 異流義創価学会破折文書

学会員の主張

僧宝は日興上人のみであり、歴代法主も僧宝とする宗門は、三宝の本義をゆがめる邪義をとなえている。

 

法華講員の答え

日興上人を僧宝の随一として御歴代法主上人も僧宝にあたります。したがって、御歴代上人を誹謗することは三宝誹謗につながる大謗法となるのです。

 

学会員さん、下の文面をよくお読み下さい。

 

御歴代御法主上人も僧宝として尊信することを、創価学会は邪義だと主張しています。しかし、過去において池田大作は、

「『僧宝』とは、今日においては日興上人よりの唯授一人の法脈を受けられた御法主上人猊下であられる」(聖教新聞・昭和五三年二月二十六日付)

と発言しています。現在の創価学会の主張が正しいのなら池田大作自身が邪義を唱えていたことになります。池田大作の過去の発言が正しいのなら、現在の学会の主張は邪義です。

また、創価学会では、御歴代上人も僧宝に含めるという解釈は日顕上人がなされたものである(趣意)と主張しています。(創価新報・平成十九年四月四日付)

しかし、総本山・第六十六世日達上人が、

「二祖日興上人より歴代を僧宝とたてておるのでありまして、古来より少しも変わっておりません」(昭和三十八年五月十九日・於 台東体育館)

と御指南されているように、日蓮正宗では古来より現在に至るまで、大聖人より唯授一人の血脈相承を受けられた日興上人を随一として、御歴代御法主上人を僧宝としています。

したがって、現在の創価学会の主張は、日達上人等の歴代法主上人の御指南に違背し、日顕上人の御指南を故意にねじ曲げるものであり、僧宝としてのお立場にある御歴代上人を誹謗する大謗法行為であることは明白です。

同会は、日蓮正宗から破門されて以降、唯授一人の法脈から離れ、信心の血脈が断絶したことを会員の目からそらせるため、御法主上人に対し様々な誹謗中傷を加え、僧宝としてのお立場を否定しようとしているのです。大聖人様は、

「凡そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり。」(新編六○八頁)

と示されています。「僧宝」を誹謗することは、「仏宝・法宝」たる御本仏日蓮大聖人・本門戒壇の大御本尊を誹謗することにもつながります。その結果、創価学会は成仏の命脈が断たれ、永遠に謗法集団としてさまようことになることになるのです。 

群馬布教区法華講有志一同

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⑨師弟

2007-07-23 | 異流義創価学会破折文書

学会員の主張

我々は池田先生のおかげで信心できた。人生の師匠である先生にどこまでもついていく。

 

法華講員の答え

これでは池田教と言われても当然ですね。血脈を否定する指導者に従えば成仏は絶対に叶いません。

学会の主張は大きな誤りです。下の文面をよくお読み下さい。

 

日蓮大聖人は「師」について『曾谷殿御返事』に、

「法華経の大海の智慧の水を受けたる根源の師を忘れて、余へ心をうつさば必ず輪廻生死のわざわひなるべし。」(新編一○三九)

と仰せです。ここにある根源の師とは正しく日蓮大聖人であります。根源の師である大聖人の血脈を、唯授一人の御相承によってお受けあそばされた代々の御法主上人がお取り次ぎ下さるのです。したがってこの師弟の筋道を忘れて、正師からよそへ心を移すならば、生死の業苦から逃れることはできないのです。

創価学会では同会の機関誌等に、池田大作が海外の機関や団体から多くの勲章や称号をもらい、あたかもそれが「世界の大指導者」のあかしであるかのような記事を掲載し、会員を洗脳しています。しかし、他の新興宗教団体においても、教祖や会長が、同様に勲章や称号などをもらっている例は少なくありません。勲章や称号の数は信仰の正しさをはかる規準とはならないのです。世間的な名誉や評価によって師匠を選ぶことは世俗的な価値判断であり、大聖人の仏法ではありません。

 そもそも今回の問題は、池田大作が御法主上人を誹謗したスピーチから端を発しているのです。池田は、自らの立場を守るため、数々の教義逸脱を犯し、さらにはニセ本尊配布という大謗法を犯して、多くの会員を「根源の師」から引き離し「本門戒壇の大御本尊」から遠ざけているのです。このような大謗法の指導者に従えば、成仏など絶対にあり得ません。

群馬布教区法華講有志一同

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