日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

煩悩を菩提へ変える信心

2017-05-03 | 御住職指導

正林寺御住職指導(H29.5月 第160号)  

 

 煩悩とは、私達の身心をわずらわし、悩ませる、すべての迷いの心をいいます。
 日蓮大聖人は『始聞仏乗義』に、
「煩悩とは見思・塵沙・無明の三惑なり。」(御書1208)
と煩悩について仰せであります。

 菩提とは仏の悟りで、身心のわずらわしさや悩み、すべての迷いを解決する力のことです。
 大聖人は『御講聞書』に、
「煩悩無辺なれども煩悩即菩提・生死即涅槃と体達す。(中略)無上菩提誓願証と云ふは是人於仏道 決定無有疑と定めたる四弘誓願分明なり。」(御書1861)
と仰せのように、菩提へと体達する四弘誓願を心がけて精進することが大事です。

 御本尊への真剣な祈りにより、煩悩を菩提へと変えることができます。そのことを煩悩即菩提といいます。
 大聖人は『生死一大事血脈抄』に、
「強盛の大信力を致して、南無妙法蓮華経臨終正念と祈念し給へ。生死一大事の血脈此より外に全く求むることなかれ。煩悩即菩提・生死即涅槃とは是なり。信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり。」(御書515)
と仰せであります。本門戒壇の大御本尊から血脈の流れた御本尊への祈りにより、煩悩を菩提へと変えることが叶います。その反面、肝心な血脈を失った御本尊への祈りは、無益となるために、血脈を尊崇した信心が大切です。

 私達が生きていく上で、煩悩との関係は表裏一体です。常に何かの縁によって身心をわずらわす煩悩は、大なり小なり生じてきます。
 人として生まれてきた以上、煩悩との上手な付き合い方を模索し、見つけながら生きていくことになります。このことを怠ると、悪い連鎖が重なり、業苦へと進んでいき、非常に耐えがたい重苦を強いられます。そうならないためにも、御本尊への強盛な大信力を持って勤行唱題に毎日勤めていくことが大事です。

 大聖人は『四条金吾殿御返事』に、
「前々の用心といひ、又けなげといひ、又法華経の信心つよき故に難なく存命せさせ給ふ。目出たし目出たし。」(御書1407)
と仰せのように、煩悩に対処する常日頃からの用心により、御本尊への強い信心によって、難なく菩提へと変えることができるでしょう。

 

 

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