正林寺法華講員手引書

『折伏・家庭訪問・教化育成・法統相続・教学研鑚・邪義破折・支部組織の充実強化に活用』 法華講正林寺支部 正林編集部

釈尊の本地が説かれる如来寿量品 (如来寿量品第十六)

2005-11-15 | 妙法蓮華経並開結 略要旨私考

 『法華経』の「如来寿量品第十六」(法華経428)には、「久遠実成」という五百塵点劫の大昔に、釈尊がすでに成仏していたことが説かれます。それが「本地」であり、本地の反対が「垂迹」になります。垂迹の立場である始成正覚(釈尊が十九歳で出家し、三十歳で成仏したこと)が、爾前権教と法華経の迹門までであります。「本地」とは、本来の境地ということです。
 多くの仏教各派は、釈尊の本地を知らず爾前権教といわれる方便の教えに執着するため、本当に成仏できず路頭に迷うのであります。その現実が今の姿として写し出されています。
 仏様の本来の境地に成るため、私達は信心をするのです。その本地に近づける修行方法は、日蓮大聖人が説かれ日蓮正宗にしか伝えられていません。そのため日蓮正宗では勤行唱題で、『法華経』で一番重要な「如来寿量品第十六」を読誦するのです。爾前権教では、本地が明かされないため成仏することが出来ません。「寿量品」の文の底(文底)には、秘法である御題目の南無妙法蓮華経が、秘し沈められております。故に「文底秘沈の大法」である「三大秘法の御本尊様」です。
 「如来寿量品第十六」に、釈尊が娑婆世界で常に、教化説法されてきたことを「良医病子の譬え」(法華経435)で説明しています。これは「本地」を理解させるための譬喩です。
 その内容は、良医に百人にも及ぶ子供がいました。ある時、良医が留守中に、子供たちが誤って毒薬を飲み苦しんでいました。そこへ帰った良医は、良薬を調合して子供たちに与えましたが、本心を失った子供たちは飲みませんでした。そのため良医は方便を設けて、父が他国へ行って死んだと使者に告げさせました。父の死を聞いた子供たちは大いに憂い、本心を取りもどし、残された良薬を飲んで病を治すことができたのです。
 良医とは仏、病子とは衆生に譬えられ、良医が家に帰って失心の子を救うとは、仏が一切衆生を救う未来の益を説いています。
 『御義口伝』に「寿量品二十七箇の大事」(御書1765)が説かれます。「第一 南無妙法蓮華経如来寿量品第十六の事」「第二 如来秘密神通之力の事」「第三 我実成仏已来無量無辺等の事」「第四 如来如実知見三界之相無有生死の事」「第五 若仏久住於世薄徳之人不種善根貪窮下賤貧著五欲入於憶想妄見網中の事」「第六 飲他毒薬薬発悶乱宛転于地の事」「第七 或失本心或不失者の事」「第八 擣饅和合与子令服の事」「第九 毒気深入失本心故の事」「第十 是好良薬今留在此汝可取服勿憂不差の事」「第十一 自我得仏来の事」「第十二 為度衆生故方便現涅槃の事」「第十三 常住此説法の事」「第十四 時我及衆僧倶出霊鷲山の事」「第十五 衆生見劫尽○而衆見焼尽の事」「第十六 我亦為世父の事」「第十七 放逸著五欲堕於悪道中の事」「第十八 行道不行道の事」「第十九 毎自作是念の事」「第二十 得入無上道等の事」「第廿一 自我偈の事」「第廿二 自我偈始終の事」「第廿三 久遠の事」「第廿四 此の寿量品の所化の国土と修行との事」「第廿五 建立御本尊等の事」「第廿六 寿量品の対告衆の事」「第廿七 無作三身の事」という二十七つの大事について仰せです。
 「如来寿量品第十六」には、『法華経』のなかで一番勝れ、有り難い法門が説かれます。その法門は、宗祖日蓮大聖人が外用の上行菩薩として、釈尊から相承を受け、末法に正しく説かれ、御歴代上人が私達に御指南下さるのです。相伝に依らなければ、「如来寿量品第十六」の大意を知ることが出来ません。信心する私達は、時の御法主上人に信伏随従するところ、正しく理解させて頂くことが出来るのです。