正林寺法華講員手引書

『折伏・家庭訪問・教化育成・法統相続・教学研鑚・邪義破折・支部組織の充実強化に活用』 法華講正林寺支部 正林編集部

他宗他門を批判する理由は慈悲行

2005-11-21 | 手引書④

 日蓮正宗が他宗他門を批判する理由は、間違った教えに依って不幸になり地獄に堕ちるからであります。そのため、折伏という修行が日蓮正宗にあります。 
 これは単なる批判ではなく、仏様の教えに随った「慈悲行」です。他宗他門で主張する教え・教義は一見最もらしい理屈を言っておりますが、長い目で、特に仏様の立場から御覧になられた場合、非常に矛盾した結果があります。
 また、釈尊が説かれている教えと違背しているのが現実です。違背していることを気づかせ、本来の仏法に目覚めて頂くために「慈悲」を持って批判するのであります。間違っていることを見過ごす方が無慈悲です。
 日蓮大聖人は『唱法華題目抄』に、
 「仏菩薩の衆生を教化する慈悲の極理は唯法華経にのみとゞまれりとおぼしめせ。諸経は悪人・愚者・鈍者・女人・根欠(こんけつ)等の者を救ふ秘術をば未だ説き顕はさずとおぼしめせ。法華経の一切経に勝れ候故は但此の事に侍(はべ)り。而るを当世の学者、法華経をば一切経に勝れたりと讃(ほ)めて、而も末代の機に叶はずと申すを皆信ずる事豈(あに)謗法の人に侍らずや。只一口におぼしめし切(き)らせ給ひ候へ。所詮法華経の文字を破りさきなんどせんには法華経の心やぶるべからず。又世間の悪業に対して云ひうとむるとも、人々用ゆべからず」(御書226)
と御指南であります。法華経にのみ人々を本当に救う教えが説かれ、法華経を蔑ろにしている仏教各派は当然不幸の根源であります。
 仏法にあまり詳しくない人が仏教を「我田引水(がでんいんすい)」で考えますと、仏教徒同志で何故批判しあうのか疑問が生まれるでしょうが、仏法を真剣に考え学び、本当の仏教を信じていくと批判せずにはいられない問題にぶつかります。批判して折伏をしなければ私達の成仏が危ういのであります。
 『観心本尊抄』に、
 「一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠(たま)を裹(つつ)み、末代幼稚の頚(くび)に懸(か)けさしめたまふ」(御書662)
と仰せであります。他宗他門を批判する折伏は、仏様の慈悲に適った行であり、本当に成仏できる教えを施し、真の仏法を知らない末代の人々に御題目を唱えるよう教え、成仏の種を施す「下種」であります。
 末代である末法時代は、釈尊の文上脱益仏法では成仏できず、文底下種仏法でなければ成仏できません。この違いを理解して貰うため、他宗他門を批判して理解を求め、改宗するように折伏するのです。
 「慈悲」とは、仏・菩薩が衆生をあわれみ、いつくしむ心。衆生に楽を与えること(与楽)を慈、苦を除くこと(抜苦)を悲といいます。いつくしみあわれむ心。なさけという意味があります。つまり「慈悲」とは「抜苦与楽(ばっくよらく)」です。日蓮正宗の他宗他門への批判は、単なる批判だけに終止しているのではありません。相手の幸せを心から願うからこそ行う慈悲行であります。
 今の時代は、間違った仏教を一掃させ正しい仏法を示す時です。仏法は時代により、修行の内容が違うことを理解する必要があります。