松凬からくり帖

松凬さんが73年の人生と吟道50年からの体験や、これから起こるであろう!未体験談を写真と共にお届け!

55歳で即位された【第58代光孝天皇陵】は仁和寺の近く!

2017-06-09 18:33:42 | 日記

光孝天皇は中継ぎのピンチヒッター的な感じですが、文武両道に長けた素晴らしい天皇だったそうです

百人一首の中でも、有名な第15番の歌です、古今集に収められています

何か、親しみを感じませんか

この歌は・・・光孝天皇が即位前の時康親王だった頃に、大切な人の長寿を願って春の野草を贈った時に

添えたお歌らしいのです、「あなたの為に、まだ寒さの残る春の野原に出かけて、食べると長生きできる

という、春の野草を摘みました、摘んでいると服の袖にしんしんと雪が降りかかって来ましたよ」との歌

即位してからは、藤原基経が政治を牛耳っていたし、腹黒い政治の世界でなく、この歌の世界こそが

光孝天皇の人間としての、世界だったのでしょうね・・・

 

   光孝天皇陵印     

前の天皇・・第57代陽成天皇が殺人事件などが絡み・・・17歳の若さで、突然解任

この譲位を受けられたのが、第58代光孝天皇であった、ナント陽成天皇の大叔父に当たる

中継ぎとしての譲位だったが、文武両道に秀でた天皇であった、しかしわずか3年で第59代宇多天皇に譲位となる

  

この日、自転車で我が家を出発して、文徳天皇から始まり4番目の光孝天皇陵に着いたのは五時前になっていた

  

  

福王寺を仁和寺の方向に進んで・・・右折して少し迷って・・出て来たのがここ

路地の奥に・・・光孝天皇陵がありました

制札には・・光孝天皇【後田邑陵】こうこうてんのう・〈のちのたむらのみささぎ〉とあります

民家の路地の奥にあるには・・・中々立派な御陵でした

右の石碑には・・・ 少し読みずらいですが【光孝天皇後田邑陵】と刻んであります

           

帰りは御陵を元の道に戻らないで、左の方に回ってみました・・まだ何か工事中のようでした

 

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