「学校とは一点から一点への最長距離を教えることである」と言った人がいます。意味深い言葉です。なぜなら、私たちは今、子どもたちに最短距離の学習法ばかり教え込もうとしているからです。
この言葉の真意は、子どもたちは、自分の頭で考えたり感じたりしながら、長い道のりを歩いて行かなければならない。そして、考えること、自分で判断する能力を身につけなければならない、ということなのでしょう。
今は情報化社会です。ですから、いろいろなことを実によく知っている人がいます。聞いていると、その情報量の多さに圧倒されそうになることがあります。しかし、よく聞いていると、どこかで聞いたことがあるような話ばかりで、少しも記憶に残りません。
一方、冒頭の学校についての説明など、一度聞いたらなかなか忘れられない言葉です。自分の頭でじっくりと考え抜かれた言葉には、何ともいえない不思議な説得力があります。
考えてみますと、私もこのような言葉ばかりを求めて生きてきたような気がします。知恵から生まれたひと言。一度聞いただけで、はっとさせられるような言葉。以前はこのような言葉もずいぶん耳にしましたが、最近はあまり聞かれなくなりました。
人の話を情報と知識と知恵に分けて聞くと面白いという意見もありますが、なるほどその通りなのかもしれません。世の中には、情報には疎いが、豊かな知恵を持っている人がいます。学校などには行かなくても、豊かな知恵者はたくさんいます。また、情報にはやたら詳しいのに、知恵の言葉を持たない人がいます。
私が気になるのは、今の教育です。私たちは今、子供たちに十分考えさせることをしているでしょうか。子供たちは、自分の頭でじっくり考えることをしているでしょうか。手っ取り早い手軽な勉強ばかりをしようとしていませんか。考えるよりも、機械的な勉強ばかりを好んでいませんか。少し込み入ってくると、すぐに面倒くさいと言ったりしませんか。面倒くさい、面倒くさい。これでは知恵は身につきません。(明智)
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