なあむ

やどかり和尚の考えたこと

千代亀 6

2016年10月25日 05時05分35秒 | 日記・エッセイ・コラム
寺に残る理由
寺に入ってから住職になるまでの千代亀、後の義照の思いはどうだったのかと想像してみる。
不慮の事故で父を失い、家を焼け出され、母親と離れて暮らし、兄の死に遭う、そんな不幸の連続の末、親の再婚によって寺の子となる。
しかし、そこも決して居心地のいい環境ではなかった。周囲の冷たい目にさらされ、耳にしたくない言葉を聞き、住職後任の騒動の渦中に置かれた。どれほどの精神的苦痛を味わったかと想像する。
それなのに何故、お寺を出なかったのか。
きかん坊であったほどの気持ちがあれば、さほど義理もない寺に留まって、方々に気を遣って生きる選択をせずとも、寺を出て、自由に生きる道もあったのではないか。
何故その選択をしなかったのか。父に聞く機会はなかったのでその気持ちは分からない。しかし、無理にその心の奥をのぞいてみようと思えば推察できないこともない。

大きく言ってその理由は二つあるように思う。
一つは、父親が死に家を焼け出されてから、住まいを転々としてきた。自分の家というものを持たないできたと言ってもいい。それが縁あってお寺に住まうことになった。ここに居て、やがて住職を継げば、ここが終の棲家となる。言わば自分の家とも呼べる。それは、家を持たない者にとってどれほど大きな魅力だったろうか。
もう一つは、やはり母親のことがあったのではないか、と思う。
学校にもまともに通えなかったために、字を書いたり読んだりすることもままならなかったアキヱ。悲劇の荒波にもてあそばれ、自分を守ることに神経質になるあまり、他への気遣いが薄いところがあった。
そんな母親をうとましく思いながらも、子として守らなければならないという思いがあったのだろう。
師匠の息子も寺を継がず、高齢の師匠はそれほど長く生きるとも思われない。師匠が亡くなった後、自分が寺を継がなければ母親はこの寺を追われるかもしれない。そう考えれば、自分一人がここを出て、母親を置いていくのは忍びないという気持ちが、寺に残る選択をさせたのではなかったか。
更には根が器用でないことも理由の一つにあげられるかもしれない。何か新しいことを考えて始める能力よりも、決められたことを真面目にやり通すことが強い性格であった。
いずれにせよ、父は寺に残り寺を継ぐことを決意した。
結果的に、この決意が、これまでの運命を転換させる分岐点になったのだと思う。
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