伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

グラウンドの空/グラウンドの詩

2013-11-08 22:52:28 | 小説
 中国地方の山間の盆地にある総生徒数100人くらいの八頭森東中学野球部の2年生キャッチャー山城瑞希と幼なじみのファースト田上良治が、チームにエースとなるピッチャーがいないことを嘆いていたところに、やってきた引きこもり・登校拒否の東京からの転校生作楽透哉が見た目に似合わぬすごい球を投げることを知り、傷つき内向する透哉の心をほぐしチームに引き入れ、全国大会へと駒を進めていく野球周辺青春心情描写小説。
 直情径行型で不器用な瑞希と斜に構えながら世渡りのうまい良治、傷つきやすく引っ込み思案な透哉、豪快な瑞希の母和江、傲慢で家柄自慢が過ぎるが孫のためには一生懸命な透哉の祖母美紗代といったキャラを配して、語り役の瑞希の内心と、良治や和江を中心とするおしゃべりで登場人物の心の動きを読ませ、降ってきた困難への思いとその困難を乗り越えていく気持ちを読ませる作品です。出世作の「バッテリー」以来この作者の定番ともいえる手法ですが、今回は傷つきやすく内向的なキャラをあえて周囲が待望する剛腕のピッチャーに当ててみたところが新境地というところでしょう。
 でも、その透哉、内向的で片言のしゃべり、新世紀エヴァンゲリオンの綾波レイかよこいつって思います。そしてその弱々しい外見でなぜ剛速球が投げられるのか、その速球を身につけるまでのトレーニングや苦労の類は一切描かれていません。ただなぜだか見かけとギャップの大きい天才剛速球投手が最初からいる、という設定です。創作の世界では、そりゃ、そういうのがいたらおもしろいよねということでしょうけど、読者はそういうの見せられると、どうやってそれができたのか、それを読みたいと思うものでしょう。そして、この作者の例によって、試合のシーンはほとんど描かれません。透哉が心情的にもしっかり投げられるようになったら、いきなり地区予選決勝の最後の一球です。その後、続編になる「グラウンドの詩」では透哉のコントロールが突然乱れ、それが瑞希の悩みの種となり前半のテーマとなるのに、それもいつの間にか直ってしまいます。作者からのメッセージは、透哉が克服するまで信じて待てと、それだけ。どうやって克服できたかはまったく触れられません。まぁ私たちの日常の心身の不調、スランプ、ストレスの類は、多くの場合、何となく解消復調しているものですから、なぜどうしてとわからないものだよといってもよいのですが、でもそれだからこそ小説・読み物ではそういうところを読みたいと思うものだとも思います。そして「グラウンドの詩」は最初から全国大会出場が決まった八頭森東中学の興奮とかを描き続けてその全国大会が始まるのはようやく終わりから8ページ目。やはり、この作者には野球(スポーツ)の技術的な部分への興味、試合の描写のスリリングさ・ドラマ性というのを、一切求めないという読者の決意が必要なのだと、改めて思います。だから「野球周辺青春心情描写小説」と名付けました。
 他人の気持ち・反応を読み取ることの難しさ、自分の視野の狭さといったものを意識し感じ取ることの大切さや、悩み落ち込んだ心が、何気ないやりとり、不器用な心情のぶつけ合いで、どこかほっこりし癒されていく、そういう様子を味わう作品と、割り切って読みましょう。


あさのあつこ 角川書店
グラウンドの空:2010年7月20日発行、「しんぶん赤旗日曜版」2008年7月6日号~2009年6月21日号連載
グラウンドの詩:2013年7月30日発行、「しんぶん赤旗日曜版」2011年7月3日号~2012年6月24日号連載

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