詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

橋場仁奈『空と鉄骨』

2017-07-31 06:27:40 | 詩集
橋場仁奈『空と鉄骨』(荊冠社、2017年06月14日発行)

 橋場仁奈『空と鉄骨』は奇妙な詩集である。
 
ある日、のびてくる
何もない空からのびてくる
からんとした空の向こうから
高く細くきらきらと鉄骨はのびて
斜めにななめにやがてロープが1本、下りてくる         (飛び散る午後)

空の空き地を見つめていれば
鉄骨はのびてきて
すこしずつ斜めになって
向こう側からこちら側へアームは回され
梯子は回され雪の舞い散る空から
ロープが1本吊り下がっている            (空と鉄骨と1本のロープ)

朝、鉄骨はのびて
するすると梯子はのびてロープはゆれる
ゆれてぶら下がっている                  (朝、鉄骨はのびて)

おはよう鉄骨、
おはよう鉄骨、長い休みのあいだ
折りたたまれていたけれど
今朝はのびてくる青葉の中からのびて
高く細くするすると中空へとのびて
やがて斜めになってロープが下りてくる                 (GW)

 引用しているときりがないが、詩の世界がつながっている。詩集は、まあ、何篇かの詩で世界を描いて見せるというものだから、そこにつながりがあるのは当然なのだが、その「つながり方」がしつこい。
 少しずつかわっていく。その変化をつうじて世界が広がっていくのだけれど、しゃきっとしない。「完結」というか、「結晶」というか、そういうものと無縁である。だらだらした「長編小説」のようである。
 前の詩で読んだようなこと、ことばがつながりながら、また別なことばとつながっていく。世界ははりめぐらされた電線でつながっていく。
 それで、その結果、どうなるの?
 うーん、そんなことは、どうでもいいんだろうなあ。つながっているということを書きたいのだろう。
 つながりながら、

吊り下げられている

 この感じなのかなあ。中途半端。不安定。不安定だから、さらにつながるのか。
 よくわからないが、あ、こんなふうなだらだらとした書き方があったのか、と驚いた。詩というものに対する「常識」をたたき壊された感じ。

 めんどうくさい感じ、はやく終わってくれないかなあ、と思いながら、他人の話を聞いている感じ。この終わらない感じがこのひとの特徴なんだなあと思いながら、じっと耐えてことばを聞いている感じ。
 あ、否定的なことばばかり並べたけれど、否定的なことばでしか語れない妙なおもしろさもある。

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