詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

高橋紀子『蛍火』

2016-12-10 09:13:22 | 詩集
高橋紀子『蛍火』(以心社、2016年11月25日発行)

 高橋紀子『蛍火』のタイトルになっている詩は、こうはじまる。

吊り橋は 暗闇から暗闇の対岸へ向かって
架けられていた 不安定な足下には ほの
明るい川が流れているのだが 歩くたびに
渇いた音を軋ませて揺れ動く

 「川」は「水」。濡れている。潤っている。そこに「渇いた」という逆のイメージがぶつかる。ここがとてもおもしろい。橋の上と下(川)で「渇く」と「濡れる」にわかれるように、「暗闇から暗闇の対岸へ」という書き出しのふたつの暗闇が、まったく違う「暗闇」にわかれていくように感じた。わかれながら、「橋」によって結ばれる、という印象。
 でも。

この岸よりかの岸へと おそるおそる渡る
その人とのあわいに 蛍の火が灯る

蒸し暑い昼の熱を かすかにとどめる木立
のなかに 嫋嫋とした遠い弦の響きが漂い
あおじろい蛍火をともなって魔界へと誘う

 「魔界」が「定型」に感じられて、私は、あまりおもしろいとは思わない。ただ、こういう「定型」にふれると、一方で「安心」してしまうということもある。「ほのか」(一連目)から「かすか」(二連目)へ、「渇いた音」(一連目)から「嫋嫋とした遠い弦の響き」(二連目)についても言えるのだが、ことばが「文学の肉体」をもっていると感じる。「ことば」を「文学」が引き締めているとも感じる。

 自分だけのことばと「定型」のことば。バランスがむずかしい。
 「深紅」は、そのバランスが絶妙である。「あなたの死によって 薔薇よりも紅い薔薇になれる」という喪失の詩なのだが。

いま あなたを喪い 花として ようやく
より紅い花に 心底 なれる

あなたがいなくなるとすぐに 世界はしんと
静まり返り ひたむきに朽ちてゆく

なろう 一途に生き抜いて 無心な薔薇に

朝がおとずれてあなたは死に わたしはただ
わたしのためだけに生まれ変わる

 「心底」がいい。「心底」では言い足りない感じがして、「ひたむき」「一途」と言いなおされ、それにつれて「定型」という感じになるのだけれど、それが「無心」によって「別次元」にかわる。「心底」から「無心」へ。「心」が何かをわたってしまう。越えてしまう。「蛍火」の「橋」を思い出してしまう。
 「皮膚」の「あなたの目の球面に/わたしの全身が映し取られて/わたしの内部は外部になる」というおもしろい行も好きだが。
 「百合 Ⅰ」が、私は特に好きだ。

夜になると
切り取られた茎の先からひそかに
どろりとした液体を吐き出します
器の水がねっとりします

 「ひそか」の力が「どろり」を「ねっとり」に変える。「ひそか」におこなわれることでないなら「ねっとり」にはならないだろうなあ。
 この変化は、こう言いなおされる。あるいは、このあとに書かれることを最初の四行が先取りしているといえばいいのか。「暗闇から暗闇の対岸へ」は、どちらが「対岸」かわからない。相互が「対岸」であるというのに似ている。

真っ赤な蕊をもぎ取られ
口紅を落とした女の貌です
誰もいない家の飾り窓から
なめらかでしなやかなからだを
まえのめりにかたむけます

 「ねっとり」しているなあ。「まえのめり」がとくにいい。「肉体」が動く。「ねっとり」が「肉体」になる。「のめり」のなかに「ねっとり」が「音」としても響く。

根にまつわりつく土のざらつきを
まだおぼえています
ひらきたての花びらが翼の形だったことも
羽ばたくことにより
ゆるぎない種の繋がりをねがったことも
まだおぼえています

 こにも「翼」と「羽ばたく」という連絡があるのだが、同時に「まつわりつく」と「ざらつき」の対比もある。「川(水)」と「渇き」に似た逆のぶつかり合い。その「違和」のようなものを押さえつけて「まだおぼえています」の繰り返し。これが「ねっとり」。「ひらきたての」も「ねっとり」しているが「まだおぼえています」にはかなわない。強い強い「接続」である。
 「忘れてくれたっていいじゃないか/忘れろよ」と言いたくなるでしょ? 「まだおぼえています」なんて言われたら、男はうれしいよりも、こわくなる。「ねっとり」と絡みつかれた感じだなあ。

根を切り取られた疵は
いまだ閉じず夜はさらに深まり
花びらは捩じれて汚れて痩せていきます
莟みはいつまでたっても莟みのままです
百合はまだ生きています
百合はもう死んでいます

 うーん、怖い。「ねっとり」とした情念だ。
 あ、「好き」と書いたはずなのに……。




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