詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

エラン・リクリス監督「シリアの花嫁」(★★★★)

2009-04-14 09:53:04 | 映画
監督 エラン・リクリス 出演 ヒアム・アッバス、アクラム・J・フーリ、クララ・フーリ

 イスラエル占領下のゴラン高原。小さな村。ひとりの女性がシリアの男性と結婚する、その当日の様子を描いている。一度、国境を越えシリアに入ってしまうと、もう二度と故郷へもどってくることはできない。それでも国境を越えていく……。
 これは、とても悲痛な話である。
 はずである。
 ところが、とても明るい。希望に満ちている。
 花嫁の一家は、イスラエル占領下のゴラン高原そのままに、複雑である。父は政治運動が原因で投獄されたことがあり、いまは仮釈放中である。中間地帯まで花嫁を見送りに行くことはできない。長男(花嫁の兄)はロシアで結婚し、国を見捨てたと批判されている。次男は各国をまわり(?)よくわからないビジネスをしているプレイボーイである。三男はシリアにいてゴラン高原へは帰って来ることができない。長女は結婚しているが夫との関係がうまくいっていない。そういう一家が、結婚式の前、一同に集まる。家族なのに、わだかまりがあり、しっくりいかない。
 それなのに、とても明るい。希望に満ちている。
 登場人物のひとりひとりが「信念」を持っている。他人のことばには耳を傾ける。しかし、それはあくまで他人の主張を聞くためであって、他人の主張にそって自分の考えをかえるためではない。他人の考えをかえさせるためには、まず、他人のことばも聞かなければならない。それだけである。けっして、自己の考えを曲げない。曲げない、ということを明確に主張するために、他人の考えも聞くのである。
 それはどうしても衝突を招いてしまうが、それがどうした、という図太さがある。
 戦時下を生きるとは、こういうことなのだと思う。衝突がある。それが、どうした。私には私の信念がある。信念があるところ、衝突があるのはあたりまえ。衝突は悲しいけれど、悲しいくらいでは、ひとは死ぬことはない。そういう度胸が、全員にある。全員が、度胸が据わっている。
 全員が、そういう演技をして、この映画の、一種の「非日常」を日常にかえてしまっている。日常というのは、どうしたって、どこかに叩いても壊れないような頑丈なものがあり、それが時間を支えているものである。
 特に、長女役の女優がすばらしい。倍賞美津子のような雰囲気なのだが、彼女の強さが、心底、すごい。悲しみでいらいらしながら、その悲しみを肉体のなかになだめ、妹といっしょに美容院へゆき、ドレスアップを手伝い、父を説得しようとし、警官を説得しようとし、と、じっくりと物事を進めていく。自分は不幸な結婚生活をおくっている。けれど、妹には幸せになってもらいたい、その一念で、結婚式をきちんとしたものにしようと頑張る。 
 映画のハイライト。
 トラブルにトラブルが重なり、いざ国境を越えようとすると、「イスラエル出国」というパスポートにおされたスタンプが問題になり、シリアに入れない。シリアにしてみればゴラン高原はシリアである。「イスラエル出国」ということを認めれば、ゴラン高原がイスラエルになってしまうからである。そのトラブルの最中に、父親が政治活動をした(デモに参加した、軍事中間地帯へきた)という理由で逮捕されそうにもなる。状況はますます閉塞したものになっていく。
 ここで、父親から嫌われていた長男が思いがけない活躍をする。父を助けるために、彼自身ができることをする。さりげなく描かれているが、この自分にできることをする、というのが、「信念」を揺るぎないものにしている。ゴラン高原を生きる人々をたくましくしている。プレイボーイの次男でさえ、自分にできることをしている。
 そして、ほんとうのほんとうのハイライト。
 パスポートの「出国証明」のためにシリアへゆけない花嫁。彼女は、どうするか。彼女にできることは何か。
 シリアから占領地へ車が入ってくる。そのときゲートがあく。その開いたすきを利用して、彼女はひとりでシリアへ歩きだすのだ。自分の足で、自分の決めた方向へ、だれにもたよらずに。パスポートにも、軍人にも、国連職員にも、家族にもたよらずに。結婚するとは、そういうことだ。そういう「信念」が彼女のなかで、そのとき確立する。
 それにあわせるように、長女は、逆方向へひとりで歩きはじめる。花嫁を見送る家族から離れ、花嫁の歩みにあわせるように、反対方向へ。彼女には夢がある。大学で勉強するという夢がある。その夢のためには、夫を捨て、二人の娘も捨てることになる。けれど、花嫁がひとりで歩きはじめたように、彼女もひとりで歩きはじめる。だれかのためではなく、自分のために。
 みんなが自分のために生きる、自分の信念のために生きる。
 その揺るぎのない強さによって、この映画はとても明るくなっている。この強さ、この明るさ。この明るさは、近年なかった明るさである。まぶしいきらめきではなく、けっして消えない火という、強い明るさである。そして、それは「政治主張」をきっと叩き壊す明るさ、強さであるとも思う。
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