詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

クリント・イーストウッド監督「父親たちの星条旗」

2006-10-29 23:39:01 | 映画
「父親たちの星条旗」

監督 クリント・イーストウッド 出演 ライアン・フィリップ、ジェシー・ブラッドフォード、アダム・ビーチ

 この映画のいちばんの驚きは戦争を描きながら、それも硫黄島の悲惨な戦いを描きながら「血の色」が出てこないことにある。たとえばスティーブン・スピルバーグの「プライベート・ライアン」の冒頭ではおびただしい血が鮮やかな色で描かれた。ところがイーストウッドの映画では、それは黒い濡れた光でしかなく、真っ赤な色が立ち上がってこない。この「血の色」の否定というか、隠蔽こそが、この映画が告発しているものである。この映画を映画として成立させている力である。

 この映画には大きくわけて3種類の映像がある。ひとつは硫黄島の戦場。もうひとつは星条旗を立てた「英雄」がヒーローとして国債売り込みツアーをするシーン。そしてのこりのもう一つが家庭、あるいは遺族のシーン。戦場のシーンは色調が独特である。ツアーや家庭のシーンとは色調加工に違いがある。それにもかかわらず、というか、色調加工してあるために、その3つのシーンが自然につながる。「血の色」が見えないがゆえに、遠い太平洋の島で戦いをアメリカ本土と区別するものが見えない。そして、その硫黄島とアメリカ本土を区別するものが見えないことを利用して、逆に硫黄島とアメリカ本土をつなぐものを浮かび上がらせる。
 何がかけはなれた世界を結びつけるのか。
 英雄(ヒーロー)伝説、英雄神話である。英雄などというものはどこにも存在しない。戦場では誰もが銃弾にあたり死んでいく。死なないのは一種の偶然にすぎない。手柄もほとんど幸運にすぎない。(偶然や幸運を味方にするのが英雄といえば英雄だろうけれど。)「血の色」が見えない--「血の色」を政治家や家族は実際には見はしない。だからこそ簡単に「英雄」を作り上げ、「英雄伝説」を作り上げ、その力で世界そのものを捏造してしまう。自分たちの都合のいいものにしてしまう。「国民」も「血の色」を直接見ないまま、自分たちの現実を忘れるために「英雄伝説」を信じてしまう。生き残ったものではなく、死んでしまった仲間こそが「英雄」であるという思い(実際に「血の色」を見てきた人間の思い)とは逆に、「血の色」を感じさせない人間が政治や家庭からは英雄に見えてしまう。死なずに、勝利をもって帰ってきてくれた人間が政治家、家庭にとっての「英雄」なのである。
 「血の色」を欠いた「英雄像」が、戦場、政治、家庭を結びつけ、同時に、生き残った3人の意識のなかに、戦場、政治、家庭の分断を引き起こす。戦場、政治、家庭を往復しながら、主人公の3人は苦悩を深めていく。「血の色」は3人の記憶のなかにしかない。3人の肉体のなかにしかない。それは死んでいった仲間の流した血の色そのものである。だれもそれをみつめようとしない--そこに3人の苦悩の深さがある。
 3人の苦悩を描くことで、イーストウッドの映画は「血の色」を直視しない政治を厳しく批判している。「血の色」を隠し、「英雄」を捏造する「想像力」を厳しく批判している。

 主役の3人は、アメリカの政治のなかで語られるような英雄ではない。しかし、別の意味では、やはり英雄である。血を流し、生き続ける人間にとっての英雄である。苦悩する人間にとっての英雄である。人間は苦悩しながら生きて行けるということを代弁する英雄である。生きるとは、苦悩していきることだと告げる英雄である。彼等の苦悩によりそうことでしか生きる方法はない。
 イーストウッドは「ミリオンダラー・ベイビー」にしろ「ミスティック・リバー」にしろ、苦悩の「血の色」を鮮やかに描いていた。それはもちろん映像として見える色ではない。映像としては見えないけれど、スクリーンに接し、主人公にこころを重ねるとき、観客の肉体のなかで動く「血の色」であった。
 この「父親たちの星条旗」には「血の色」は出てこない。だからこそ、私たちは、そこに「血の色」を見なければならない。政治家にあやつられ国債売り込みツアーにかけまわるとき、戦場で無残に死んでいった仲間を思い、主役の3人が流すこころの「血の色」を見なければならない。その「血の色」は、そのまま戦場に流れた肉体の「血の色」である。国債売り込みツアーを飾る虚飾の色を剥ぎ取り、イーストウッドが戦場を描いた「色」にしてしまう視力が求められている。日常にある「虚飾」、たとえば「英雄伝説」を剥ぎ取るとき、その奥から「血の色」はよみがえってくるのである。

 この映画で、イーストウッドは「血の色」は見えるか、と観客に問いかけているのである。たとえばアイスクリームでつくった星条旗を立てる「英雄像」。それにどんなソースをかける。ストロベリーソースをかけるとき、その色は「何色」に見えるか。カメラが捉える直接的な色を隠して、イーストウッドは観客に問いかけている。






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TB失礼します。 (てれすどん2号)
2006-10-30 01:23:25
他のブロガーさんとは視点の違ったレビューなのでついついコメントしたくなりました。この映画全体の色自体が、過去も現代も何か黒ずんでて、登場人物の視線がそのまま描かれてるようでした。実際自分が戦地に赴いたら、血が何色に観えるかはわかりませんが、この映画はそんな血を観る必要がないことを教えてくれたような気がします。
Unknown (michi)
2006-10-31 02:10:02
こんばんわ。 TBありがとうございました。

アメブロで「★試写会中毒★」を書いてますmichiと申します。

昨晩から、gooさんへのTBがエラーの状態となってしまいましたため、こちらへコメントさせていただきます。

(URLをこちらへ貼り付けてもエラーとなってしまいますので、HNのみのコメントにて失礼いたします)



>「血の色」を直視しない政治を厳しく批判・・・



私も、実際に戦地に出向く者と、そうでない者の、

意識の違いを感じました。

そして、私自身が、戦争というものがどんなものなのか理解できず、

「血の色」が全くわかってないのだと気付かされました。



第二弾の「硫黄島からの手紙」も是非観たいと思っています。





 (にら)
2006-11-02 01:43:27
そういえば『ミリオンダラー・ベイビー』は、娘に見放されたトレーナーと親に見放された女性ボクサーが心通わせる、親子という「血」を否定していた映画でした。

もし、イーストウッドって人の体を斬りつけたら、アイリッシュの聖人セント・パトリックのイメージカラーから採用された女性ボクサーがまとったガウン、あるいは軍服のような、緑色の血が流れるのかもしれないですね(笑)。

てなわけで、TBありがとうございました。
なるほど! ()
2006-11-05 20:27:17
TBありがとうございました!
他の戦争映画(この場合やっぱり
『プライベートライアン』が筆頭作品でしょう)
に比べて、静かな気がしたのは
「血」を感じさせないからだったのですね。
大変勉強になりました。
TBってすばらしい。
私もTBさせてください。よろしくお願いします。

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