詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

細田傳造「妹」

2017-10-01 09:09:11 | 詩(雑誌・同人誌)
細田傳造「妹」(「妃」19、2017年09月25日発行)

 細田傳造「妹」は、「妃」で読む前に、細田の朗読を聞いた。リズムが自然で(作為がなく)、「肉声」がたっぷり響く。こらえてもこらえても出てくるのが涙というものだが、同じように感情は抑えても抑えてもあふれてくるものである。

むかし 妹を失くした
夏休みの終わりの日
妹とふたりで
淑子叔母さんの家に来ていた
叔母さんの里には
いたるところクレマチスの花が咲いている
妹は 道端にしゃがんで
白い小さな花を見ていた
浜へ行って
砂を見よう
妹を誘って海辺への道を行った
海の短歌をふたつ作るという夏休みの宿題が出ていた

 いきなり「妹を失くした」と始まる。聞いたときは「亡くした」だと思っていたが「失くした」と細田は書いている。「失くした」だと「もの」のような感じがするが、その「非情」な部分に、冷たい美しさがある。絶望の美しさがある。
 私は、実は「肉親を亡くした」という表現には、とても抵抗がある。「肉親が死んだ」はわかるが、「肉親を亡くした」というのは、どうも親密感が欠ける。細田の書いている「失くした」には、逆に感情を抑える力があって、それがぐいと迫ってくる。
 朗読を聞いたとき、淡々と始まるので、はっと驚かされたが、なぜ驚いたのか「失くした」という文字を見てわかったと思った。細田は感情を「事実」として書こうとしている。あふれるにまかせるのではなく、「感情」を見つめようとしている。
 突然出てくる「クレマチス」という「音」も何か突き放すような美しさがある。白いクレマチスを見る妹は、白いクレマチスそのものになっている、という感じがする。「テッセン」という呼び名もあると思うが、「テッセン」ではことばと花の距離が短くなって、「非情」な感じがしない。「淑子叔母さん」ということばが出てくるが、母ではなく叔母という距離に似た距離感が「クレマチス」にはある。

 途中を省略して。

「おんぶしてあげる」妹を背負って砂の上を
百メートル百七メートルと、測って歩いた
「軽いな」「わけありて学齢よりひとつ年降りし妹よ」
ぶつぶつ言って歩いた
「抗える小さき妹背負うほど風になり行く海よ」
「冷たき砂に吸われしわが落涙の忘れごっこの眠り」
「妹という名を背負いそっと生きている妹よ」
戯れ言に倦きて
ふりむくと背中に 妹はいない
むかし東海の磯で
妹を 失くした

 妹を背負う。軽いと感じる。「東海の磯」が出てくるので、啄木の短歌を思い出したりする。啄木の短歌をまねる形で宿題の短歌をつくろうとしたのだろう。
 で。
 この「短歌」になる前の「短歌」のようなものが、とてもいい。ことばが整えられる前、整おうとして動いている瞬間の、その瞬間にしかない輝きがある。言えなかった何かが、言おうとした思いでいっぱいになって、言えないまま、そこで生きている。
 こういうとき、一般には、「短歌」にしてしまう。けれど細田は「短歌」しないで、「短歌」になる前のことばを書いている。短歌に「なろうとする」ことばを、「未完成」のまま書いている。
 それは、まるで人生の途中で死んでいった妹の「輝き」のようにも見える。まだ「途上」である、「未完成」である。けれど、そこには「途上」の美しさがある。可能性の輝きがある。
 細田のことばは、いつもどこかに、こういう「未完成」と呼んだ方がいい「暴力」を秘めている。整えられる前の「なま」のエネルギーを抱え込んでいる。いや、抱え込んでいるというよりも、その力で何かを壊している。壊すことで、逆に「感情」を生かしているという感じがする。

その日いちにちじゅう
 沖の方でクレマチスの花が音をたてて
青く光って燃えていた

 白いクレマチス、青いクレマチス、夏の海の青い波、白い太陽の光、自然の(宇宙の)絶対的な「非情」の美しさ。人間の感情を洗い流すように存在してしまう絶対的な力と向き合う強さ、人間の不思議さを感じる。

 (途中で省略した部分は、このあとにつづく部分で連絡を取り合い、詩を静かな形におさえている。この美しさは、ぜひ、「妃」で読み直してください。)







詩誌「妃」19号
クリエーター情報なし
密林社

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