詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ピエトロ・ジェルミ監督「鉄道員」(★★★★★)

2010-11-28 15:12:52 | 午前十時の映画祭
監督 ピエトロ・ジェルミ 出演 ピエトロ・ジェルミ、アルフレード・ジャンネッティ、ルチアーノ・ヴィンセンツォーニ、エンニオ・デ・コンチーニ、カルロ・ミュッソ

 この映画はいつ見ても泣ける。泣かせる映画の「定番」という感じがする。子どもの視線が生きているのだ。子どもは何も知らない。何も知らないけれど、何でも理解している。そして、その理解というのは、たとえば最初の方に描かれる家族の喧嘩(娘の妊娠を知り、父親が怒る)のような場面にしっかり描かれている。子どもは、そこで実際に何があらそわれているかわからない。けれど、家族が喧嘩をすると哀しくなる--その哀しさを心底理解している。そういう理解の仕方である。
 ひとには言ってしまうと(わかってしまうと)困ることがある。秘密がある。大人はそれぞれ秘密を持っている。それは子どもだからといって犯してはいけない領域である。哀しみをとおして子どもはそれを直感的に理解している。この映画の少年は特にそういうことに敏感である。
 だから父親が家出(?)したあと、その父親がある酒場で女と話しているのをみかけても「お父さんはいなかった」と言ったりする。そして、そういう理解力こそが哀しみを哀しみにしているということがわからず、ひとりで哀しみに閉じこもる。
 そういう子どもが見せる一瞬の転換点。それも、この映画はとてもていねいに描いている。
 姉が泣いている。好きでもない男と結婚し、別れ、昔つきあっていた男につきまとわれ……という姉が、少年の前で泣く。「なぜ、泣くの」「おとなになれば、わかる」。そのことは秘密にしなければならないのだけれど、少年は母親に言ってしまう。「お姉さんはおとなになればわかるといったけれど、ぼくはいま知りたい」。
 そうなのだ。子どもは何でも理解する。しかし、その理解は「哀しい」という感情の理解であって、人間がどんなふうにして思い悩み、そんな行動をしてしまうのか、その行動を突き動かしているのは何なのか、ということは理解していない。わかっていない。それを知りたいといつも思っている。たしかに、それを知らない限りはおとなになれないのだと知っている。
 これに対して、母親がていねいに語る。家族は何でも話しあわないとだめ。思っていることを内に秘めると、それが少しずつ歪んで、ある日突然爆発する、という具合に。この母の語りかけが切実で胸を打つ。私はいつもここで泣いてしまうなあ。すべてを知っていて、それをつつみこみ、和解させようと願う母の(妻の、女の)祈りがでている。それは、夫や息子(長男)や娘にこそ語りかけたいことばである。でも、その語りかけたい、本当は聞いていもらいたい相手がいない。だから、本当は聞かせたくないたったひとりの子ども(末っ子)に向かって、涙で語ってしまうのだ。
 このお母さんは、女の哀しさと強さを体全体で具現化している。すばらしいなあ、と思う。

 女の哀しさ--といえば、娘(少年の姉)が父親に怒りをぶつけるシーンもいいなあ。「18歳まで木綿のストッキングだった。コートは父親のコートの仕立て直し。どんなに恥ずかしかったか」。「はずかしかった」というのは直訳なのか意訳なのかわからないが、感情(思い)をわかってもらえない切なさが一気に爆発する。そのとき、それまではっきりしなかった一家の暮らしぶり(どんなに貧しいか)が浮かび上がる。その描き方の「品のよさ」に、なぜか、胸を打たれる。



 鉄道の、特急のスピード感も、とてもいい。線路を特急の運転席から写しているのだが、枕木や風景の動きからスピード感がとても感じられる。剛直な感じがとてもいい。あ、この運転士(父親)そのものなのだ、と今回みて、初めてわかった。だから、冒頭に運転席から見た風景が描かれるのだ。
 この映画の主人公(父)は剛直に生きている。酒を飲むと止まらない。歌が大好きで、クリスマスでも酒場で飲むとついつい帰るのを忘れてしまう。そういう、一種のだらしない(?)男なのだが、そのだらしなさのなかに剛直さがある。家族を支えなければならない、そのためにはつらい仕事をしなければならない。長時間の運転。神経も磨り減ってしまう。就職しない長男と娘のことも気になって仕方がない。末っ子はまだ幼い。大家族なので、働いても働いても貧しくなるばかりだ。--息抜きは必要なのだ。その息抜きのときも、父は剛直に、つまり真剣に(?)息抜きをしてしまうので、ついついはめがはずれるのだ。
 この剛直な性格(?)がこの映画を貫く。描かれる生活は、剥き出しである。家のなかも、職場も、町で遊ぶ子どもたちでさえ、剥き出しである。「スト破り」という落書きの、剥き出しのやりきれなさ、子ども(少年の友達)に、そういうことばを書かせてしまう社会全体の感情の剥き出しさ加減--そこにある剛直としかいいようのない監督の厳しい視線。そして、そうやって剛直に生活をみつめることこそやさしさなのだ、やさしさが育つ場なのだと、観客は最後に知ることになるのだが……。
 「泣ける」から書きはじめてしまったので、剛直な美しさについては補足になってしまったが、この映画は、冒頭の特急のスピード感、それをしっかり定着させるカメラという点から再構成するようにしてみつめると、また違ったことが書けると思う。娘と父が喧嘩するシーン、「恥ずかしかった」と思い出を語るシーンについてももっと深く書けると思う。--で、「*」以後、少し補足した。



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