詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

吉増剛造「Ledburyに、鐘音ヲ聞キ、……」

2016-01-06 20:48:36 | 詩(雑誌・同人誌)
吉増剛造「Ledburyに、鐘音ヲ聞キ、……」(「現代詩手帖」2016年01月号)

 吉増剛造「Ledburyに、鐘音ヲ聞キ、……」というタイトルは正確ではない。もっと長い。そしてルビや傍点、ルビにも傍点などがあり、表記できないので省略した。正確な表記は「現代詩手帖」で確かめてほしい。(引用についても。)
 きのう、岡井隆「臓器性腐敗臭」の感想を書いた。そのとき「イメージ」ということばをつかった。「臓器性」という表記をめぐって、そんなことばをつかったのだが、書きながら「正確ではないなあ」と感じていた。
 「臓器」というと、ふつうは、なかなか直接見ることができない。私は父がガンで胃を摘出したとき、その変形した「臓器」を見たが、それ以外は直接見たことがない。岡井隆の場合はどうだろう。職業上、何度も見ているだろう。そうすると「イメージ」といっても、「想像」の部分は少なく、「実物」感が強いと思う。「比喩」とは言っても、遠く離れたものを結びつける感じではない。どちらかというと「遠く」ではなく「より密着した」もののなかへ入り込む感じ、「遠い外部」というよりも「近すぎる内部」という感じ、近すぎて(わかりすぎて)ことばにしないままにしてきたものをことばにしなおして把握しているものかもしれない。
 でも、私には「臓器」というのは、「内部」にあっても、見ることのできないもの、触ることのできないものなので「イメージ」と呼んでしまうしかない。
 そういう「差異」を意識しながら、あえて「イメージ」と書いた。「触覚」や「痛覚」を動員して「把握」するというよりも私の「視覚」を中心にして、つまり「臓器は外からは目に見えないという感覚」を手がかりにして、岡井のことばに近づいた。
 「誤読」であることを承知で、誤読を書いてみた。

 こんなことをなぜ書くかといえば。

 吉増の書いていることばに向き合うとき、どんなふうに書いてみても、これは吉増の感じていることとは決定的に違ってしまうなあ、と感じるからである。私には吉増の詩はまったく理解できない。理解できないのだけれど、こういうことをやろうとしているんだなあと「頭」で想像できることがある。そのことを書きたい。
 そして、それは、岡井の作品に対して「イメージ」ということばをつかったように、何か、簡単なことばをつかってしまうと「音」というものが、吉増の詩だ、と私には感じられる。吉増は「音」を私とは違ったふうに聞き取り、その「違い」を詩にしている、と感じる。
 あ、こんな変な日本語では、何も語ったことにならないか……。

 作品の書き出し。

恋ノ羽撃ノ、、、、、、

 この一行の「羽撃」には「キ」という送りが添えられている。「はばたき」と読ませるのだろう。最初の読点「、」のあとの「、」五個は一行の右端にではなく、中央におかれている。読点「、」ではなく、いわば沈黙の表記のように思える。
 このあと、改行があって、ルビつきのことばがつづく。その改行を無視し、ルビをカッコに補って表記すれば(アルファベットのルビのうち、e にはアクセントがついているのだが)、

羽音(ハネ)、緒(ヲ)、毛(も)、枯(が)、零(re)、手(te)

 という感じ。
漢字と音、音のつらなりと意味の関係で言えば、「万葉仮名」の漢字のつかい方ににている。音があって、その音をあらわすために漢字を借りてきている。
 これは、逆の言い方というと変だが、逆の読み方をすると、吉増のことばを動かしているのは、まず「意味」と「音」であって、その「音」をどう表記するかが問われていることになる。
 「意味」だけを伝えるなら、

恋の羽ばたきの、羽をもがれて

 ということになるが、吉増は「意味」を優先的に表現したいのではないのだ。「意味」を伝えようとするとき(意味を語ろうとするとき)、そのことばの「背後」で動く「音」そのものを表現したいのだ。
 鳥が羽ばたくとき、羽(翼)と音の関係はどんな具合にして存在するのか。
 吉増には、翼(羽)から音がもがれていく。分離していく、と聞こえるのか。いや、音から翼(羽)がもがれていくのか。
 常識的に考えると、翼は羽ばたきながら、常に「音」を生み出しているのだが、吉増はこれを逆に、羽ばたくことで音をもがれていく、分離されていくと感じている。「音」がもがれていく、と書いているように見える。
 しかし、逆に読むこともできないだろうか。「羽音」は「ハネ」とルビを打たれている。「羽の音(ネ)」なのだが、その存在そのものが「ハネ=羽(翼)」と読むこともできるだろう。そうならば、「音」から「羽」が(「羽=ハネ」を)もがれて、と読むこともできる。いや、私は、そう読みたい衝動に突き動かされて、そう読んでしまうのだ。「誤読」していくのだ。
 音から分離された翼(羽)は「(羽)毛」になり、それはいのちから分離されて「枯」れていく。いのちが「零」れていく。「羽」のない翼は「手」かどうか、ちょっとわからないが。もしかすると、「毛」と「手」の漢字の類似性、対象性が、そこに隠されているかもしれない。
 この「音」からもがれる(分離される)ことを、「いのち」からもがれる(分離させる)という印象を呼び起こすのは、「を」ということばが「へその緒(いのちのつながり/玉の緒)」の「緒」という文字で書かれるからかもしれない。
 ことばには「意味」はあっても、「音」そのものに「意味」はないと私は考えているが、吉増はことばを構成するひとつづきの「音」そのものに「意味」があり、それを「聞き取っている」のだろう。そして、その聞いた「音」の「意味」を文字(漢字/表記)の組み合わせのなかで動かしている。
 そうすることで「表記」のなかに「音楽」を再現しようとしている。「音楽」を表記しようとして、とても複雑な表記になっている。この「音楽」を聞き取れるのは、しかし、吉増以外に誰がいるのだろう。私は吉増の詩を「印刷物」でしか知らないので、とてもとまどってしまう。
 特に「もがれて」が「毛枯零手」と書かれ、「re」「te」と「e 」の韻を重ねたあと、その「手」が

手(ティ)

 と書き直され(「ィ」には傍点がついている)、そこにさらに韓国語(ハングル文字)も加わるいうややこしい「表記」がつづく。
 「え」と「い」は類似性があるときもある。田中角栄は「えろいんぴつ」と新潟訛りで言っていたような記憶が残っている。もちろん明確に区別する「国語」もある野田が、この類似性は、一種の「循環」を思い起こさせる。「毛」「手」も表記の循環性かもしれない。
 という余分な考え(あくまで私の考えだが)を経た上で、ことばは

環、考ヘルまヘに、歌(ウタ)ッていた、、、、、、

 と動いていく。「カン」から「カンガヘル」の音の響きあい。このときの「へ」は現代表記では「え」だが、歴史的仮名遣いでは「へ」。それの影響を受けて「まえ」が「まへ」と書かれ、一種の強引な「音」の融合/表記の融合をまじえ、「ティ」「カン」という「音」がさらに変化しながら「リン、トラ」という鐘の音になり、さらにそういう「分裂(?)」が

裂(サ)、毛(ケ)、火(ビ)

 へと変化していく。「音/音楽」が「音楽の肉体」にしたがって、暴走していく。力強く動いていく。その力に吉増は吉増自身を任せている(酔っている)感じがする。
 「音/音楽」を万葉人のように、「漢字」をふりあてることで、「意味」にしようとしている。
 このとき吉増にとって、「音」が「肉体」なのか、「意味」が「肉体」なのか。「表記」が「肉体」なのか、「意味」が「肉体」なのか。
 よくわからない。
 たぶん、相互に入れ替えて読み直す、どちらかに固定化してはいけない、ということなのだと思うが、このときの「音」というのは、まるで岡井隆にとっての「臓器」のようなものであり、そういうものに日々接していない人間には、ちょっと想像を超えるものがある。特に吉増の「声」を直接聞いたことのない人間(私)には、吉増がどうしてその「音」にこだわるのか、その「音」が他の「日本語」とどう違う肉体をもって発声されるのかがわからない人間には、どうにも「音楽」として聞こえてこない。
 モーツァルトの交響曲の「楽譜」を見せられて、「この部分が美しいよね」と言われても困惑するしかないのに似ている。
 吉増が、この作品を読むのを聞けば、また印象が違ってくると思うが、活字で読みながら、そんなことを「頭」で考えた。私の「耳」はぜんぜん動いていない。
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吉増 剛造
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