醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  484号  白井一道

2017-08-13 15:07:15 | 日記
   
  「野を横に馬牽(ひき)むけよほととぎす」。元禄二年芭蕉四十六歳

句郎 「野を横に馬牽(ひき)むけよほととぎす」。元禄二年芭蕉四十六歳『おくのほそ道』那須野で詠んだ句として知られている。名句だと言う人が大勢いるようなんだけど、どうかな。
華女 どこが名句だと言われる理由があるのか、ピンとこないというのが、私の実感かしらね。
句郎 僕も初めて読んだ時、そう思ったね。
華女 じぁー、今は違うのかしら。少しは分かってきたの。
苦労 うん、少しね。「ホトトギス」と云う百年以上出している俳誌があるでしょ。最も伝統のある俳誌だといってもいいんでしょ。何しろ、正岡子規、高濱虚子が培った近代俳句の金字塔のような俳誌なんでしよう。
華女 きっとそうなんでしよう。その中から現代に続く有名な俳人が続出しているんだから。
句郎 平安時代も芭蕉の頃も明治時代の俳人たちにも、ホトトギスという鳥には特別な思いが籠っているのじゃないかと思うんだ。
華女 そうなんだと思うわ。正岡子規の「子規」は「ほとぎす」と訓読できますからね。子規は確かにホトトギスへの格別な思いを持っていたのじゃないのかしら。
句郎 その思いを詠んだ名句の一つが「谺して山ほととぎすほしいまま」という句があるんだと思う。
華女 久女の有名な句ね。
句郎 平安時代から連綿として継承されてきたホトトギスの鳴き声が醸す美意識を杉田久女は詠んだのではないかと思う。
華女 山の静かさをトトギスの鳴き声に詠んだのよね。そう思うわ。
句郎 芭蕉が山形、山寺の静かさを蝉の鳴き声に詠んだのと同じようなことを詠んだのかな。
華女 そういうことなのかもね。
句郎 ホトトギスの鳴き声に耳を傾けることが風雅なことなんだということを馬の轡をとる男に語りかけたのが「野を横に馬牽(ひき)むけよほととぎす」という句なのではないかと思っているんだけれど。どうかな。
華女 馬もあなたも私も今泣いたホトトギスの鳴き声に耳を傾けて聞き惚れましょうということなの。
句郎 うーん。そうなんじゃないかなと思うんだ。短冊に句を所望されたんでしょ。芭蕉は馬の轡を取る男から。那須野の原に今、ホトトギスが鳴いた。こっちの方だった。馬の向きを変え、ホトトギスの鳴き声に耳をすましてみましょう。これが風雅ということですよと、芭蕉は即興で句を詠んだ。
華女 夏の那須野の原では何でもないホトトギスの鳴き声に耳を傾けることが句を詠むということだったのね。
句郎 芭蕉もまた那須野の原でホトトギスの鳴き声を発見したんじゃないのかな。
華女 落葉樹の林の中に鳴くホトトギスに京や江戸で鳴くものでない新鮮さのようなものを感じたのかもしれないわね。
句郎 曾良の「八重撫子」の句は那須野に洗練された名を持つ子供の発見だった。芭蕉は那須野の原に洗練されたホトトギスの鳴き声を発見した。曾良の「八重撫子」の句があってこそ、芭蕉の「野を横に」の句が光り輝く。
 那須野の原を俳諧で曾良と芭蕉が表現したと安東次男は述べている。
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