醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  454号  白井一道

2017-07-11 15:27:24 | 日記

   定年後の男寡

 暖簾をくぐるとウッちゅんがいた。「今日は蒸し蒸しするね」と声をかけてくれた。現役は大変だね。夏でもネクタイを締めていなくちゃならないんだら。われわれ年金生活者はいいよ。
「私もはやく年金生活者になりたいよ。もう働くのは飽きたよ。こう蒸し蒸ししたんじゃ。仕事辞めたくなっちゃうよ」。
「うん、でも女房に先立たれるとガックリきちゃうよ。これで家に帰っても誰もいないんだから。私は子供がいなかったから、家族というと女房だけだからね。女房に先立たれて一軒家じゃ、広すぎて寂しくて、それでマンションに越して来たんだ。マンション生活というのは、便利ではあるけれども、味気ないもんだよ。隣近所の付き合いは何もないし、私は園芸が好きだったんだけれども、狭いベランダでは何もできない。一人じゃ、部屋も汚れないし、これといった料理を作ることもない。都屋は綺麗なもんだよ」
「暇を持て余すことなんてないの」
「これで結構、毎日忙しいいんだよ。週に三回、ボランティアをやっているんだよ。マンションの回りの生け垣に生えた草むしりをしているんだ。それが終わると道路沿いの生け垣の草むしりをしてね。ゴミの片付けとか、楽しいというわけにはにいかなにいけどね、人との交流があるから、話ながら、草臥れたら休んでね、のんびりしたもんだよ。週に二回、老人センターに行ってお風呂に入り、おしゃべりをして帰ってくる。週に一回、居酒屋に来てね、ママさんと話をする。ママさんと話ながら飲めるお酒は美味しいね。ママさん、綺麗だから、毎日来たいぐらいだけど、年金が少ないから、週に一回が限度かな」
「そんなことないでしょ」
「いいや、本当だよ。私は小さな町工場に四十五年勤めて退職したから、どのくらい年金を積み立てていたのか、分からないけれど、毎日、ここでママさん相手にお酒を飲んじゃすぐ無くなってしまう。それにもともと私はそれほどお酒がいける方じゃないから、週に一回ぐらいがちょうどイイと思っているよ。
「どんな仕事をしていたんですか」
「勤めていた町工場はメッキ屋さんでね。私はメッキ職人です。メッキというと昔は鉄板にしたもんだったが、私が辞める頃になるとほとんどプラスチックにメッキをするようになった。携帯電話にする特別なメッキの特許を勤め先が持っていてね、仕事は今でも忙しいようだよ。仕事の内容が変わってしまったから、昔のように職人としての仕事はできませんけれど。仕事のない生活というのは、何か、ダラッとしたものでしてね」
「とても、元気で体のどこも悪いところが無いようにお見受けしますよ」
「健康が第一じやないでしようかね」
「そうですね。私はあまり食べませんし、それほど健康に気をつけているわけでもありませんが、腰だの、肩だのが痛くてたまらなにい、なんていうことはありませんよ。朝は早く起き、散歩するのが私の楽しみでね。ボランティアの仕事をする時は、歩きませんがその他の日には4キロから五キロぐらいは歩きます。この辺は自然が豊かだから、歩くところには困りません。歩きながら自然の移り変わりを楽しみ、野草に咲く花を見るのが楽しみですよ。もうそろそろ萩の花が咲き始める頃です。私は萩の花が好きでね」
ウッちゃんの話はいつ果てるともなく続く。
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