醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  397号  白井一道

2017-05-14 13:27:50 | 日記

   定年離婚した男の話

 居酒屋のカウンターの隅で一人、静かにウーロン杯を飲んでにいる初老の男がいた。いつもニコニコしているが、親しく話す飲み仲間はいない。どのようなきっかけで話すようになったのか、記憶が無い。いつものように居酒屋にぶらっと入って行くとこの初老のNさんがいた。『暖かになってきましたね』といつしか挨拶をかわす仲になっていた。問わず語りにNさんが話し始めた。ちょうど去年の十一月ころだったでしょうかね。家内と二人、古利根川のほとりに建つマンションを見に来たんですよ。十階の部屋に昇って、ベランダから景色を眺めたんです。ちょうど夕方だったものだから、富士山が夕日の中に黒いシルエットを描いていました。この景色が素晴らしかった。いっぺんに気に入ってしまいました。今年の二月に定年になるものですから、定年後、ゴミゴミした東京を離れ、静かなところで老後をおくりたいと思いましてね、ここに住みたいねと、家内に言うと家内も悦んで同意してくれました。定年後の生活を想像するとウキウキした気分になって東京・豊島にある自宅に帰りました。
 定年を十日後に控えたころだったでしょうか。いつものように夜の十時ころ家に帰ると家全体が真っ暗になっている。家内も勤めが遅くになっているのだろうと思に、玄関に入ると何かガランとした嫌な雰囲気でした。子供は男の子と女の子の二人です。二人とももう結婚し、別の家庭を築いています。家族は夫婦二人きりです。部屋に入って驚きました。家内の荷物が無い。家内が若いころから使っていた箪笥がない。衣服がない。最低限の調理用具・食器を残してすべて無くなっていました。妻がどこに行ったのか、娘に電話をかけると教えてくれま
した。家内は都内にマンションを既に購入し、一人で老後を送る準備をしてにいたのでした。全然、気がつきませんでした。ぼぅっとしてたんでしょうね。妻の気持ちなど思えば考えたことも無かったように思にいます。ずっと共働きでした。だから山形、名古屋、香川へも単身赴任でした。結婚生活は三十三年になりましたが、実質一緒に生活したのは十五、六年ぐらいだったでしょうかね。
 私は妻に電話もかけませんでした。妻のマンションを訪ねることもしませんでした。何か気に入らなくて出て行ったのか、聞く気にもなりませんでしたよ。ただ呆れただけですね。
 定年を迎えて一人、古利根川のほとりにあるマンションに越して来ました。妻との思い出になる品はすべて捨てました。一切の家財道具類を捨ててしまいました。新しい第二の人生を始めるに当たって、古い家具があっては嫌でしょう。ソファーにテしビ、タンス、ベッド、布団、すべて真新しいものを買い揃えました。預金は妻に
持って行かれてしまいましたが、退職金がすべて自分のものになりました。私白身が積み立てていた預金もあり
ましたから、老後の生活、お金に困る心配はありません。一人の生活にも慣れていますので、炊事や洗濯、日常生活で特に困ることもありませんしね。掃除や洗濯はどちらかというと好きな方ですから、いいのですがね、料理のレパートリーが少ないものだから夜は居酒屋で食事をとることが多いのですよ。ここのママとても気さくで話しやすいでしよ。それ以来、毎日のように夕方になると来てしまう。
 Nさんの話は、テレビドラマで見たような話だった。

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