墨象家・書家 木村松峯(峯子)のブログ shohokimura blog

伊豆の情報、世界の名画、ジオパーク、墨象、書道などの作品を日頃の日記とともに載せています。

書家・かな584/参議篁

2017年10月29日 20時11分53秒 | かな

<釈文> わたのはら やそしまかけて こぎいでぬと ひとにはつげよ あまのつりぶね

百人一首 第11番                          = 参議篁 =

<意味> はるかにひろびろとした大海原に、ぽつんぽつんと無数に浮かぶ島を目指して、漕ぎ出

して行ったのだと、どうか都にいる愛しいあの人につたえてください、釣り船に乗った漁師さん。

という意味です。

<鑑賞> 天皇の怒りを買い、貴族の称号も役職もすべて取り上げられ、愛する人ととも引き離さ

れて、遠い島へ行かなければならなかった篁の孤独な気持ちが、ひしひしと伝わってきませんか?

後に赦されて都へ還り、愛する人にも再会できたのだと思いますが、この和歌を詠んだときの篁は、

そんな自分の未来を知りません。ただひたすら、不安と寂しさをかかえながらの旅立ちだったでし

ょう。漁師という都へ伝える術の無さそうな相手に呼びかけていることが余計に、篁がひとりぽっ

ちであることを際立たせているように思います。

<作者> 参議篁は、本名を小野篁(おののたかむら)といいます。いまから1200年ほど前の官

僚で、学才に優れ、和歌を詠むのも上手でした。参議は職名で、貴族のなかではまあまあの地位で

した。その才能と人柄を買われ、天皇の替わりに中国の皇帝へご挨拶をする使者である遣唐使(け

んとうし)の二番目に偉い副使(ふくし)に選ばれたのですが、大使(たいし)である藤原常嗣(

ふじわらのつねつぐ)が、篁の乗る船と、自分の壊れた船を取り替えたことに不満を持ち、仮病を

使って中国へ渡るのを止めてしまいました。天皇の命令に叛いたとして、現在の島根県隠岐の島へ

流罪になりました。篁37歳のときのことです。後に赦され、51歳で亡くなるまで天皇にお仕えし

ました。






にほんブログ村 美術ブログ 書道家・女性書道家へ

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 伊豆新聞掲載=ペリー、松蔭... | トップ | 世界の名画/アンディ・ウォ... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

かな」カテゴリの最新記事