墨象家・書家 木村松峯(峯子)のブログ shohokimura blog

伊豆の情報、世界の名画、ジオパーク、墨象、書道などの作品を日頃の日記とともに載せています。

書道家・漢字487

2017年06月28日 20時07分01秒 | 漢字

<読み> まどをひらけば せいふうきたる

<意味> 窓を押し開けば、夏の清き風が吹き入る。

という意味です。


これは今月号のお手本です。






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伊豆新聞掲載=初の水中写真コンテスト

2017年06月28日 19時46分05秒 | 新聞

<記事の内容抜粋>

GPにペア宿泊券

熱海市と市観光協会は、今年度新たに「熱海・初島水中写真コンテスト」を実施する。7月10日〜

11月5日の期間中に熱海、初島の海中で撮影した作品を広く募り、優秀作品は熱海の美しい海のPR

に活用する。

同協会は10日から、ホームページ「あたみニュース」内の特設ページを公開し、オンライン投稿を受

け付けるほか、投稿写真を閲覧できるようにする。詳しくは同協会(電話0557-85-2222)へ。






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世界の名画/浅井忠(7)

2017年06月28日 19時22分43秒 | 世界の名画

農夫帰路

●1887(明治20)年。カンヴァス・油彩。縦132X横95.4センチ。ひろしま美術館蔵。


1887年東京府工芸品共進会に出品した2点のうちの1点。一日の農作業を終えて家路につく家族が、

画面の隅々にまで浸透する長い日差し中、どっしりとしたボリューム感をもって描かれている。3人

の硬い表情、動きの乏しさは、写真を下敷きに描かれたからであると考えられている。

<作者> 佐倉藩士の子として江戸に生まれる。幼い頃から絵を好み、藩の絵師について学ぶ。1876

年、国沢新九郎の画塾・彰技堂に入り、初めて洋画に接する。同年、工部美術学校に入学し、バルビゾ

ン派の流れをくむイタリアの優れた風景画家フォンタネージに師事する。1878年、フォンタネージの

帰国後、後任者を不服として、級友の小山正太郎らと共に同校を退学、十一会を結成する。師の画風を

よく受継ぎ、脂(脂)色を主調とする静穏な風景画を描いた。1889年、明治美術会の結成に参加し、《春

畝》《収穫》を同会を舞台に発表した。1889年、東京美術学校教授に就任。1899年、渡仏。パリ郊外

のグレー村を訪れ、《グレーの柳》《グレーの秋》などの油彩の代表作のほか、多くの水彩画を制作し

ている。1902年、帰国。京都高等工芸学校教授を命せられて京都に移り、翌年、聖護院洋画研究所を

開設。また関西美術院の創設にも加わって、京都の洋画壇の発展に尽くした。晩年は、工芸、図案の分

野でも活躍している。京都で没。


ひろしま美術館






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書家・かな548/源宗于朝臣

2017年06月27日 21時41分08秒 | かな

<釈文> やまさとは ふゆぞさびしさ まさりける ひとめもくさも かれぬとおもへば

百人一首 第28番                        = 源宗于朝臣 =

<意味> 山里は冬がとりわけ寂しさが勝って感じられることだ。人の訪れも離れ、草も枯れて

しまうと想うので。              

という意味です。

<鑑賞> 寂しい景色が目に浮かぶようではありませんか? 宗于は山里に暮らしていたのでし

ょうか。寂しいなぁと詠みながら、なんとなくのんびりとしんみりしているような少しのどかな

風が感じられるような気もします。

<作者> 源宗于は、いまから1100年ほど前の貴族です。第15番の歌人である光孝天皇(こう

こうてんのう)の孫でしたが、苗字を与えられ、皇族ではなくなりました。和歌を詠むのが上手

でした。






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伊豆新聞掲載=建設残土でグラウンド拡張

2017年06月27日 19時46分27秒 | 新聞

<記事の内容抜粋>

国際陸上規格に

東伊豆町は、伊豆縦貫自動車道河津下田道路の建設残土を国土交通省から受け入れ、町営グラウンド

(約1万平方メートル)を約3万平方メートルに拡張、国際陸上規格(400メートルトラック8プラ

ス1コース)に対応させると26日、発表した。災害時に自衛隊の活動拠点化が可能な広域避難場所も

目指す。残土搬入は国交省が2018年秋から22年度までを予定している。

河津下田道路の建設残土は177万立方メートル発生するとみられ、賀茂地区のほか市町でも活用が検

討されている。






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