正福寺 住職のひとこと(ホームページ更新情報)

正福寺住職が毎月テーマを決めて「ひとこと」申し上げます。
ホームページの更新情報も不定期に載せていきます。

12月のひとこと(平成29年・仏誕2583年・皇紀2677年)

2017年12月01日 | Weblog
今年も早や12月。
振り返ってみると、時の早さに驚かされます。
12月になると、毎年こんな調子で、ひとことを始めているような気がします。

今月はどんなことをと思いつつ、この1月から11月までのひとことを見ましたら、何と、高齢、加齢の話題が半分を占めていました。

後期高齢者の仲間入りをした住職自身が、自分自身に対する不安みたいなものを、心のどこかにかかえながら、感じるままに、書きとめさせていただいたのだな、と振り返っています。

世界一の少子、高齢化社会。この社会の構成単位をなっている核家族の現実。


これからも日本は、おそらく、世界でも珍しい高齢化社会の実験場になっていくといっても過言ではないかもしれません。

これって、実は若い人たちも含めて、日本人全員で、これから経験していかなければならないことです。

私たち一人ひとりが、まだ経験したことのない世界。

皆で、智慧を出し合っていく以外にありません。


あれあれ、今月もまた、高齢者住職らしい「ひとこと」になってしまいました。



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12月8日は仏教を開かれた釈尊が今から約2500年前、お悟りを開かれた日です。

成道会(じょうどうえ)といって、世界中の仏教徒が、お祝いの集いをもちます。


釈尊は80歳の寿命を全うされた方です。


今の世にいらっしゃれば、「人生百年だよ」などと説教してくださるのか……。


最後に100歳6カ月の寿命を生きた母が86歳の時に詠んだ一句をご紹介申し上げ、今年のひとことを終わらせていただきます。



長生きもホドホドが良し年の暮れ(敏子)


寒さ厳しき折、風邪など召しませぬよう良き年をお迎えくださいませ。

合掌
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11月のひとこと(平成29年・仏誕2583年・皇紀2677年)

2017年11月01日 | Weblog
昔も今も、「サザエさん」は人気者。今も、テレビ、新聞で楽しんでいます。

以前、この一言で、「サザエさん」を取り上げたことがあります。

昔は4コマ漫画のひとこま目を見ると、なんとなく笑いがこみ上げてきました。
今は、4コマ全部を見終えて、しばらく考え込んでから、笑いが始まることがあるのです。
歳をとるって、嫌な事ですね。などと書いた記憶があります。


ところが、先々月9月彼岸のお中日に朝日新聞に掲載されていたサザエさん。これには、久しぶりに1コマ目から笑いがこみ上げて、楽しいものでした。(1967年5月22日、朝日新聞朝刊)


お坊さんが、「それではこれから、ご法事を始めます」と挨拶をして、最初にした事は何だったと思いますか?
そうです。壁に取り付けてある電気のスイッチをオンにすることだったのです。

電動の木魚に合わせて、坊さんのお経が始まりました。

まさに、電動木魚出現のひとこまでした。


1967年と言えば、今から50年前。

この当時、電動木魚があったかどうかしりませんが、まさに、長谷川町子さんの発想力には驚かされます。

この時代、いよいよ、電気釜、気掃除機、カラーテレビなどなど。電化製品がどんどん普及発展していった時代でした。

一方、コンピューターに象徴されるIT技術の発展も凄まじく、どこまで進んでいくのか、想像もつきません。

人間と人工知能の競争。これから、どこへ行くのでしょう。

面白い、とばかり言ってはいられません。



さて、お寺の話に戻ります

いわゆる、ご法事で使用する鳴りもの、鐘、太鼓、木魚、笛などなど。


漫画の世界だけの話ではなくなりそうです。ご法事で「坊さんロボット」がお経を上げ、鐘を鳴らし、木魚をたたく…なんてことになったら。

宗教って一体何なのだろう
まさに鼎(かなえ)の軽重を問われることになるでしょう。

お説教も坊さんよりもよかったよ。

などと言われたらどうしよう。


秋の夜長、後期高齢者の考えすぎかな?


合掌
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10月のひとこと(平成29年・仏誕2583年・皇紀2677年)

2017年10月01日 | Weblog
先月のひとことで、お寺の過去帳は、その時代の様子を、如実に映し出してくれているのですよ。
年間なくなられる方の7割から8割は70歳以上、しかも、90歳以上の方が、その半数以上を占めているのです。

ということを申し上げました。

先月9月18日「敬老の日」、私は実は、今年は、墨田区と地元町会からお祝い会を頂戴いたしました。
まだ現役バリバリのつもりですので、いただいていいのやら、申し訳ないやら、でも、いただいてしまいました。

敬老の日をきっかけに、新聞に高齢者の総人口に占める割合の記事がありました。

今、日本では、65歳以上を高齢者、75歳以上を後期高齢者と区分けしていることは、ご存知の通りでありますが、本年9月15日現在、65歳以上の高齢者人口は、推計で、35,140,000人、総人口の27.7%。このうち、90歳以上は2,600,000人。実に、65歳以上の高齢者のうち、17%強が、90歳以上の方々なのです。

この傾向は、今後とも、いっそう強まると推定されるというのです。

敬老の日の前後に、もう一つ、人生100年を元気に生きる超高齢者の生活ぶりの紹介がありました。

直前に亡くなられた日野原聖路加病院名誉院長の100歳を超えてからの超人ぶりなど、まさに、超人的高齢者と申し上げて良いのでしょう。
私の母は、平成26年4月、100歳と6ヶ月の寿命を全うし、旅経ちました。

自分の母が、100歳を生き抜くとは、想像すらしたことがありませんでした。大正、昭和、平成の時代を生き抜いてきました。
晩年の生き様は、一緒に住んでいて、なんでここまでと思うくらい「老い」との戦いの日々でした。
そして、最後は、認知症障害とともに、「老いの受容」がありました。
私は100年の生き様を、身をもって、身近に経験させていただきました。




日本人ばかりではありません。人類は皆長きを願って生きてきました。
この願いが、人類発展と向上の源であったことは間違いありません。

織田信長の本能寺の変で、明智光秀の刃に信長が倒れた時代、人生50年は長生きの願望であったことでしょう。
私たち日本人は、今、人生100年を語る時代に突入したようです。
これからは、ますます、「人生いかに生きるか」その中身を己に厳しく、問うていかなければならないことになるでしょう。

「最上の真理を見ずして100年生くるは最上の真理を見て1日生くるに如かず」


法句経 115番

合掌

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9月のひとこと(平成29年・仏誕2583年・皇紀2677年)

2017年09月01日 | Weblog
東京は、何十年ぶりかの日照不足の8月だったそうです。

九州地方では、豪雨の被害。
しかも、短い間に、何回も襲われています。


「暑さ寒さも彼岸まで」
昔からこういいますが、やはり暑い時は暑く、寒い時は寒く、四季折々の顔をきちんと見せて欲しいものです。







「男子厨房に入らず」という古い言葉があります。

男の子は、台所なんかに入ってはいけないよ。

私の歳ですと、母親からそんな教育を受けた人も、多いのではないでしょうか。

若い人が聞いたら、目を向いて、反論することでしょう。

私も実は、母親からそんな教育を受けた1人なのです。

今まで、おかげさまで、台所に入らずに何とか、この年まできましたが、今頃になって、このことって、本当に、これで良かったのかな、と考えています。


今まで、台所に入るチャンス、チャンスと言うよりも、必要な時は、何度もありましたが、なんやかんや、理屈をこねて、人さまにお願いして、台所に入ることを回避してきました。


でも、今、反省をしているのです。


今はこう思っています。ほどほどに、自分で自分の好きな料理をしたり、食べたら、なんと楽しいことだろう。

若い人たちは、男も女も、ずいぶんと気軽に台所に入り、こまめに自分らしい料理を作っているではないか。

さぁこれからは、必要な時は、少しずつ台所に入ってみよう。
そうすれば、いつかは、きっと、人様の手を借りずに、自分でできるようになるのだから。

…と思うそばから、今日もおそらく、この原稿を終えたら、近所のスーパーに出かけていく自分を想像できるのです。


閑話休題


お寺の過去帳は、その時、その時代を如実に映し出してくれるのです。
その昔、亡くなった人の多くは水子、嬰児、孫児、童子(女)でした。

今は、どこの寺も同じだと思いますが、当山の過去帳は、高齢者でいっぱいなのです。

年間亡くなられる方々の約7割から8割は70歳以上の方々です。

しかも、90歳以上の方々が、その半数以上を占めているのです。

まさに、高齢化社会を見事に映し出してくれているではないですか。

この方々と、そのご家族の方々は、どんな人生模様を織りなされてきたことでしょうか。

世界で1番の高齢化社会をいく日本。

今私たちは、人類が経験したことのない様々な問題を、私たち全員で経験していると考えてよいのです。

後期高齢者の一員としての私も、これから、いよいよ、その真っ只中に突入します。

キーワードは、「自立」かな。


合掌
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8月のひとこと(平成29年・仏誕2583年・皇紀2677年)

2017年08月01日 | Weblog
東京地区では七月盆も過ぎ、いよいよ夏本番、毎日暑い中で、8月を迎えました。

毎月、月末になると、次のひとことは何を書くかな……いろいろ考えます。

今月は、やはり八月盆に相応しい何かを考えなくては……と過ごしていましたら。


ありました。


境内の一角に、今年5月から初めて育ててみた蓮に一輪だけ、きれいな蕾(つぼみ)がついたのです。

朝、まだ少しだけ涼しさの残る境内に、静かに、しかも、凛としてたたずんでいたのです。

古今東西、花たちは、私たちになんと多くの幸せを運んでくれたことでしょうか。

今更、説明の必要もありませんね。


特に、蓮の花は、仏教発祥の地インドでも、古来から、親しまれ、愛されてきました。

インド神話の中でも、仏教でも、蓮華は、重要な役割を担ってきた花です。

その卑近な例は、皆様のごく身近にあります。

そうです。お気づきだと思いますが……。

仏、菩薩の「ほとけ」さまたちは、皆満開の蓮の台座の中央に、鎮座されているのです。

何故でしょうか。

つぼみは、やがて、少しずつ膨らみ、ついには、満開となります。

私たちの歩みも「かくあるべし」。


私たちは、蓮の花に、人間の理想の姿を重ね合わせたのではないでしょうか。

満開の蓮の花に、私たちは仏の世界そのものを感じ取っているのだと思います。

境内の一角に凛として咲く一輪の蓮の花を見て、思わず筆を取りました。


八月盆、盆棚に、蓮の葉が用意できればすばらしいですよね。

故人の好きだったお供物をたくさん用意し「お盆さん」と共に静かなひとときをお過ごし下さいますように。


合掌
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