syuの日記・気まま旅

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越谷・久伊豆神社 syu散歩

2017-03-22 | syu散歩
「藤」
蔓は木に巻きついて登り、樹冠に広がる。
直射日光の差す場所を好む、好日性植物、花序は長くしだれて、20cmから80cmに達する。
花はうすい紫色で、藤色の色名はこれに由来する。他のマメ科植物同様、夜間は葉をすぼめる。
日本産のフジは固有種、海外のフジは、フジ属に属する別の品種。本州・四国・九州の温帯から暖帯に分布する。
越谷のような低い山地、平地の林に、強い日当たりを好むため、公園や庭園などの日光を遮るもののない場所に木や竹、鉄棒などで藤棚と呼ばれる
パーゴラを設置し、木陰を作る場合が多い。
天蓋に藤の蔓を這わせ、開花時には隙間から花が垂れ下がるように咲く。
変異性に富んでおり、園芸品種が多い。
一才藤として鉢植えや盆栽用に流通するのは、樹高50cmくらいの一才物のフジもある。
花は、天ぷらなどにすることができ、他のつる性植物同様、茎を乾燥させて椅子などの家具に加工される。
藤の花や葉を図案化した家紋「藤紋」がある。



「久伊豆神社」-祭神は、大国主命・事代主命・天穂日命 合祀ー
創建は、平安末期と伝えられる。

境内には、県指定史跡となっている幕末の国学者平田篤胤の仮寓跡や、篤胤の門人が奉納したといわれる県指定天然記念物の藤の老樹が枝を。



 越ヶ谷久伊豆神社境内のいおりは、平田篤胤の仮寓跡といわれています。
平田篤胤は、秋田の大和田清兵衛の四男で、安永5年の1776年に生まれ、成長後、平田藤兵衛の養子となって江戸に居住しましたが、国学に専念して、
1804年、「真菅乃屋」の家号で国学塾を開きました。
のちにこの家号は「伊吹の舎」と改めましたが年ごとに門人がふえていく。



「平田篤胤」-幕末の思想界に大きく影響を与え、明治維新の一つの底流に。
国粋主義的立場から、儒教・仏教を排撃「尊王思想」を唱え、幕府から追放されている。
2~3日机から離れず執筆・読書を続け、食事もその場を離れなかったという。休息すると二晩眠り続け、又机に向かうと云う生活であったという。
神号ー神霊能真柱大人・秋田藩から備中松山藩へ・1776-1843年・「松声庵」に滞在している。



参道に長い松並木。



「越谷アリタキ植物園」神社と隣接している。
園内には、越谷天然記念物指定・北米原産「ラクウショウ」や巨樹「シナサワグルミ」・暖温帯性の樹木などが。













                      県天然記念物


                   越谷吾山の句碑などが


                  社宝ー平田篤胤の大絵馬がある


                      朱塗りの社殿
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