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両国 国技館から旧安田庭園 syu散歩

2017-05-05 | syu散歩

「両国」の地名は、武蔵国と下総国を結んで架けられた「両国橋」から。
両国と云えば、昔からー相撲と花火ー、川向かうと呼ばれていた。
相撲の国技館は、明治42年両国に建てられたが昭和29年、蔵前に移転し30年後また両国に帰っている。相撲復活で両国界隈に「相撲部屋」が多い。
両国界隈と云えば「老舗の江戸の味」が楽しめる。
両国は、都墨田区南西に位置、隅田川東岸の商業と住宅地域で、JR両国駅を中心に広がり中央部を京葉道路が横断、首都高6号線が走る。
江戸時代は、町人文化の中心として栄え、無縁寺として幕府によって建てられた「回向院」・けいだいで「勧進相撲」が行われ、境内に旧国技館
が建った。
千葉県に向かんて右側に両国公園があるが、そこに、勝海舟生誕地碑があり、旧吉良邸の一部が残って、吉良首洗い井戸と松坂稲荷がある。
今日は、国技館・旧安田庭園・横綱町公園(都慰霊堂と復興記念館)・都江戸東京博物館へ。

     高さ40m・地上3館・地下1階ー収容人員11500人の豪華建築「国技館」


「俵星玄番」槍の名手
JR両国駅西口から両国国技館正門へ行く途中の歩道に「俵星玄蕃」の道場跡の立札が。
立札に、俵星玄蕃は、忠臣蔵で架空の人物であり玄蕃の道場はこの付近にあったとある。
カラーの俵星玄蕃の姿で説明し、歌舞伎でお馴染みの人物。



三波春夫等が、元禄名槍「玄番」を、(赤穂事件に登場)
槍は錆びても 此の名は錆びぬ 男玄番の心意気・・・・。
宝蔵院流(ここ横綱町に道場が?)-槍と取って天下の名人と云われ、上杉家老千坂兵部は、玄番に250石の高禄を以て、吉良邸の附人として召抱えようと使者を立てたが、夜泣き蕎麦屋当た屋十助こそ赤穂浪士の世を忍ぶ苦心の姿と深く道場を寄せ、玄番は、これを決然と断った・・・・。



「葛飾北斎」 世界的に著名な画家・代表作「富嶽三十六景」

                  1849年 江戸時代後期の浮世絵師


14歳で版画彫の仕事につき、彫りと文章や絵に親しむうち自分も描いて、18歳で、当時人気の浮世絵師「勝川春章」に入門している。
北斎の浮世絵は、色彩感覚がずば抜けているという。北斎ブルー・静と動き(美人画)・老いてからも強烈な絵を描いていると云う。



「摺物3枚続 文政5年の1822年作 」
馬尽は、狂歌師のグループである四方側よもがわが刊行した狂歌摺物のシリーズ。
文政5年が午年であるのにちなみ、さまざまな馬にまつわるモチーフを描いて、「駒形堂、御厩おんまや河岸、駒止石」。
御厩河岸という名称は、昔、このあたりに(両国)幕府の御厩があったことに由来するという。
往来に大きな石があり、これが「駒止石」。

1枚ずつ独立した作品として鑑賞も、3枚つなげて、隅田川沿いの風景を。


両国駅の北口から国技館の脇を通り、旧安田庭園にむかって入り口の手前の角近くに。
「舟橋聖一生誕の地」・小説家である「舟橋聖一氏」がこの両国の墨田区横網近辺で生まれたことでこの場所にあるとのこと。
この生誕の地には、この方の代表作である「花の生涯」の碑が立っています。

「旧安田庭園」
     工事で休園中・江戸時代の典型的回遊式庭園(無料)


「安田善次郎」 安田財閥創始者 1838-1921 金融業・富山県
第三・第四十国立銀行・安田銀行・生命を興すー日比谷公会堂・東京大学講堂・寄付、社会事業に力を、暗殺された。

            丹後宮津の藩主「本庄因幡」守が元禄時代築造。


後、安田財閥の所有し大正11年に都に寄贈された(隅田川から引き入れ、千満で池の眺めが変化する)


                両国公会堂がある。 


「都墨田区横綱」 区の南西部、両国駅北側で隅田川に沿っている。国技館・江戸博物館・旧安田庭園・横綱公園(旧陸軍被服廠跡、関東大震災と
東京大空襲の犠牲者を合祀した慰霊堂、復興記念館がある)
                           横綱公園西口


                           慰霊堂内


                           慰霊塔(納骨)


                         太平洋戦争末期


                         太平洋戦争末期


                         太平洋戦争末期


                 戦後の闇米取り締まりで 私服の取り締まり官が       


                       関東大震災浅草仲見世通り


                 闇米取り締まりで山になった米・上野駅(終戦直後)


次回に続きます。
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