syuの日記・気まま旅

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逗子・鎌倉

2016-11-12 | syu散歩
相模湾に面し、神奈川県南東で三浦海岸北西部の「逗子市」。
逗子の地名は、「延命寺の行基作・地蔵尊、厨子にちなむと伝わっている。古代から古東海道が通じて、鎌倉時代のやぐらや五輪塔が多く残されている。
海岸は、ヒロイン浪子の名から「浪子不動」と呼ばれる「高養寺」がある。
そこに、徳富蘇峰筆の「不如帰」の碑がある。
逗子湾に沿って遠浅弓状の海水浴場は、懐かしい。

逗子市内に鎮座する「瀬戸神社」






逗子海岸。


材木座海岸


さくら貝の歌碑


相模湾湘南由比ガ浜、左が材木座・右が稲村ヶ崎。


「畠山重保の墓石」
鎌倉時代初期の武将。
鎌倉幕府創設に関わった畠山重忠の子。母は北条時政の娘。通称は六郎。兄に重秀がいるが、北条氏を母とする重保が嫡子の扱いを受けていたと思われる。横浜市戸塚区汲沢町付近にも居館があったといわれる。
1205年、早朝、北条時政の後妻の娘婿である平賀朝雅との確執から、謀反を企てたという疑いをかけられ、由比ガ浜に呼び出された所を、時政の意を受けた三浦義村によって討たれた。
重保が殺されたことを知らずに鎌倉へ向かっていた父重忠は、北条義時率いる重忠討伐軍に攻められて討死し、平姓畠山氏は滅亡した「畠山重忠の乱」
重忠旧領と畠山の名跡は、重忠未亡人の北条時政の娘と、足利義兼の庶長子足利義純が婚姻して継承された。
義純が婚姻したのは重忠と北条時政の娘との間に生まれた女性(重保の同母姉妹)との異説もある。



「カマ」は、洞窟・「クラ」は、岩ー「カマクラ」・三浦半島北端


海から一の鳥居を潜ると若宮大路ー正面「鶴岡八幡宮」。


「若宮大路」(頼朝が政子の為に)中心にー西武蔵大路・東に小町大路が南北に走る。
横大路・車大路・二階堂大路・辻子、外に出ると七切通し。
大町・小町・米町・魚町・・が町を形成していた。



馬の博労座・材木を扱う材木座などが組織


鎌倉名産「鎌倉彫り・酒店」の老舗が


平日商店街の人混み


鶴岡八幡宮の拝殿から見た広場、


鎌倉市内に神社41社・寺院83で全国に知られている建長寺、円覚寺、極楽寺、長谷寺等が

鶴岡八幡宮


本殿前の石段横に「銀杏の大木」が・広場に我が国代表の日本酒献上樽が


静御前が舞を、広場の中央に舞殿が


小町通りの賑わい

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