限りなき知の探訪

40年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

想溢筆翔:(第304回目)『資治通鑑に見られる現代用語(その147)』

2017-04-20 20:25:37 | 日記
前回

【246.衰弱 】P.1976、AD195年

『衰弱』とは「おとろえて体力や勢力が弱る」という意味であるが、たいていの場合、主語が生物である。しかし、漢文の場合は、主語が国家や政権など、無生物の場合もかなり多い。例えば「匈奴衰弱」(漢書、後漢書)、「周室稍稍衰弱」(賈誼新書)、「中国衰弱」(新五代史)など。

二十四史(+資治通鑑+続資治通鑑)で検索すると下の表のように史記には見えず、漢書以降に見えるが、戦国策にも登場する単語であるので、かなり古い単語であることが分かる。



さて、資治通鑑で『衰弱』が使われている場面を紹介しよう。

後漢末、張超が雍丘で曹操の軍勢に包囲され、今にも陥落しそうになった。以前、張超の部下で、その時は袁紹の配下にあった臧洪は、直ちに救援に駆け付けたいとして、袁紹の許可を求めたが、許されなかった。とうとう、張超の城は耐え切れず陥落し、張超は自害して果てた。このことを恨んだ臧洪は袁紹に叛旗をひるがえした。袁紹は即座に軍をおくって臧洪の城を包囲した。籠城の備えがなく、食糧が底をついたので、臧洪は自分の愛妾を殺して、兵士に食わせた。皆、感動のあまり嗚咽するばかりであった(殺其愛妾以食将士。将士咸流涕、無能仰視者)。

そういった悲壮な頑張り甲斐もなく、とうとう城が陥落し、一人、臧洪だけが生け捕りにされて袁紹の前に引き立てられた。

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袁紹は将兵たち全員を集めた前で臧洪を詰問した。「臧洪よ、お前はなんでワシに背いたのだ?敗けたのだから、降参しろ。」臧洪は地にどっかと座り眦[まなじり]をつり上げてこういった。「袁氏は代々漢の王室に仕え、四世に亘って五人も大臣を輩出している、漢の王室に大恩があるというべきだ。ところが、今や漢の王室が衰弱したにも拘らず、サポートせず、逆にこのチャンスに王室を乗っ取ろうとし、数多くの忠臣を殺して勢力を張ろうとしているではないか!ワシはお前が張邈(張陳留)を「兄」と呼んでいるのを間近に見た。それなら、張邈の弟であり、またワシの主君である張超はお前にとっては弟分に当たるではないか。本来なら一緒に力を合わせて国のために尽くすべきなのに、お前は何だ、張超の城が陥落するのを、ただただ傍観していただけではないか!ワシは力が足りず敗けてしまった。お前の胸に刃を突き立てて、復讐できないのを悔しく思うことはあっても、どうして降参など考えようか!」袁紹は以前から臧洪をかわいがっていたので、どうしても降参させて、また部下に取り立てたいと考えていた。しかし臧洪の考えが頑として変わらないことを知るや、処刑した。

紹大会諸将見洪、謂曰:「臧洪、何相負若此!今日服未?」洪拠地瞋目曰:「諸袁事漢、四世五公、可謂受恩。今王室衰弱、無扶翼之意、欲因際会、希冀非望、多殺忠良以立姦威。洪親見呼張陳留為兄、則洪府君亦宜為弟、同共戮力、為国除害、柰何擁衆観人屠滅!洪惜力劣、不能推刃為天下報仇、何謂服乎!」紹本愛洪、意欲令屈服、原之;見洪辞切、知終不為己用、乃殺之。
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臧洪と共に城に立てこもったのは兵士だけでなく、一般人も一万人近くいた。籠城で食糧難になっても、誰一人裏切らなかったという。人としての真贋はこういった危機の時に判明するということだ。

続く。。。
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