日本人の好きな本に『徒然草』がある。高校の古文の教科書には必ず出てくるので知っている人も多いはずだ。一方、同じように中国では明代はどうやらこの徒然草のような気の利いた文句が満載のエッセーがはやったようだ。
その一つに謝肇制(制は本当はさんずい偏)が書いた『五雜俎』(ござっそ)という本がある。幸運なことにこれは現在日本語に翻訳されている。

この中に次のような一節がある。
(大意)胡元瑞の蔵書は、もともと、虞参政(参政とは国務大臣)の所有であった。虞氏は蔵書が数万巻と言われていた。その蔵書をすべて池に囲まれた楼閣に保管していた。そして、その楼閣には細い木橋が一本通じているだけであった。晩には橋を取りはずさせた。そして門には次のような書き付けを掲げた。
『楼不延客、書不借人』(楼には誰も呼ばないし、書は誰にも貸さない)
しかし、時とともに虞氏の子孫は没落し、それを聞いた胡元瑞はその蔵書を高価で買い取りたいと申し入れた。そして巨艦数隻に積み込んで運んでこさせた。しかし、その蔵書を実際に見るとわざと、『こんな立派な蔵書を買いとれる金が私にはない』と言ってそのまま帰らせようとした。虞氏の子孫は金に大いに困っていたので、結局蔵書を手放したが、足元を見られ、手にした金は、元の価格の十分の一にもならなかった。このようにして、虞氏の蔵書を手にした胡元瑞の名が海内に響くこととなった。
【原文】胡元瑞書,蓋得之金華虞参政家者。虞藏書數萬卷,貯之一樓,在池中央,小木爲彳勺(彳勺は本当は一字で『小橋』の意味),夜則去之,榜其門曰:“樓不延客,書不借人。”其後子孫不能守,元瑞啖以重價,紿令侭室載至,凡數巨艦,及至,則曰:“吾貧不能償也。”復令載歸。虞氏子既失所望,又急於得金,反托親識居間,減價售之,計所得不十之一也,元瑞遂以書雄海内。
私は、この『書不借人』の句に、いたく共感を覚える。
正確に勘定したことがないが、今、大体7000冊ぐらいの本があちこち(東京の自宅マンション、京大の自室、大阪の自宅)に分散して存在している。どのような本があるのか思い出せないことも多い。しかし、ある時に『あの本は確かあの辺りにあったはず』と思い出して、探しても見つからないときは、落ち着かない。たかが、一冊の本、率にして 1/7000=0.014% の本が見つからないのだが、それでも心残りだ。それはあたかも小指などは普段全く気にもかけないような存在でも、傷をして絆創膏などを巻くと、途端に不便に感じるのと同等の気分なのだ。
しかし、あると分かっている場合はまだいつかは出てくると楽観的な気分になれるが、誰かに貸したまま戻ってきていないという記憶が蘇ると、Alas! 沈鬱な気分になってしまう。
たかが一冊の本、されど一冊の本、なのである。
その一つに謝肇制(制は本当はさんずい偏)が書いた『五雜俎』(ござっそ)という本がある。幸運なことにこれは現在日本語に翻訳されている。

この中に次のような一節がある。
(大意)胡元瑞の蔵書は、もともと、虞参政(参政とは国務大臣)の所有であった。虞氏は蔵書が数万巻と言われていた。その蔵書をすべて池に囲まれた楼閣に保管していた。そして、その楼閣には細い木橋が一本通じているだけであった。晩には橋を取りはずさせた。そして門には次のような書き付けを掲げた。
『楼不延客、書不借人』(楼には誰も呼ばないし、書は誰にも貸さない)
しかし、時とともに虞氏の子孫は没落し、それを聞いた胡元瑞はその蔵書を高価で買い取りたいと申し入れた。そして巨艦数隻に積み込んで運んでこさせた。しかし、その蔵書を実際に見るとわざと、『こんな立派な蔵書を買いとれる金が私にはない』と言ってそのまま帰らせようとした。虞氏の子孫は金に大いに困っていたので、結局蔵書を手放したが、足元を見られ、手にした金は、元の価格の十分の一にもならなかった。このようにして、虞氏の蔵書を手にした胡元瑞の名が海内に響くこととなった。
【原文】胡元瑞書,蓋得之金華虞参政家者。虞藏書數萬卷,貯之一樓,在池中央,小木爲彳勺(彳勺は本当は一字で『小橋』の意味),夜則去之,榜其門曰:“樓不延客,書不借人。”其後子孫不能守,元瑞啖以重價,紿令侭室載至,凡數巨艦,及至,則曰:“吾貧不能償也。”復令載歸。虞氏子既失所望,又急於得金,反托親識居間,減價售之,計所得不十之一也,元瑞遂以書雄海内。
私は、この『書不借人』の句に、いたく共感を覚える。
正確に勘定したことがないが、今、大体7000冊ぐらいの本があちこち(東京の自宅マンション、京大の自室、大阪の自宅)に分散して存在している。どのような本があるのか思い出せないことも多い。しかし、ある時に『あの本は確かあの辺りにあったはず』と思い出して、探しても見つからないときは、落ち着かない。たかが、一冊の本、率にして 1/7000=0.014% の本が見つからないのだが、それでも心残りだ。それはあたかも小指などは普段全く気にもかけないような存在でも、傷をして絆創膏などを巻くと、途端に不便に感じるのと同等の気分なのだ。
しかし、あると分かっている場合はまだいつかは出てくると楽観的な気分になれるが、誰かに貸したまま戻ってきていないという記憶が蘇ると、Alas! 沈鬱な気分になってしまう。
たかが一冊の本、されど一冊の本、なのである。










