限りなき知の探訪

三十年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

【座右之銘・42】『無道人之短、無説己之長』

2010-07-30 15:02:50 | 日記
空海は言わずと知れた、真言宗の開祖である。その一方で書道でも日本を代表する名筆家である。空海の『風信帖』は国宝にも指定されている、あまりにも有名な書道の逸品で、字体は流れるような行書である。草書では、崔援(本当は王篇)の『崔子玉座右銘』が断簡ではあるが残されている。


【無道人之短、無説己之長】

この崔援というのは、後漢の儒者であるが、血の気が多く、政争に巻き込まれ波乱に富んだ人生を送っている。若いころ、兄の崔章が村人に殺されたので、自ら刀を取ってあだ討ちし、逃亡したということからもその気性が分かろうというものである。(兄章、為州人所殺,援、手刃報仇,因亡命・会赦,帰家)

また、当時の儒者と言えば、礼に縛られた堅物との認識があるが、崔援はそういった羈絆を脱していた。それは66歳で臨終に臨んで息子達に次のように言ったことからも分かる。

『人というのは、天地の精気を受けて生まれ、死ねば骨は土に返るものだ。どこに葬っても同じだからわざわざ郷里まで運んで埋葬するなよ。また香典類は一切受け取るな。』息子達は、その遺言を忠実に守って、洛陽に埋葬した。
(年六十六・臨終,顧命子寔曰:「夫人稟天地之気以生,及其終也,帰精於天,還骨於地・何地不可臧形骸,勿帰郷里・其贈之物,羊豕之奠,一不得受・」寔奉遺令,遂留葬洛陽。)

こういったことがわざわざ書かれるとは、当時よほど人の注意を引いたということの証拠である、と私は考える。

さて、前置きが長くなったが、この崔援は文章も上手であれば、書も達筆であった。そして、当時の詩文の粋を集めた文選(巻28)に彼の『崔子玉座右銘』が載せられている。

この『座右銘』の出だしは、『無道人之短、無説己之長』(人の短を言うなかれ、己の長を説くなかれ)。
つまり、人を非難するな、自分の自慢をするな、という戒めである。よほど自制が効いていないと、どちらも私にはとても守れそうもない言葉である。
ジャンル:
ウェブログ
コメント (0) |  トラックバック (0) |  この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加 mixiチェック
« 沂風詠録:(第66回目)『国際人... | トップ | 希羅聚銘:(第42回目)『次々と... »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。