年長組奮闘紀行

後期高齢者の人生年長組員が勝手気ままに綴るほろほろ日誌

実兄の米寿会を開く

2017年06月15日 | 多摩ニュータウン点描

実兄の米寿会を3兄弟の夫婦6人が久しぶりに集まって祝った。兄弟の年齢は今年78歳~88歳、元気な奥方3人も、75歳~87歳になる。母親が93歳で亡くなったが、長寿の家系なのか、さまざまな病気を抱えながらも、ここまで長生きしてきたことにまず感謝の杯を交わした。実兄は料亭が用意した米寿の黄色いはんてんと帽子をかぶせられ、店の担当者が記念撮影のサービスまで演出し、全員を喜ばせた。

料理は和牛のシャブシャブだったが「こんな高級な牛肉初めて食べた」と嫁さんたちがはしゃいでいた。弟が作成した兄弟3人と奥方3人の年齢推移表によると、2年後には6人のうち3人が一緒に卒寿(90歳)、傘寿(80歳)、喜寿(77歳)を迎えることになる。来年は実兄の奥方が米寿を迎えるので、2年続けて祝宴を開こうと再会を誓って別れた。

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23年間続いたコラム終了

2017年06月13日 | コラム「ハロハロ」

マニラの邦字紙「マニラ新聞」では編集デスクが交代で執筆する「ハロハロ」というコラム欄がある。題材は筆者の自由で、中身はタガログ語でいう文字通りごじゃまぜのかき氷である。その23年間続いたコラム欄が先月で終了した。紙面拡充の一環として月曜版に設けられ、週1回、編集デスクが気ままに書き綴ってきた。昨年、退任するまで15年近くかかわっていただけに、終了を知ってちょっぴり懐かしさと寂しさが込み上げてきた。

最初のコラムは2002年11月に孫が通うマニラの「多国籍幼稚園」を取り上げていた。園児の国籍はフランス、ドイツ、アメリカなどさまざまだが、孫が2歳十カ月にして幼稚園では英語、自宅では日本語を使い分けているのを聞いてびっくした話を書いた。以後、1カ月1回のペースで書き綴り、保存ファイルを調べると、総計115本に上っていた。現職時代に書いたさまざまな部署でのコラムなども含めて、自分史の一コマとして冊子にまとめ記憶にとどめておきたい。

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平成生まれ初の関取2人

2017年06月01日 | フィリピン歳時記

大相撲の高安関(27)が大関に昇進した。伝達式で高安関は「大関の名に恥じぬよう正々堂々、精進します」と口上を述べ、喜びをかみしめた。この高安関の大関昇進の陰で、どうしても忘れられないもう一人の力士を思い出す。千賀の浦部屋の枡の山関(26)だ。平成22年11月の九州場所で高安関と一緒に十両に昇進、平成生まれの初めての関取として話題になった。2人とも母親がフィリピン人ということから、マニラの邦字新聞で取り上げようと、相撲協会に取材を申込み、枡の山関に会って1時間ばかり話を聞いたことがある。

枡の山関は両親が離婚したため、比の祖父母の家に一時、引っ越し苦労したが、相撲を取りたいの一念が通じ、06年5月に千賀の浦部屋に入門している。同部屋の床山、床千さんは枡の山関の実弟だが、「兄の大銀杏を結うのが夢だった。今度は入幕した兄の大銀杏を結う夢を実現させたい」と兄弟仲良く話していたことが忘れられない。平成24年名古屋場所では西前頭13枚目で敢闘賞を獲得しているが、その後はけがに悩まされた。高安関が大関に昇進した平成29年の夏場所では東序2段81枚目で4勝0敗3休場の成績に終わっている。元気で復活することを願っている。

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米寿を迎える兄の祝い会計画

2017年05月17日 | 家族

今年、米寿を迎える兄のお祝い会をしようと、兄弟3人が打ち合わせのため久しぶりに集まった。米寿など遠い先の話と思っていたが、弟が作成した兄弟3人と奥方3人の年齢推移表を見て、あらためて高齢者階層に突入していることを実感した。兄弟は今年78歳~88歳、元気な奥方たち3人も、75歳から87歳になる。2年後には6人のうち3人が卒寿(90歳)、傘寿(80歳)、喜寿(77歳)を一緒に迎えることも判明、打ち合わせ会は一段と盛り上がった。

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母親にあこがれている

2017年05月12日 | 多摩ニュータウン点描

ラジオ体操仲間の娘さんが多摩地域紙の人物紹介欄で取り上げらているのを見つけ、興味深く読んだ。娘さんは女子サッカー「なでしこジャパン」の元代表選手で、W杯とアテネ五輪にも出場した。W杯戦のテレビ解説などにも登場していたので、名前だけは知っていた。母親からもいろいろ聞いていたが、大きなけがとの戦いがあったことなどは知らなかった。いまは日本サッカー協会の「夢の教室」(ユメセン)で講師やアシスタントをして全国の小中学校を飛び回っているが、「母にあこがれている」というほどの孝行娘。「母親冥利に尽きるでしょう」と母親あてにショットメールを送って冷やかした。

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黄色の御衣黄桜が満開

2017年04月20日 | 多摩ニュータウン点描

ソメイヨシノが散った多摩市の鶴牧第2公園で1本だけある御衣黄(ぎょいこう)桜が満開になった。花事典によると、御衣黄の名前は花の色が高貴な貴族の衣裳の萌黄色(もえぎいろ)に近いところから名付けられたという。膨らんだ蕾(つぼみ)がはじけて最初は黄緑色の花びらが広がるが、間もなく黄色に変わる。最後は中心部が筋状に赤く染まるなど七変化しながら楽しませてくれる。

花は八重桜のように幾重にも盛り上がり、木枝に絡みつくように咲き乱れる。ピンク色の桜と違って、黄緑の桜もまた魅力的で美しい。造園当初は近くに何本かあったと言われているが、今はソメイヨシノと八重桜に囲まれたこの1本しか残っていない。

 御衣黄桜が満開(写真集)

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ハナモモが咲きそろった

2017年04月12日 | 多摩ニュータウン点描

集合住宅の敷地の一角に植えられたハナモモ(花桃)が鮮やかに咲きそろった。立ち性のピンク色の2本と白色の1本が一列に植えられており、ベランダから毎日、咲き具合を楽しんでいる。正直、この植物がハナモモと知ったのは最近のことだ。近くに住む植物通の仲間に鑑賞用のハナモモと教えてもらった。毎年咲いていたのだろうが、うかつにも見過ごしていた。

桃の木は食用の実モモと、花を楽しむ園芸種のハナモモの2種類があるという。桜と同じ時期に咲き、食用よりも花びらが大きく、八重桜に似ている。確かに花びらは桃の花にそっくりで、花色は濃く、桜より鮮やかだ。

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多摩・富士見通りの桜が満開

2017年04月10日 | 多摩ニュータウン点描

東京の満開宣言より少し遅くなったが、多摩市の宝野公園と奈良原公園の桜が前日の降雨にも耐え、きれいに咲きそろった。両公園は道路を挟んで両側に桜並木が広がり、中央の広い芝生からは白雪の富士山が中央に見渡せる。並木道は富士見通りとも呼ばれ、多くの花見客が訪れる多摩でも最大の桜スポット。毎朝、体操仲間が集まり富士山を眺めながらラジオ体操をしているが、今日はほんの一瞬しか姿を見せなかった。今夏のNHKラジオ体操中継会場にも選ばれている。

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桜開花、春がやってきた

2017年04月02日 | 多摩ニュータウン点描

交差点脇にある30年近い団地の桜が満開になった。生け垣のユキヤナギの花と共演するように白い花びらが青空いっぱいに広がった。集会所広場にある2本の桜も開花し始め、3~4日すれば満開になりそうだ。ようやく寒い冬を乗り越え、春がやってきた。この日は管理組合緑化委員会の定例作業日で、団地を囲むように植えられた生け垣のユキヤナギの補植作業が行われた。

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人生の旅支度そして断捨離

2017年03月22日 | 家族

88歳の米寿を迎える兄貴から突然、前触れもなく「人生の旅支度」とも受け取れる文書をもらった。エンディングノートを作成したことや、税金、保険、預金口座の暗証番号など諸々の変更手順を書き綴ったこと、身辺整理を実行して書籍や衣類などはすべて処分したことなどが、A4版5枚に綿綿と書かれていた。びっくりしたけど苦悩しながら手際良く、事を進める兄貴の性分にあらためて感心した。

断捨離は書籍や衣類など思い出があるものばかりだから、処分するには勇気 がいったとあった。特に20冊以上の家族写真はなかなか決断できず、かみさんにまかせるのがやっとだったという。そうだよなー。これはきついよ。わが家など決断できず、先延ばしが続いている。でも、これでは旅立てないと、兄貴の文書で目 が覚めた。残った子どもたちに余計な苦労を掛けたくないというのが兄貴の 一念だったのだろう。

かみさんの方は性格が正反対で、何でも仕舞い込む癖は変わらないと嘆く。惣菜についてくるからしやソースの小袋を使わないのに仕舞い込んでいる。ドレッサーや専用のロッカーは何が入っているか分からないが、ここは兄貴でも手が出せない。携帯やパソコンも使わず、テレビもほとんど見ない奥方を化石人と呼んでいるが、1人になった時の生活が心配だと書いていた。良き伴侶だったのだろうと、ちょっぴりうらやましい。

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防災訓練と講演会開催

2017年03月11日 | 多摩ニュータウン点描

東日本大震災から6年目の11日、当団地でも防災講演会開催と防災訓練が行われ、災害への備えを新たにした。講演会の講師は昨年に続いて桜美林大学準教授の根本康雄氏(地震学)。当団地を中心とした多摩地域で想定される強震動による被害予測とその対策について講演した。防災、減災を検討する上では、まず住んでる土地を知ることが重要で、古地形図などから地域の開発の歴史をしっかり把握することが大切と指摘。地震防災は「知っている」だけでは不十分と延べ、実際に行動に移せるように備えることが必要と訴えた。万能な防災マニュアルはないし、避難訓練だけしていれば良いわけではない、とも話した。

現在の建築基準法では震度6強から震度7程度の大規模地震が発生し家屋が壊れても、建物の住人は死傷しないことを目標に定められているという。「家屋が壊れることを前提に住人が死傷しなければ良い」としている。そのためにも地震防災には自助(自ら守る)はもちろん、互助(周囲の人同士)、共助(ボランティア組織など)、公助(公的機関)などの組織づくり欠かせないと説明。多摩市の災害拠点病院や消防車、救急車の台数、自衛隊が災害派遣された場合の宿営地など基本的な地域情報などを知ることが必要だとしている。

防災訓練では多摩消防署の協力で到着した起震車に交代で乗り込み、震度6の地震の揺れを体験した。

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団地の河津桜が満開

2017年02月22日 | 多摩ニュータウン点描

団地に植えられている1本の河津桜が満開になった。8年前に植えた時は3メートルにも満たない小さな苗木だったが、今では見上げるような大きな桜の木に成長した。春を告げる早咲きの桜として知られる河津桜は、開花期間が長く、1カ月近く咲き続ける。淡紅色の花びらが咲き競い、周囲の景色も明るく華やいでいく。寒空の中、ラジオ体操帰りに河津桜を愛(め)でながら、春到来を待ちわびている。

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初詣の高幡不動で大吉

2017年01月14日 | 多摩ニュータウン点描

寒波襲来の中、東京の高幡不動・金剛寺に初詣に行ってきた。例年通りお札を申し込み、護摩に立ち会った。この後、おみくじを引くと、2人とも「大吉」が出た。昨年に続いての「大吉」に今年も無難な年が過ごせるかと、希望がわく。

おみくじと言えば、2年前に友人が初詣の浅草寺で、4回も「凶」を引き当てた話を思い出す。1回目に「凶」が出たので、引き直したら、また「凶」。縁起が悪いと3度目の挑戦をしたところ、何とこれが、またまた「凶」と出た。「この野郎」と思って別のおみくじ売り場で4度目を引くと、これがまた「凶」。友人は今年も浅草寺に初詣に出掛けたが、4連続凶事件以降、おみくじには手を出さないと話していた。

ウエブで調べると、浅草寺は「凶」が出る確率が高いとあった。神社や寺などによって「凶」の割合はまちまちのようだが、浅草寺のおみくじは「凶」が30%を占めているらしい。3人に1人が「凶」を引き当てるというわけだ。

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孫たちと小山で初日の出

2017年01月01日 | 多摩ニュータウン点描

快晴に恵まれた今年の元旦。泊まりに来ていた孫2人と近くの公園の小山で初日の出を見る。多摩ニュータウンが造成された時に整備された丘のような小山だが、頂上からは多摩ニュータウンの町並みがぐるりと360度一望できる。初日の出の人出も年々増えて、頂上付近は多くの人波で埋まっていた。午前6時49分ごろ、はるか雲海のかなたから太陽が顔を出すと、歓声とシャッター音がこだました。

帰り際、小山から西の空を見ると、青空を背景に真っ白な富士山が陽光を受けて雄大な姿を見せていた。

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年末恒例の団地餅つき会

2016年12月26日 | 多摩ニュータウン点描

居住者有志による年末恒例の団地餅つき大会が集会所で開かれた。ノロウイルスが流行し、各地で餅つき会中止の動きも報道されているため、防疫対策に配慮しながらの開催になったが、早朝から40人近くが参加し、約5時間かけて30キロの餅米をつき上げた。作業後、特製けんちん汁などを囲んで懇親会が開かれ、酒を酌み交わしながら楽しく懇談した。当団地は167世帯が住むが、若いと思っていたら最長老にランクインされ、懇親会では乾杯の音頭を取る羽目になった。年輪の軋み、一入(ひとしお)の感だった。

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