沖永良部島・与論島の旅(16) 奄美の高倉


2009年9月10日(木曜日・晴れ

 つづき

 「戦後、昭和30年代までは島内に200棟以上もあった高倉は、40年代以降の水田転作事業によって激減し、さらに老朽化と屋根葺きの茅不足などで取り壊されて、現在では30棟程度になってしまった。残っている高倉も大山と歴史館の2棟以外はすべてトタンや瓦葺きの屋根となっている。
 出典:『沖永良部島100の素顔 もうひとつのガイドブック』
 沖永良部島100の素顔編集委員会編 東京農大出版会

 ↑写真は、その「大山と歴史館の2棟」のうち、大山の方です。昔からあるのではなく、昔の高倉を復元したものです。
 真中の細い階段を上がって、ほんの少しだけ中の様子を見ることが出来ました。もちろん、クーラーの効いた部屋よりは暑いものの、意外に涼しいです。これは茅葺き屋根の効用とのことです。その他、柱の上部にトタンを付けたりしてねずみの侵入を防いでいること、4本柱,6本柱,9本柱の高倉があり、柱の数の多さは身分の高さを現していたこと、などを教えてもらえました。

 こちらは、歴史館(和泊町歴史民俗資料館)の方の高倉です。運転手さんのおすすめで、資料館の中にも立ち寄りました。奥の作業室では、発掘された考古資料の整理作業を見せていただくことができました。

 1本の木から作った漁船。昔は、この船で遠洋漁業にも出たそうです。

 つづく

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