竜の郷あれこれ

龍ヶ崎市とその周辺の名勝、観光地、行事、身の回りのことなどを写真と文書により紹介しています。「シロの城」もご覧下さい。

白鳥

2012-01-29 14:19:37 | Weblog

 

  龍ヶ崎市の市の鳥の白鳥は、牛久沼を中心に、個人的に確認しただけでも24羽が定住している。

  そこへ冬季には、北方から渡ってきたオオハクチョウが加わっていっそう賑やかになっている。

 、初雪が降った 1月24日、牛久沼に行くと、、午前7時頃、オオハクチョウの群れが飛んできて、牛久沼の上空を3回ほど大きく回った後に、沖に着水した。

  着水すると泳いで餌場に来て、定住しているコブハクチョウや鵞鳥、カル額などと合流した。

  最近、定住しているコブハクチョウはあまり飛ばなくなったが、オオハクチョウは暗いうちに飛んで来るというので、後日、6時15分頃、沼へ見に行った。

  間もなく、まず、コブハクチョウのつがいが沖の方から泳いでやってきた。それぞれ、別のところに、ねぐらがあって、朝になると集まって来るらしい。

  6時20分頃、まだ暗い空をオオハクチョウの群れが飛んできた。雪の日にはいつもより遅く、普段はこの頃に来るらしい。

   沖に着水すると、泳いでやってきた。別行動のもいるので、この時は、5羽であるが、オオハクチョウは7羽来ている。灰色のは、まだ満1歳にならない若鳥であるが、延々数千キロを飛んで来たようだ。

  

  間もなく、いつも面倒を見ている人が現れて、餌などを与えたところ、いろいろな鳥が集まってきて、餌を取り合っていた。

 

 

  いつも牛久沼で、白鳥をビデオに記録している人もいる。

  沼に面した水辺公園には、早朝から散歩に来る人が何人もおり、途中で白鳥の様子を見にやって来る。 

 

  一方、牛久沼の根古屋川や5kmほど離れた旧小貝川にも、それぞれつがいの白鳥がおり、通りかかる人々を楽しませてたり、餌を貰ったりしている。

  次のは、旧小貝川に定住しているつがいのコブハクチョウで本年1月26日の様子である。まわりには、いつも取り巻きのオオバンがいる。昨年は、もうじき雛が生まれそうだった卵を、水位が上がって巣が水没して失ってしまったが、今年は無事生まれればと期待されている。

  なお、この時、1羽は、口から釣り糸らしき物を50cmくらい、垂らしているように見えた。確認しようとしたがはっきりとしなかった。周辺には釣りをする人が多く、2年ほど前にも白鳥が釣り糸で亡くなったそうである。そんなことにならねばと思う。

 

  次のは、2月2日、牛久沼へ流れ込む根古屋川に住み着いているつがいである。これは、牛久沼の給餌場に集まる他の白鳥とは交流せず、独自に生活しているが、昨年は6羽の子を育て上げ、子らは現在、給餌場を中心に生活している。 今年もまた、子供の誕生が期待されている。

 

  大きな白鳥は、近くへ行っても逃げないし、パンクズなどの餌をやると喜んで食べに来る。愛らしい隣人のようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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関取誕生

2012-01-20 17:13:13 | Weblog

  

  龍ヶ崎市に、大相撲の式秀部屋が創設されたのは、1992年4月であり、それ以来所属力士が稽古に励んできたが、本年1月の初場所を終了するにあたり、初の関取が誕生することになりそうである。

 幕下西三枚目の千昇関が5勝2敗の成績を収め、十両下位及び幕下上位の力士の成績分布をみると千昇関の十両昇進は確実と思われる。

 同部屋で、やはり十両を伺っていた、幕下東5枚目の潮光山関は、残念ながら3勝4敗に終わり、番付の下降は免れないが、次場所以降の昇進を目指すことになる。、

 部屋の式秀親方は、元大潮関であり、最高位小結まで上り、横綱の輪島、北の湖などから金星を奪ったこともあり、通算出場1891回は歴代1位、通算964勝は魁皇、千代の富士に次ぐ歴代3位であるなど、昭和の名力士であった。

 その式秀親方にしても関取を誕生させることはかなり難しいことのようで、部屋を開いて以来20年を要したことになる。

 現在、JR佐貫駅には、次のような横断幕が掲げられている。千昇関が、昨年末の九州場所で同じ幕下で、6勝1敗となり、同率の8人で優勝決定戦を行い、それを勝ち抜いて幕下優勝をしたことを示している。

 同じ横断幕には、今場所から大関になり、最も注目される日本人力士の 稀勢の里関も紹介されている。

 龍ヶ崎市内の松葉小学校、長山中学校の出身であり、鳴門部屋に属して、早くから大成を期待されていたが、ついに今場所から大関に昇進し、最高位までの昇進、優勝なども熱望されている。

 龍ヶ崎市民にとってわからないことは、 稀勢の里関が、大相撲入門までの長い年月を過ごした龍ヶ崎市でなく、「牛久市出身」として紹介されていることである。

 それでも、 稀勢の里関が活躍してくれることは、うれしいことであり、これからも応援していきたい。

 現在、松葉小学校では、 稀勢の里関への応援のエールが掲げられている。

稀勢の里関

 

横綱白鵬関と対戦

 

  大相撲が外国勢に席巻されているが、それを打ち破ってくれるのが、 稀勢の里関ではないかと、期待したい。

  結局、稀勢の里関は、新大関の初場所を11勝4敗で終えた。新大関としては、上々の成績と思われる。来場所は、取りこぼしを無くし、優勝を争って貰いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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どんど焼き2012

2012-01-17 03:09:26 | Weblog

  

  正月恒例の龍ヶ崎市松葉地区のどんど焼きが、1月15日(日)、松葉小学校の校庭で盛大に開かれ、老若男女の大勢で賑わった。

  11時30分、校庭中央に円錐状に積み上げられていた松、竹、正月飾りなどに点火され、どんど焼きが始まった。

 

どんど焼き始まる

  どんど焼きが燃えさかる周囲では、竹の中でお燗をした酒や、甘酒、ウーロン茶やジュース、豚汁などが振る舞われ、食べたり飲んだり、談笑しながら火が落ち着くのを待った。

竹でお燗した酒

豚汁が配られた

豚汁を食べながら、しばし談笑 

 高く積み上げられていた松竹なども、燃えるに従い徐々に崩れ、丸く広げられた。

  炭火状態になった頃、竹の先に付けた餅を火の上に差し出し、焼いた。周囲から沢山の竹が差し出されていた。ほどよく焼けたところで、今年の健康を祈ってそれを食べ、、午後1時頃にほぼ終了した。

最初は主に子供達が

最後は主に大人達が

  

  冬の楽しい行事が終わり、正月気分もここまでというところで、「今年も一年、元気でがんばるぞ」という、気持ちになった。

 

 

 

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初日の出2012

2012-01-04 10:19:02 | Weblog

  

  2012年(平成24年)は、明けたが、太陽はなかなか出なかった。日の出を見ることができたのは3日であった。

  広辞苑によると「初日の出」とは、「元旦の日の出」と書いてある。しかし、3日でも、初めての日の出なので、「初日の出」としておく。

  一般に、初日の出は、身近な見通しの良い所で見たいと思う。龍ヶ崎市では、そのような場所として、田園地帯、たつのこ山、牛久沼、小貝川、などがある。

  昨年の元旦は暗いうちから、たつのこ山へ行き、大勢の人たちと山頂で日の出を迎えた。今年の元旦はどうなったかと思い、元旦にはたつのこ山へ行こうと思っていたが、厚い雲で、見込みがないことがわかったので、今年はたつのこ山はやめにした。

  2日も早朝、曇っていたので日は出なかったが、3日は、日の出が望めそうなので、早朝から小貝川へ行った。6時55分頃、薄雲を分けるように日が出てきた。

 

竜宮通りから見た日の出前の東方市街地方面

 

小貝川堤防から見た東方

 

6時55分頃、日の出

河原から見ると

光跡が水面に伸びてきた

堤防上を散歩の人が行く

広々とした空

小貝川上流の水管橋方面

筑波山も見えていた

遅ればせながら、これで今年のスタートを切れたような気がした。

 

  帰途、近くの松葉小学校脇を通と、卒業生の新大関稀勢の里へのメッセージがあった 

 

 

 

 

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冬の牛久沼

2011-12-29 03:11:10 | Weblog

  年末も押し迫った12月28日、牛久沼へ行った。 この日は、夜明け前、薄雲があり、朝焼けが期待されたからである。期待通り、輝く太陽は出なかったが、ほんのりと空が染まり、静かな夜明けを迎えた。

 

6時40分頃、東の空がほんのりと色づいていた

 

鳥達も活動を始めた

 

徐々に明るくなってきた

 

6時50分頃、薄雲越しに太陽が出てきた

 

漁の船も出動した

 

同じ日の昼頃、また出かけて行った

この日、釣り人は少なかった。筑波山が見えていた。

薄く日光男体山が見えていた

餌をあげている人がおり、白鳥、鵞鳥、ユリカモメなどが集まっていた。

 

12月17日夕刻

東京スカイツリーが見えていた

 

富士山もくっきり見えていた

 

12月24日牛久側より

佐貫方面、右端は牛久沼大橋

 

 不鮮明であるが、鉄塔の右にライトアップされた東京スカイツリーが見えた。

なお、12月23〜25日に続いて、31日にもライトアップが行われたが、

条件が悪く、非常に見えにくかった。 次の機会を期待したい。

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餅つき2011

2011-12-23 13:16:29 | Weblog

  近隣合同の餅つき大海を12月23日に実施した。11世帯の家族が集まり、それぞれ役割を分担して、約2時間半で、3kgずつ、13臼をつき上げた。

  最近では、2007年2008年2009年2010年と、1984年以来、28年続く年末の恒例行事である。

  午後からは宴会、夜はカラオケで年末の一日を楽しんだ 

 

注目の初臼

順次交代で搗いた

 

国際的

最後のがんばり

 

  最初に餅つきを始めた頃、現役で若かった人たちも、年を重ねるに従い、高齢化し、餅つきも難しくなりつつあるが、転入してきた若い人たちも加わり、何とか続いている。今後もできる限り続けて行けたらと願っている。

 

 

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師走の朝の近隣散歩

2011-12-16 05:57:43 | Weblog

  

  このところ、早朝、シロと散歩に行ったり、カメラを持って、日の出頃の写真を撮ったりしている。

  次の写真は、最近何日間かに撮った写真を特に何のストーリーもなく並べたものである。

 

未明の龍ヶ崎ニュータウン北竜台地区

日の出近い小柴の風景

 

小柴から見た平台方面

 

国道6号線へ通じる大通り「白鳥通り」

 

田園地帯の日の出

  

 

佐貫駅から市街地方面への道「竜宮通り」

 

この頃赤い陽光を受けた馴柴小学校が燃えるように輝いていた

朝の自動車ラッシュが始まる

 

田園地帯から見た富士山

  

朝は、少し寒いが、歩いたり、自転車をこいでいるうちに温かくなり、気持ちがよくなる。

 

 

 

 

 

 

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イガッペ市

2011-11-25 04:59:36 | Weblog

  

  龍ヶ崎市の商業祭り「イガッペ市」が、勤労感謝の11月23日、市の中心街で盛大に繰り広げられた。

 普段、どうも元気がないように感じられる市街も、この日ばかりは大にぎわいで、一年で一番ではないかと、思われるほどであった。子供から大人まで、それぞれの楽しみを持って集まって来ているようだった。

 街頭のいたるところで、いろいろな見せ物や、余興、ゲームなどが行われ、沢山の露店が並び、広場でも、食の祭典とかミニ上棟式、コンテストなどが行われていた。

 それぞれに店先にも、いつもとは異なる商品なども並べられていた。

 写真展、発明展、吊るし雛展などの展示もあった。午前中に、パレードなどがあったらしいが、出かけるのが遅かったので、見ることはできなかった。

 

ポスター

 

通りに繰り出した人々

太鼓演奏の熱演

SLもセットされた

食の祭典

広場に集まった人々 : 食べたり、見たり

 

沢山の全国各地の食べ物店が集結し、それぞれ長い列ができた

  

 

B級グルメ日本一になった富士宮焼きそばが一番人気のようだった

(12月9日に神宮外苑の銀杏祭りで食べたがおいしかった)

 

長い時間待つわけにはいかず、中くらいの混雑の店に並んだ

横須賀海軍カレー500円、 まずまずであった

 

竜ヶ崎鉄道111年 「撮り鉄」達でにぎわった

 

  市街地が、本日のように、いつも賑わうことを願いたい。

 

 

 

 

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文化芸術フエステイバル

2011-11-16 05:04:59 | Weblog

  龍ヶ崎市の第20回市民文化芸術フエステイバルは11月2日〜23日、龍ヶ崎文化会館、歴史民俗資料館、中央図書館などで開かれ、踊りや音楽などの発表会、絵画、写真などの展示会が行われる。

 

  11月15日は、写真の展示作業が行われ、16日〜20日に展示公開された。

  洋らん展は11月18〜20日に行われていた。

  20日に大ホールでは、芸能祭として、日本舞踊が行われていた。

竜音祭  23日

サウンド・プリーズ

 

鼓舞太鼓

合唱

竜ヶ崎混声合唱団 (竜ヶ崎最多メンバー)

女声合唱団きんもくせい

RLC(竜ヶ崎女声合唱団)

  

  世の中、いろいろと解決しなければならない頭痛の種が充満しているが、たまには、市民の文化芸術活動にも目をとめて、心を落ち着かせたいものである。

 

 

 

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コミュニテイセンター

2011-11-10 14:48:40 | Weblog

  

  最近、龍ヶ崎市では、公民館は、コミュニテイセンターという呼び方に統一された。

  慣れていない者にとっては、言いにくくて参る。片仮名で書くにも間違えそうである。公民館の方が、いいやすいのにと思うが、それでは不都合があったのであろうか。

  コミュニテイセンターは、いろいろと使われているが、私どもの写真クラブも、毎月例会を開いている。

  1カ月前から予約できるようになっている。 12月10日の予約のため、11月10日朝、開館前から玄関に並んだ。

  先着順であるから、他のグループに先を越されると、予定の日時に使えなくなってしまう。このところ、2回ほど、そんなことがあったので、早めの7時頃に行った。

  行った時は誰も居ず、その後、7時半頃一人、8時頃一人、さらにその後、二人来た。互いに予約内容を聞き合った。種類の異なる3〜4部屋があり、曜日や時間帯の選択肢があるので、何とか折り合えることを確認した後、談笑しながら時間を待った。

  定刻の9時より早く、8時半頃、館長さんが来て、開いてくれるので、早めに手続きをして、予約を完了した。

  待っている間に、玄関あたりから見える風景を写真を撮ったので、以下に紹介する。

 

松葉コミュニテイセンターの外観

 

 

前の一角にはお花畑があり、いつも面倒を見ている人がいる

 

200mくらいの遊歩道が横を通っており、途中に児童公園がある。

原付以上の乗物は入れないので、散歩道になっている

 

  玄関前に、最寄りのJR佐貫駅へ行くバスの停留所がある。

  6時頃の始発で始まり、朝の7時台には、6本くらいあり、佐貫駅発の上り電車も同程度あるが、8〜9時台には反動で、半分以下になり、とたんに不便になる。

  7時45分頃になると、小学生が一列になったり、談笑しながら、登校するするのが見られる。朝は、揃って行くが、下校はまちまちである。終りが同じくはないので、やむをえないが、問題が起こりやすいのは、むしろ下校時と思われるので、矛盾を感じる。

黄色い帽子をかぶって登校する子供達の光景は、なかなか微笑ましい。

知らない人に会っても自分から挨拶する。

 

近くの家の庭先には秋桜とススキがあって、秋の風情を感じる。

 

  周囲を眺めたり、談笑しているうちのに、一時間くらいはすぐ経ってしまった。

 

 

 

 

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秋進む

2011-10-30 11:04:34 | Weblog

  

  10月になっても真夏日が残るという異常気象の夏もようやく終わり、朝夕、少しずつ冷え込むようになってきた。

  10月28日朝、近隣を自転車で回ってみた。寒からず、暑からずで、一年で最も過ごしやすい季節のような気がする。

  台風や暑さで痛めつけられたのか、今年はあまりいい紅葉は期待できないのではないかと、思われた。

 

農家の先の柿の実が色づいた

 

北竜台公園の木々も少しずつ葉を落としている

 

コスモスや女郎花が秋の風情を保っている

 

犬を連れて集まる人の服装も晩秋風になってきた

  チョッキのようなものを着た犬が多くなった。

 

  今回、写真に登場している方々には、掲載について承諾をいただいておりません。承諾頂けない方はコメントにその旨記入して頂けましたら、直ちに削除いたします。

 

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文化祭

2011-10-07 18:37:40 | Weblog

 

  松葉コミュニテイセンター(松葉公民館)の文化祭は、10月8〜10日に開かれ、8,9日は、展示、体験コーナー、スポーツ教室、フリーマーケットなどが開かれ、10日はコーラスや舞踊、フラダンスなどの発表会が開かれる。

  我々の写真展も参加しており、7日午後、全員で参加して、設営、展示などの作業をして、完了したので、後は、観客が多く訪れてくれるのを待つばかりである。

 

松葉コミュニテイセンター玄関

 

 

  写真展示風景

 

公開後は大勢の人が見に来てくれた

 

 

 絵画展、俳句展、墨絵展なども開けれていた

 絵手紙の体験教室も開かれていた

小中学生作品展

輪投げ

スポーツ吹き矢

   これは文化祭とは関係ないが、個人的なことであるが、なぜ「公民館」が「コミュニテイセンター」と呼ばれるようになったのかは知らないし、なぜ、変更しなければならなかったのかも知らない。

  コミュニテイセンターというのは、何と呼びにくい言葉であることか。時々、コミニュテイセンターなどといったりして、どっちだったかわからなくなり、確認したりする。

  若者はどう思うかしらないが、とにかく、年寄りには呼びにくい名前である。公民館ならば、いつでも、考えないでいえるが、コミュニテイセンターはそうはいかない。いいにくいコミュニテイセンターから足が遠のかなければいいが、と思っている。

 

  今回、写真に登場している方々には、掲載について承諾をいただいておりません。承諾頂けない方はコメントにその旨記入して頂けましたら、直ちに削除いたします。

 

 

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2011白鳥

2011-10-05 15:14:18 | Weblog

  

  白鳥は、龍ヶ崎市の「市の鳥」であり、牛久沼を中心に、その支流、小貝川への河口、旧小貝川などに20〜30羽程度定住している。

  そのうち、今年新たに生まれて育ったのは、根古屋川河口付近のつがいに生まれた6羽であった、。生まれたのは5月上旬のようであり、親子8羽で暮らしていたが、うち5羽を保護して、もっと安全な給餌場に移した。10月現在元気に成長している。

  残った1羽は親と一緒にいたが、9月下旬ころ親離れして、独立していったそうである。

 

根古屋川河口付近の親子

子5羽は給餌場に移され、元気に餌を啄んでいる

10月初旬、子はほとんど成鳥くらいになった

白鳥は、熱心な人たちに面倒をみて貰っている

また、白鳥を見に来る人も多い

その後も、根古屋川のつがいは、仲睦まじい。こちらにも見に来る人は絶えない。

 

  一方、昨年4羽の子を育てた(途中で1羽は事故で死亡)旧小貝川のつがい、今年も期待されたが、沼の中程の芦の枯れ草の浮島で3週間程度抱卵して、間もなく子が生まれそうだったが、4月下旬、沼の水位が上がり、卵が水没して、孵ることはなかった。本当に残念だった。

  その後もつがいは仲良く暮らしているので、来年を期待したい。しかし、天敵から守るのに適した水上は、今回のような水没の危険があり、安全で沈まない巣ができればいいが、中州のようなところもないので、どうするか心配ではある。

 

4月の2〜3週間はこのようなところで卵を暖めているようであったが水位上昇で水没

この写真は水没近い頃の巣の状況であるが、

結果から考えると、この巣は水の上にやっと浮いているように見える

その後も、つがいは仲良く暮らしている

 

 ゆったりと泳ぐ白鳥は、近づいても逃げることもなく、人の心を癒してくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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台風一過

2011-09-23 13:55:08 | Weblog

  

  強い台風15号は、9月21日午後、発達しながら関東地方から東北地方へ縦断して行った。これまで、もっと強い台風は何度も日本を襲ったが、上陸すると衰えるものが多く、このところ、関東地方を強力な台風が襲うことはなく、関東地方としては、数十年来最強であったと思われる。

  夜半には風もやみ、翌日は台風一過の清々しい朝を迎えた。しかし、大きな川では、降雨から、半日〜1日くらい経ってから増水することが多いので、様子を見るため、小貝川へ行った。、多少の増水はしていたが、心配するほどではないようだった。

 

5時半頃、東の地平線の上に日が出てきた

 

その頃、近くの人たちが堤の上を散歩していた

 

やがて、青い空に鱗雲が広がった

 川面にも雲が広がっていた

 

ほとんどの水田は収穫を終えていたが、大雨で水浸しになっていた

まだのところは、しばらく収穫は難しそうであった

 

小貝川の堤の上からは、澄んだ空気を通して遠くの山などが見えた

筑波山

 

日光連山、左に高く見える山は男体山

 

 

富士山

東京スカイツリー、634m

寒くなるともっと鮮明に見える

 

旧小貝川の白鳥の夫婦、今年は卵を孵せなくて残念だった

 

田の水たまりにはシラサギもいた

 

これで残暑も終わり、清々しい秋に入ったように思われる。

龍ヶ崎から、富士山や東京スカイツリーを見たのは、

今シーズンでは初めてである。

これからは、もっと度々、もっと鮮明に見えると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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朝の北竜台公園

2011-09-19 11:02:32 | Weblog

 

  犬をペットとして飼う人は多いが、毎日、散歩をさせることが大事である。犬のためにも必要であるが、飼い主の定期的な運動にもなる。

  近隣では、遊歩道や車道に沿った歩道などを歩く人が多いが、公園へ行き、やはり散歩に来ている人たちと懇談することも多い。それぞれの公園には、その近隣の人が来るが、快適な公園には、少々遠くてもやってくる。

  北竜台公園には、朝6時半から7時半頃まで、三々五々集まって、その後、順次帰っていくようであるが、近隣では、よく集まる方である。

  9月18日の日曜日は、清々しくて、やはり、平日よりも多くの人が集まり、犬談義に花を咲かせていた。

  犬は、大小様々であるが、吠えたりけんかすることもなく、談笑に付き合っていた。

  出てくる名前は、ほとんど犬の名前ばかりで、人の名前はほとんど出てこない。そのため、特に昵懇にならない限りは、どこの誰かもわからない。

 

 

 

 

やがて、それぞれの方角へ帰って行った。

 

  

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