宝島のチュー太郎

酒屋なのだが、迷バーテンダーでもある、
燗酒大好きオヤジの妄想的随想録

嵐山

2006年11月26日 | 追憶
今朝の店出し時にFM放送から懐かしい歌が流れた。
それは、日本人の女性がカバーしたものだが、本歌は、ビリー・ジョエルの「オネスティー」である。

「匂い」の次に当時を彷彿とさせるファクターに、「音楽」がある。
今朝のその瞬間、私は見事にタイムスリップしてしまった。


大学生だった頃、立命館に進学した友人が嵐山に住んでいて、私は帰省Uターンの折りに、何度かその友人と同行し、新幹線を京都駅で降り、そこに泊めてもらったことがある。

京阪神の大学より、東京の方が、休みの時期が後へずれ込む。
だから、その頃にはほとんどの京阪神在住の友人は大学へ戻っている。
そこで、その嵐山の友人から京阪神在住の友人達に招集が掛かる。
中には、神戸から駆けつける友人もいる。
そして、そこの共同炊事場で宴会の準備をする。
メニューは何故かいつも決まってすき焼き。

すっかり関西弁になった者、私の様に、新居浜の友人とは、どこにいようが新居浜弁で話す者、それぞれが近況を報告しあう。
そういえば、当時の私は東京で知り合った友人とは東京弁でしゃべっていたし、その使い分けに不便を感じたことはなかったものだが、今たまに当時の友人と話すと、うまく東京弁にならない。
だから新居浜弁で話すのだが、やはり、環境というものは人に大きな影響を与える様である。

あるとき、春だったと思うが、宴会の翌日をその友人と京都観光をして過ごしたことがある。
観光名所故に貸し自転車屋があって、それを利用して各所を巡った。
嵐山から竹林を抜けた、比較的近いところに、太秦映画村がある。
何箇所か巡った中で記憶に残っているのは、勿論、渡月橋から始まって、その竹林、太秦映画村、銀閣寺、そして、その銀閣寺にほど近い喫茶店。

総板張りの店内はとても落ち着いて、私の琴線に触れた。
実は「WoodyBarチュー太郎」のデザインの発想に影響を与えた店のひとつがここなのである。

そして、そこで流れていたのが件の「オネスティー」なのである。


まだ自由でいい加減で(それは今でも)、根拠のない自信に溢れていた危なっかしくて、頼りなくて、感覚だけで生きていた頃のこと。


でも、あの頃があったから今があるのだし、なくても中年には確実になるんだけど、どっちが?と考えれば、間違いなくあって良かったんだと思っている・・・








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4 コメント

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Unknown (たまご)
2006-11-26 12:13:27
嵐山から太秦映画村まではかなりの距離があると思いますが。。またチャリンコで銀閣寺までもかなり遠いですが。。金閣寺ではないのでしょうか?
まぁどっちでもいいことだけれど。。(笑)
そう? (チュー太郎)
2006-11-26 12:36:01
太秦は意外に近いと感じたなあ。

金閣寺は中学の修学旅行で行ったことがあるから銀閣寺にしたことも、当時の景色も覚えているから、それは間違いないと思う。

それだけ元気で若かったということかなあ。
当時は30kmくらいは平気で走ってたからね。
新居浜、伊予三島間の往復だとそれ以上かも?だけど、時々やってたなあ。
銀閣近くの喫茶店 (yuni)
2006-11-26 21:08:38
私も心に残る喫茶店がありました。ZIG ZAG?だったかな?そことは違うよね?
>yuniさん (チュー太郎)
2006-11-27 08:33:12
店名はまるっきり覚えておりません。
総板張りの小さなお店だったように思います。
そこのカウンターに引っ掛かって珈琲を飲みました。
そのときに流れたのが「オネスティー」でした。

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