宝島のチュー太郎

酒屋なのだが、迷バーテンダーでもある、
燗酒大好きオヤジの妄想的随想録

食餌ではなく

2016年11月12日 | 徒然

 「しょくじ」は、食事とも食餌とも書く。
その違いは?

食事は広義で、食餌は狭義、多分。
恐らくは、「愉しむ、嗜好」も含んだものが食事。
方や、餌(エサ)を摂るという意味の隠(こも)った、「生存」の為のものが食餌なのだろう。

 最近私は、出来れば食餌ではなく食事をしたいと思っている。
なので、満遍なく食べるとか、バランスの良い献立なんぞには見向きもしない。

食いたいときが美味いときだと考えている。


 そこで問題なのが、「愉しむ」が全てになってくると、その量が増えるであろうこと。
出来るならば、食欲をコントロールしながら、食う喜びを噛みしめたい。

最近知った「不食」という思想。
人は食わなくても生きていける、というそのコペ転的発想に唸ったものだ。
そしていつもの事ながら、自分なりの実験。

その結果、「私は食わなければ生きていけない」と感じた。
ただ、「食う」ことには、「惰性」や「逃避」も含まれているということも実感する

例えば煙草。
私は別段禁煙主義ではない。
美味いと感じるものを吸って何が悪い、と考える質(たち)だ。
それによって健康を害そうが、確信犯なら結構じゃないか。
ただ、惰性で美味くない煙草を吸う自分は大嫌い。
で、この惰性が、喫煙習慣の大半を占めているように思っている。
なので、普段は吸わない。
ホントに吸いたいときだけ吸う。
そのコントロールが出来ないなら、ずっと吸わないでおこう。
そんな風にも考えている。


閑話休題


 いかんいかん、またハナシが逸れた、悪い癖だ。
今、結論への渡り廊下の書き出しを考えている。



 そうした実験から行き着いたのが、一日一食(夕食)という習慣。
意識一つで、それは可能だし、習慣化も出来そうだ。

ただ、私の場合はまだ過渡期。
ちょっと風邪気味だったりバテ気味なときは昼食を摂ることもある。
また、休みたいときもそう。
昼食という愉しいことに逃げる。

でまたこれが惰性に陥る。
我ながら意志が弱い。

 しかし、最近の食生活の変化によって、明らかに胃が縮小した感じがする。
昼食を摂ると胃が重い。
その意識が「食い過ぎ」に対するブレーキにもなるようだ。




 実は、当初、ここから書き出そうと思っていたことをようやく書く。

では・・・



 ユニクロって、その開発ベースというか、顧客対象は若者だよね。
ちょっと油断してサイズの細かい部分を確認しないで取り寄せると失敗する。
それは、カラーシャツ(襟ありのこと)だったりTシャツだったり。
そいつの、袖が長かったり着丈が短かったり、胸回りがツンツンだったり。
要するに、中年(おっと老年と言わねばならんか?)小太りの体型ではみっともない状態になるということ。

 もう5年くらい前になるだろうか?
「チュー太郎」の冬の仕事着用にうってつけのベストを見つけて取り寄せたことがある。
よせばいいのに色違いで2着。

ウールのそれは、ブレザーの下にも着込めるような、伸びない素材。
なんと、前ボタンを締めるとパッツンパッツン。
「こんなんじゃ仕事にならない」と放置。


 それが、昨晩試しに着てみると「なんということでしょう!」な状態に。
やっぱ、少し痩せてたんだね。

これで、緩んだタガをまた締め直す気になった。
それまでは、「食わないで痩せたって貧相になるだけ」なんて言い訳が脳裏を浮遊してたが、そいつがまた「逃げの言い訳」だったことに気付く。
(痩せたくて始めた訳じゃない不食実験だったけど、実際痩せてみると欲が・・・)
貧相な体型になりたくなきゃ、鍛えりゃいい。


 そんな風に思った、というハナシ。
ツイッター140文字に納められる内容が、これだけ時間を食った。
まあ、久しぶりの作文なので、「それもよし」としよう・・・






けふの一葉
 ほったらかしの庭の草。
これ、ヨモギだよねえ。
食えるよねえ・・・




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