この世界の片隅に

2017-02-28 08:41:18 | 映画、本
映画「この世界の片隅に」を観ました。
原作は、こうの史江さんのマンガですね。わたしは生まれながらのオタク(やめたくてもやめられない)なのですが、こうのさんの作品は読んだことがありませんでした。
大東亜戦争の話、呉の話、という知識しかないまま、映画を見ました。

大東亜戦争の話は、ほとんど自動的に泣く私ですが、映画の冒頭から胸を突かれました。
戦前の広島の中心街の街並みが、美しく描かれていたからです。
私たちは、緑の屋根の建物が原爆ドームになったことや、賑やかな商店街、楽しそうに歩いている人々・・・この全てが一瞬で吹き飛び、焼けたことを知っています。
主人公のすずが育った、広島郊外の豊かな自然、嫁ぎ先の呉の街並み。
どれも二度とは還らぬ美しい日本です。わたしが憧れてやまない戦前の日本です。やがて起こる悲劇を知らない、最後の世代の日本人。
これが泣かずにいられるでしょうか・・・。

でも、この作品は意図的に「泣かせるためのシーン」を削除していて、大東亜戦争への思い入れや知識がない人は、泣かないんじゃないかな、と思います。
戦争が進むにつれ、登場人物たちは身内を順々に亡くしていくんですが、表立って嘆き悲しむ人は、ほとんどいません。
また、起こる悲劇の多くは、直接的な描写はギリギリまで削られていて、日付や、暗示的なショットで示されます。
(そのため歴史を知らない子供には難しく、意味がわからないと思います。)

原作者のこうのさんが、この物語で、戦争の悲惨さをことさらに強調し、泣かせることを避けたことは明らかです。
言語を絶した悲劇を、お涙頂戴の安易なものとして描きたくなかったのもあるのでしょうが、原作者は、戦時下であっても、空襲警報が鳴っていないときは、人々はそれなりに「ふつうに」毎日を過ごしていただろうし、ふつうに日常のルーティンワークをこなしていただろうと考えていて、この物語でそういう風景を描きたかったんだと思います。

とはいえ、身内を亡くす人々があっさりとしすぎているところは、わたしは、少し違和感はありました。
親や息子や孫、、、ごく近しい家族を失くしたとき、戦時下でもあんなに誰もがあっさりしていたとはなかなか思えませんが。。。

でもその結果として、かえって直接描写されない空襲や原爆の恐怖、不気味さを、強く想像させます。
登場人物たちが、誰にも見えないところで深く嘆いているのではないか、とも思わせます。
空襲下の日常を淡々と丁寧に描くことで、充分にあの大戦の悲劇が伝わってきます。

驚いたのは、戦艦があんなに出てくると思っていませんでした。
すずは、呉の高台にあるおうちに嫁ぐので、戦艦が出てくるのは当たり前といえば、そうなのですが、、、。
呉の軍港に停泊する日本海軍の戦艦たち。
大和、武蔵、利根、青葉・・・どれも終戦までに撃沈、大破した艦です。
それが無傷で元気に動いているのですから、このへんから私はずっと泣いていました。

あとで調べたところ、監督は呉の軍港にいつ、どの戦艦が停泊していたかをきちんと調べたそうで、史実に基づくそうです。
旧日本海軍の戦艦への敬意があるというか、ただの背景としておざなりに扱わないでくれたことを嬉しく思いました。
さまざまな意見はあるでしょうが、日本海軍の人たち、戦中の日本人は、自国の戦艦を誇りに思っていたし、大切に思っていたと思うのです。

それから、呉の大空襲のときの、空の描写は刮目で、おそらくこの作品の最も優れたショットです。
あの一枚の描写だけで、この映画を見る価値があると思いました。

終盤はやや難解でした。
8月15日にラジオで終戦の詔を聞き、すずが慟哭しながら憤るときのセリフは唐突な印象で、言いたいことがつかめませんでした。
幼馴染の水原哲や、白木りんについての描写も、わかりづらいです。
なので原作の漫画を買って読んでみまして。
わかったことは、原作がそもそも難解なんですねー。原作がうまく処理できてないので、映画でもどうしようもなかったということでしょう。
こうの史江さんが、終盤を描くのにかなり苦悩したらしいことが、察せられます。

大東亜戦争とはなんだったのか。
日本の正義を、どう考えればよかったのか。
失った命について、大勢の人が味わった苦しみについて、誰を責めればよかったのか。

この物語を締めくくるとき、そこを避けてはいられなかったけれど、こうのさん自身にも答えが出なかったのかな、と思います。
終盤まで、主人公も周囲の人々も、誰もそういったことへの思索をしないので、唐突感もあります。
そこを突き詰めていれば、他作の追いつきがたいレベルの作品になったと思いますが・・・。
でも、非常にレベルの高いアニメで、嬉しかったです。

「この世界の片隅に」「君の名は」を見てわかるとおり、日本のアニメの水準は、今は間違いなく世界一です。
「君の名は」については、絵の美しさが比類なく、この美しさを超えるアニメは今後も出ないと思いますが、ストーリーが幼稚で底が浅く、大衆受けを狙っているのがあからさまで、私はがっかりしてしまいましたが。
(新海誠監督はおっさんですが、中学生の少女みたいな感性なんですよね。リリカルで、あまりに感傷的で繊細。ある意味、希少動物なのかもしれませんが、いい年で成熟しない大人は見苦しく、今後は厳しいものを感じます。)

でも数年以内に、中国や東南アジアの国々に追い抜かれると思います。日本のアニメは売れなくなり、代わりに、それらの国々のアニメが世界的にヒットし始めるでしょう。
仕方ないことかもしれませんが、残念です。

シャープに続き、東芝の失態にも同じ「たそがれ感」があります。
日本の経済力の主力は、つまるところ家電と自動車です。今や家電は失われ、自動車だけが残っています。
日本を代表する家電メーカー、シャープと東芝の凋落は、単なる一企業の失敗ではないことは明らかで、日本という国の経済力そのものが、いままさに凋落していってることを、如実に表しています。
日本の国力が落ちていくさまを見るのは、つらいです。
そして、それについて日本人の反応が妙に薄いのを残念に思います。諦めているというか、慣れてしまったというか、、、盛り返す機運が見えないです。

有能でもない、しがないサラリーマンのわたしには、何もできませんが。。。

信じるというのも虚しく、負け犬の遠吠えに聞こえるでしょうけれども。
それでも、天皇崇拝と神道がある日本は特別な国。
ほかのどんな国も、日本になることはできない。日本に代わる国はどこにもない。
国の興隆と滅亡のルールは、他国はいざ知らず、日本にだけは当てはまらない。
日本の古い精神が復活するとき、日本にまた日が昇ることを祈りつつ。
























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この国とともに

2017-02-22 07:50:38 | 日記
トランプ政権がスタートして一ヶ月しか経っていませんが、危機感を感じています。

でも、アメリカ版朝日新聞のCNNや、アメリカ版民進党の民主党が叫んでいる意味の危機感ではないです。
彼らの、トランプ政権は民主主義と人権の危機!アメリカという国の基盤の危機!という主張には、あーそうかもね、と思いますが。
自由、平等、移民歓迎、多民族に寛容、どんな国の出身者でも等しくアメリカンドリームを実現できるチャンスがある、というのが、アメリカという国のアイデンティティですもんね。
でも、それって、安全と命よりだいじなものなの?と思いますが。

私は保守なので、移民反対政策には賛成しますし、リベラル派の主張する自由や平等、民族博愛には、おおいに疑いを抱いています。
おそらく真の意味の平等とは、一見不平等にみえること、差別ではない「区別」を容認できるものだと思います。
一見不平等にみえるものも、真実を知ればそうではないことがある。天皇制はその最たるものでしょう。
差別ではない区別は、男女の違いのようなもののことです。自然に異なるものを、おおらかに違うものとして扱うことです。

でもリベラルは、ほんのわずかも平等にみえないことがあると、魔女狩りのように糾弾する。重箱のスミをどこまでもつつく。
平等原理主義者です。
それは、リベラルが国家主義を糾弾するときの常套句、「全体主義」と何が違うのでしょう?
全体主義とは、一つの意見だけが正しいとして国民全員に押し付け、異なる意見を認めない態度のことです。異なる意見を執拗に魔女狩りすることです。

アメリカでは何年か前から、「メリークリスマス」と言うことができなくなったと、ケント・ギルバートさんが言ってました。キリスト教徒ではない人がいるから、配慮に欠けるからだそうです。
ひとは際限なく少数派の意見を汲み取り、細心の配慮をしなければいけないのでしょうか?
そんなものが平等でしょうか? 民族博愛でしょうか?

いまの人間の精神レベルでは、真の平等の実現は無理なのだと、私は思っています。

それにしても、CNNの偏向報道はひどいですね。トランプ叩きは、他人の国なので好きにやればいいと思いますが、慰安婦像を作成している韓国人夫婦のインタビュー記事には、萎えました。
あの韓国人夫婦は、おそらく北朝鮮と中国から支援を得て、反日活動をしている人物です。そんな胡散臭い人の主張を、そのまま掲載するなんて、CNNは取材能力がないか、中国の回し者なのでしょうか。
でも、日本以外の国でも、マスメディアのひどさは同じなんだとわかって、わたしは皮肉にも、少しホッとしてしまいました。

トランプ政権の話に戻ると、私の危機感というのは、政権の脆弱性による、アメリカの分裂と内紛です。
現状でもすでに、アメリカは国が二つに分かれて争っている状態で、内紛に近いです。
トランプ政権は分裂をわざと煽っていたので、反対派を強引に抑える算段があってやっているのかと思って見ていました。
でも、一ヶ月みていて、この分裂を抑える手立てがあるように思えず。
この分裂が決定的な事態となり、トランプ大統領が短命で終わる可能性ーーーたとえば暗殺、あるいは、日経の記事に出ていたような合法的クーデターが起きる可能性は、それなりに高いと認識をあらためました。
そのような事態になったとき、一時的とはいえ、米軍が日本の安全保障に構っていられない状態になることを、とても危惧しています。

もう一つは、アメリカで起こる天災です。
こんな内紛状態で、もしアメリカでハリケーン、地震など大規模な天災が起きたら、アメリカは大混乱になり、国家機能がマヒするかもしれません。
そのとき、日本の安全保障にスキができてしまいます。
中国がその機会を逃すとは思えません。
これは、トランプ政権が短命で終わるケースより恐ろしいです。日本が最も恐れるべきシナリオだと思います。

自衛隊は、米軍の支援なしに、単独で中国軍と相対したとき、何日もつのでしょうか?
私は自衛隊に幻想を持っていません。
自衛隊のおひとりおひとりは真面目で、能力も高く、士気も高いことは疑ってません。
でも日中の兵力差を思います。
自衛隊は、ごく短期的な局地戦では勝てるでしょうが。長引く総力戦では、もう全く、中国軍の相手にならないように思います。

そもそも自衛隊は70年以上、戦場に立ったことのない軍隊で、中国軍はどこかしらで常に戦ってきた軍隊です。
有事が現実になったとき、自衛隊が想像以上に弱いかもしれないことは、想定しておいたほうがいいと思います。
自衛隊は、世界トップクラスの兵力を持ち、あちこちの戦場で戦ってきた旧日本軍とは違うのです。とても残念ながら。

Newspickのコメントで、アメリカのクーデターやトランプ暗殺を望む意見を見ました。
日本人が日本の安全保障に、いかに無知で無関心かを、まざまざと感じました。
アメリカの危機は、そのまま自分の命、家族の命に直結することなのに。

こんな国は滅んでも仕方ないのかもしれないと、わたしはときどき思ってしまうのです。
私たち日本人には、生き残る資格があるのかと。
野生の世界では、生き残る努力をしない生物に、生きる資格がありません。
少なくとも中国は、身勝手で忌むべきやり方ではあるけど、世界の厳しい現実を見て、貪欲に生き残る努力をしています。
それを思うと、日本人が駆逐されても、文句を言えないのではないかと、思ってしまうのです。

わたしは、日本の運命は、わたし自身の運命として受け止めたいな、と思っています。
わたしは日本に日本人として生まれ、この国に守られ、沢山のものを与えられて育ちました。
日本以外に住みたいとは、みじんも思いません。天皇陛下のいらっしゃらない国に、私は住みたいと思いません。
この国がお花畑のまま滅びるならば、仕方ない、と思っています。
ただ、その時になって、こんなことになるなんてと驚くのではなく、覚悟はしていたいな、とは思っています。


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願うこと

2017-02-16 08:04:33 | 日記
自衛隊にがんじがらめにかけられている様々な足枷、そのことが原因で自衛隊員が死ぬ事になったら、と最近よく考えます。
それらの足枷がなければ、死なずにすんだ人が出たら。
わたしは、そんな事態を招いた、この日本のお花畑たちを許せるだろうか。

2017年に入ってから、雰囲気ががらりと変わった気がします。
未来は未定で、人の努力で変えられるものです。でもあと数年後に、規模の大小はわかりませんが、戦争が起こるかも、という気配をはっきり感じるようになった、と思います。
可能性の高い場所は、中東と東アジアでしょう…。
東アジアで有事があれば、自衛隊は、旧日本軍と同じように、日本を命がけで守ろうとするでしょう。

事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえる。

これは、自衛隊に入隊するときに誓うことば。
彼らがまっとうな戦闘を行って命を落とすならともかく。
専守防衛の名の下に先制攻撃を封じられ、弾ひとつ、まともに撃つことを許されない。
PKOで明らかに危険な任務に就くのに、自衛隊員は必要な武器の携帯を許されない。
本物の戦闘が行われている場所にいるのに、戦闘という言葉を使うことも許されない。

もしもの有事のとき、他国の軍隊と同じことが、自衛隊にちゃんと許可されていれば、死なずにすんだ人が出てしまうのではないか。
それは、わたしたち日本人自身の手で、同胞を殺したのと、同じではないのだろうか。

お花畑の日本人は、そのときに何を思うのでしょう。
自衛隊は志願制で、承知の上で入隊したのだし、彼らは戦争のプロなのだから、死んでも仕方ないというのでしょうか。

旧日本軍のたくさんの軍人たちと同じように、死ななくてよい人が無駄に死ぬなんて、許していいはずない。
わたしたち後世の日本人は、あの戦争から何を学んだのかと。
なぜまた、無駄に同胞を死なせるのかと。
戦没者にそう言われても仕方ない。

わたしはもう戦争で日本人が死ぬのはいやなのです。300万の同胞を失って、そんな思いはもうしたくない。
大東亜戦争で充分ではないですか?
良き人たち、罪なき人たちが逝くかなしさ。
それはたった70年前のことで、わたしたちは、いまだに、悲しんでいるではないですか?
わたしは、彼らの死を、振り返ればすぐそこにあるように感じます。すぐそこに、300万の亡くなった人たちが息づいているかのように。

大東亜戦争のとき、戦艦が出撃する前、乗組員は伊勢神宮に参拝する習慣があって、その参拝時に雨が降った船は、どれも沈没して帰ってこなかったと聞いたことがあります。
日本の若者のいのちを悼み悲しんで、大神が泣いておられたのでしょう…。

でも、もう誰も死なせたくない、と思うことは、日本ではむなしさがあります。
日本人の何割が、自衛隊員の命を真剣に守ろうとしているでしょう。
自国の軍隊の人数も兵力も、興味のないひとがほとんどだというのに…。

日本人を死なせないためには、中国と北朝鮮の軍事的脅威を、目をそらさずに認識して、抑止力をつけることしかない。
中国と北朝鮮に、どんな形の戦闘も仕掛けさせないこと。
でも自衛隊の現有兵力では、充分な抑止力たりえない。

憲法改正する、しないという入り口の議論は、もうたくさんだと思う。
わたしは聞きたくもないです。
憲法9条をどう変えるべきなのか、軍事費はどれくらい足りないのか、自衛隊の装備や人員配置の問題はどこなのか、どうすれば改善できるのか、、、具体的な内容の議論をしてほしい。

間に合うのか、と思わずにいられない。











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愛する日本を

2017-02-12 06:35:41 | 日記
日本に生まれたことは、わたしには、身に過ぎたことのように思います。
日本は、天照太御神がいとおしみ、えこひいきしている奇跡の国ですから・・・。

以前も書いたように、わたしは輪廻転生をあるんだろうなーと思っていて。
恵まれ過ぎている現代の日本に生まれるには、前生で、なんかそれなりの善行的なことをしてないとならないはずなのですが。
とても自分がそんなことしたと思えない・・・苦笑。

なので、かみさまかホトケさまか、なんかのはずみで、哀れんでくれたんじゃないだろか・・・などと思ってます。

遠い過去に、わたしは、日本の近隣の国にいて、そして、伝え聞く「日本」という国にあこがれていたんじゃないかなあ、とそんなふうに思うことがあります。
自分の今いる国と違って、天国みたいな国だと。
なんの根拠もない妄想にすぎないですが。

日本には、すめらみこと、という尊い方がいらして、国を統べておられる。
その方は、この国の君主や、近隣国の君主たちとはまるで違う。残酷に民を殺すことなどなさらない。
すめらみことは、力で無理やりに民を従わせ、国を統治しているのではない。そもそも兵を持っていず、政りごとにも関わらない。
すめらみことは、ただ神々に祈りと感謝を捧げる方。
深い御簾の向こうにおられて、お姿を見ることはなくても、日本の民はみな、すめらみことを尊く、大切に思い、こころから敬っているのだと。

そして、すめらみことが祈る神々は、この世にあまねく満ちている、めぐりめぐる自然そのものだと。
だから日本の神々は、このあたりの神と違って、厳しい戒律やルールはなく、人を縛ったりすることはない。
日本の民は、神々を大切に思う者が、自主的に、おもいおもいに、親しく神々のお世話をしている。
その国では、飢えに苦しむ者は少なく、争いも起こらず、天地相和す美しい国だと。

そんなことを伝え聞いて、そんなおとぎばなしのような、夢みたいな国が実在するのなら行ってみたいと、昔のわたしは願ったんじゃないかなあと、思うことがあります。
彼方の虹をつかむような、あこがれの気持ちで。
なんか、お腹を空かせた、貧相なまずしい子のイメージで(笑

せっかく生まれてこれた日本で、わたしは、次は日本になど生まれてこれるはずもない、本当にろくでもない生き方をしており・・・お恥ずかしいことです。
この体を提供してくれた、血で繋がるご先祖に申し訳ないです・・・。

わたしは、この国へ憧れていたころの思いのまま、日本に日本人として住んでいることを、いまもどこか、信じられない思いでいるのかもしれません。





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奉祝 建国記念日

2017-02-11 08:34:22 | 日記
皇紀2677年2月11日。
今日は建国記念日ですね。初代神武天皇が即位された日です。
そんなの史実じゃない、と言う人もいますが、祖国の建国記念日を、こうして祝えることはしあわせなことですよね。
世界には祖国を失って苦しんでいる人がたくさんいます。そんな人達には、祖国の建国をお祝いするなんて、夢のまた夢です。
この平和も豊かさも、国ありてこそです。
まして、我が国は二千数百年に渡って続いている世界最古の国であり、世界にたったひとつ残っている古代国家です。
これが奇跡でなくてなんでしょう。
正確な史実かどうかなんてどうでもいいんじゃないかと思います。

日本弥栄、皇室弥栄です。
先人が守ってこられたこの国を、わたしたち今の日本人が、この先もつないでいけるよう・・・。

こんな日は、晴れた青空に日の丸を掲げてお祝いしたいですね。
わたしは最近、日の丸を見るだけでなんだか泣けてきます。
きれいだなあ、と思います。
日の丸は、青空に輝く太陽、天照太御神のみすがたです。
日のもとの国、太陽を讃える国、愛情を与えるいっぽうの国、日本そのものです。

でもわたしは日の丸を持っていません…。
わたしが住んでいるのは、けっこう新しい住宅地でして、近隣で日の丸を掲げている家を一切見たことがないです。
近所に住んでる大家さんや不動産屋から、右翼のオカシイ人と思われるのも困るため、残念ながら国旗掲揚を断念しています。
小心者ですみません…。

古い住宅街なら、お年寄りのいるお宅が、たまーに日の丸を掲揚してますし、そんなに奇異に見られないと思うのですが。
でもそのうち、ベランダ用の国旗を買おうかなー、とも思っています。
いつか、日の丸を掲揚することが「ふつう」に受け止められるようになったらいいのにって思います。

神武天皇を思うと、悠仁親王殿下を思います。
悠仁親王殿下は皇紀2666年9月6日にお生まれですから、今年で11歳になられますね。
健やかに成長されている姿を、嬉しくお見上げしています。

お誕生日は毎年、悠仁殿下の動画が公表されるので、「今しかないこの姿を記憶に刻み込まねば!」と一日中リピート再生して見てます。(仕事してない・・・)

戦前、今上陛下がまだ皇太子であられたころ、陛下が小学校に入学されたり、大きくなられるのが、我が子より嬉しい、と思って見ていた日本人の気持ちがわかります。
ほんと、なんでしょうね?
今上陛下や悠仁殿下を見たときの、この嬉しさやしあわせな気持ちは。

悠仁殿下がおちいさい頃は、ほんとに可愛らしくて、着袴の儀のときの写真なんてメロメロでした。
かかかかわいいーーーていう。
神武天皇が幼い頃も、こんなふうに、とても自然体でのびのびとして、でもすでに威厳があられる御子だったのかな、などと思います。
最近は顔が大人びてこられて、早くも青年になられた時の姿を想像できるような気がします。
ご自分で身を守ることのできる大人になられるまで、たくさんの方が心配しながら、悠仁殿下を見守っていると思います。

悠仁親王殿下が即位なさる頃の日本を、夢に見ます。
それは、天皇陛下への敬意を取り戻した日本です。
天皇陛下の「真の」価値を、日本だけでなく、世界中が知る日です。
英霊の名誉が回復している日本です。

そのときは、天皇陛下や日本にまつわる、隠されている沢山の真実…たとえば皇統の起源や、男系継続でなければいけない理由、そういったことが知られているだろうと…。
そして日本神道の伝える真実も…。

ミジンコみたいなわたしの、妄想にすぎない、はかない夢でしょうが。

悠仁親王が即位される日は、ぴーかんの日本晴れで、沿道にたくさんたくさんの日の丸が振られている・・・。
そんな日を、遠く、夢に見ます。













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