映画「追憶」ペリリュー島玉砕

2017-05-04 06:49:50 | 映画、本
「追憶」という映画を観ました。
同名の映画があるのでまぎらわしいのですが、大東亜戦争で日本軍が玉砕した、ペリリュー島の戦いについての映画です。

映画の公式サイト。
http://www.tsuiokutegami.net/

一昨年(2015年)に、今上陛下・皇后陛下がパラオ共和国を訪問され、ペリリュー島の慰霊をなさったことで、ペリリュー島の戦いは、ようやく陽の目を見たんですよね。
硫黄島の戦いが、クリント・イーストウッドによって映画化され、ようやく日本人に知られるようになったのと同じように。

戦後の日本人に忘れられていたこと、近年やっと認知されるようになったこと以外にも、ペリリュー島の戦いは、硫黄島の戦いといくつも類似点があります。

ペリリュー島の戦いは、1944年9月15日〜11月25日。
硫黄島の戦いは、1945年2月19日〜3月26日。
時間的には、ペリリュー島が先です。

類似点の一つ目は、日本軍の指揮官が玉砕を禁じ、アメリカ軍に徹底抗戦したことです。
ペリリュー島の指揮官は中川州男大佐で、熊本の武士の家柄の方だったそうです。
硫黄島の指揮官は、ご存じ、栗林忠道中将ですね。
大東亜戦争で、日本軍の指揮官が玉砕を禁じたのは非常に珍しいんですよね。
日本軍は、投降して捕虜になることを禁じていましたから、負けた場合は全員が死なねばならなかった、玉砕しなければならなかった。
だから、負けるとわかった時点で、日本軍は万歳攻撃してさっさと死ぬほうがラクだった。そのためにやりたがった兵士も多かったと聞きます。
万歳攻撃は死ぬためだけに米軍の前に飛び出していく突撃で、軍事的には完全に無意味です。
後世のわたしたちからすると、投降を認めてさえいれば、どうしてそんなことを、と思わずにいられない点です。

でも、中川大佐は合理的な軍人で、部下が意味なく死ぬことを嫌ったのでしょう。
一人でも多くのアメリカ軍を殺してから死ねと。自殺にすぎない死に方は絶対するなと。
これは硫黄島の指揮官だった栗林忠道中将と、全く同じ考え方でした。

類似点の二つ目は、指揮官の有能さと人柄です。
ペリリューも硫黄島も、水も食料もない持久戦です。戦った軍人達は万歳攻撃して死ぬほうが、ずっとラクだったに違いありません。
そんな戦いで最後まで軍をまとめ、組織的に交戦できた。指揮官の人柄と有能さゆえでしょう。
中川大佐も栗林中将も、異様なくらい褒める点が見つからない大東亜戦争での日本軍にあって、数少ないまともな作戦を立てた指揮官です。

類似点の三つ目は、日本軍の取った戦略とその成果です。これはペリリュー島での中川大佐の戦略を、硫黄島で真似たためのようです。
ペリリュー島はサンゴ礁でできた島で、無数の洞窟があり、中川大佐はそれを利用して、島の全域で地下洞窟を要塞に変え、アメリカ軍の攻撃に耐えました。
アメリカ軍は空からの空爆と、海からの艦砲射撃を徹底的に行って、島の地形が変わってしまうほどだったわけですが、日本軍は地下に潜っていたため、爆撃では全滅できず、アメリカ軍は日本軍が潜む洞窟をひとつひとつ、燃やしていくしかなかったわけです。
これは、劣勢の日本軍が、アメリカ軍に与える打撃を最大化する方法で、アメリカ軍が3日で攻略できると思っていたペリリュー島は、陥落まで二ヶ月以上かかったわけです。
アメリカ軍の死者は2300人以上で、最初にペリリュー島に上陸した海兵隊の部隊は、七割が亡くなったそうです。あの世界最強と言われるアメリカ海兵隊を相手に、、、。
日本軍の死者は1万人以上。中川大佐は戦闘の最終段階で自決され、日本軍ペリリュー島守備隊はほぼ全滅しました。
硫黄島の戦いで栗林中将が取った戦略はペリリューと同じで、アメリカ軍の痛手は、兵力差からすれば非常に大きなものでした。

映画「追憶」の話に戻りますと、映画のほとんどは、アメリカ軍が撮影したペリリュー島の戦いの映像を編集したものでした。
この映画のために、アメリカ軍が貸してくれたようです。
実は、NHKのドキュメンタリー「狂気の戦場 ペリリュー」というのがありまして。

http://www6.nhk.or.jp/special/sp/detail/index.html?aid=20140813

このドキュメンタリーでも、アメリカ軍の提供した映像がかなり使われていたので、私は、NHKのほうで見た映像ばっかりかも?と思いながら、映画を見に行ったのですが。
実際は、見たことない映像ばかりでした。

映画は、ペリリューの戦闘の最初から最後まで、残された映像を丁寧に時系列で繋いで編集されていました。
私が衝撃だったのは、戦闘の始まる前のペリリューは、南国の島なので熱帯植物に覆われた緑の濃い島なのです。
でも、アメリカ軍の猛烈な艦砲射撃と空爆で、あっという間に緑が無くなっていく様子がはっきりわかりました。
緑に覆われていた島が、燃えた木と剥き出しの土ばかりになっていて、それでもひっきりなしに、ずっと、アメリカ軍の爆撃の音が聞こえ続けるのです。
戦場に自分がいるのか、と錯覚するほどでした。
これが戦場かと。
正直にいって、この場所に自分がいたら、と思うとゾッとしました。
私は弱虫で、戦後のヘタレな日本人です。戦うことができるか、正気でいられるか、わからないです。

私は、それなりに戦争映画やドキュメンタリーを見ていますが、残酷な描写はわずかな時間しか映されないことが多いです。
遺体が映されるのも一瞬です。
でもこの映画は、ペリリューで起こった戦場が、実際はどんなものだったかを伝えることが目的だったのだと思います。
大規模に宣伝される映画や、地上波のテレビでは、こんな映像は流せないと思います、、、。

執拗に膨大な火力で爆撃し続けるアメリカ軍の執念と、そんな爆撃を受け続けてなお、地下洞窟で耐える日本軍と。
ひたすらにその映像を見続けて、映画は終わります。

この映画の監督は小栗謙一氏で、「日本鬼子」という映画を作った方です。
「日本鬼子」は、中国で戦った日本軍人のレイプや虐殺行為を、本人の告白という形で撮影したものです。
私は、この映画のように、日本軍全体がそのような残虐行為をする傾向があったように見える表現をすることに、強く反対です。
一部にそのような行為があったために、日本軍全体がそのような行為をする軍隊であったように主張するのは間違いです。
起こった事実を糾弾することが目的ではなく、恣意的に事実を曲げ、拡大解釈して、日本軍全体を貶めることを目的にしているのだと思います。
韓国の従軍慰安婦も同じやり方です。
私たちの父であり、祖父である方達へのひどい侮辱で、私はそのことについて強くいきどおっています。

ですので、この映画「追憶」についても、事実でないことで日本軍を侮辱したり、偏った見方をしているのではないか、というのが心配でした。
でもこの映画に関しては、アメリカ軍の残した記録映像を淡々と繋いだもので、そのような傾向はないと思います。
現実に起こったことを、個人的な解釈や感傷を除いて、なるべくありのまま見せようとする映画だったと思います。
えらそうな言い方になっちゃいますけど、評価できると思います。

それでもわたしはーー戦場の悲惨さを伝えるだけでは、「戦争」を防ぐためには全然足りないと思うのです。それはナイーブにすぎる態度だと思う。

この映画は、戦場の悲惨さ、むごたらしさ、非人間的な、あまりに非人間的な面を伝えるに充分なものだと思います。
私は、中川大佐のような、日本の本当の武士としか言えない方が死ぬしかなかったことを、あんな小さな島で、勇猛果敢で知られるアメリカ海兵隊と、決死の覚悟の日本軍人が殺しあうことしかできなかったことを、その殺しあいの凄まじさを、悲痛な痛みと悲しみで思います。
わたしなんかの悲しみが、涙が、なにになるわけでもない。でも、できるものなら時間を超えて、抱きとめて止めたいと思います。

それでも、 大東亜戦争がなぜ起きたか、なぜ避けられなかったか、大局的な視点を知らなかったら、局所的な戦いであるペリリューも知ることはできません。
あの大戦から72年が経って、日本はもう一度「戦争」と向き合わねばならない時が来ていて、戦場の悲惨さを叫んでも、戦争は防げない。
それは子どもの主張、子どもの嘆きだと思う。


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