映画リトル・フォレスト、日本の自然の特殊さについて

2017-04-23 23:01:25 | 映画、本
以前はそんなに映画を見なかったのですが、歳をとるにつれ、だんだん見るようになりました。
以前より、ひまになってきたのもあるのかもしれません。

大学院を出てから、働いて、忙しかったんですよねえ。
ずーっと、心の余裕を持てない日々でした。
都心が職場なので、その気になれば、ランチなどには、有名でおいしいレストランがたくさんあるのです。
でもそういうところを探して、お昼に出かけて、食べる。そんなことをするのも億劫で、余裕もなくて、てきとうにすませてしまう。
そんなふうに長い年月が経ってしまいました。

そんなに働くのはおかしい、わたしらしくないと、大学の頃の友人には言われました。
なんでそんなに働いたのか。
理由は、自分でもわからないところがあって。
それでも、わたしはそれくらい働きたかった。そうせずにいられなかった。

「リトル・フォレスト」は、好きな映画です。
原作は五十嵐大介さんのマンガで、わたしは、この映画で初めて五十嵐さんを知りました。
リトル・フォレストは、
自分で食べものを育て食べること
母から娘に伝えられていくレシピ
田舎の食の豊かさ、都会の貧相さ
山村で生きる人々の知恵
廃れていく日本の農村
と複数のテーマを持った、重層的な物語で、五十嵐さんは力のある書き手なのですね。

いちばんメインのテーマは、自分の手で食べものを育て、収穫し、食べること。
主人公の「いちこ」は、宮城県の山奥にある集落に、一人で住んでいる20歳くらいの女の子。
お店も何もないので、いちこは、ほぼ自給自足で暮らしていて、田んぼで米を、いろんな野菜を畑で育て、収穫し、料理する毎日。
五年前に母が失踪してから、いちこはひとりきりで自活してるんですが、農作業はかなら重労働だから、現実にそんなこと可能かしら?というのはさておき。

映画は、いちこが食料を種から育て、口に入れるまでに、どれほど膨大な労力がかかるかを、季節の移り変わりとともに、丁寧に描いています。
いちこは、母譲りの料理上手という設定で、旬の食材でいろんな料理を作るのですが、それがとてもきれいで、とてもおいしそう。

見ているうち、スーパーのない山奥の集落の食が、いかに「ゆたか」であるかがわかります。
自分で作ったものを食べる豊かさ。
季節の食材で暮らす豊かさ。
春には山菜、秋には栗や柿を山が与えてくれ。
冬には、雪を利用して納豆や凍み大根を作る。

田舎を美化しすぎだと、この映画を指摘する人はいるでしょうし、それは的確だと思います。
この映画では、田舎の問題は全く描かれず、村の人たちはみんな、いちこに優しい。
実際は、狭くて濃密な人間関係、余所者への冷たさ、農協支配など、負の側面もあるわけですが。
農村が孕んでいた豊かさ、良きものもまた膨大であり、大地に根を張る生き方の充実は、人間らしい真実味がある。
それらが滅んでいくさまは、美しくしか描けなかったのだろうと思います。

この映画を見る人は、そんな食にまつわるものがたりを語るべきなのだと思いますが。
私はあらためて思ったことがありまして。
日本の自然はどんな国にも似ていない、ということ。

映画は、宮城県の衣川という場所で撮影したそうで、日本の山村の美しさがあますところなく描かれてます。
目にしみるように美しい景色なのですが、その美しさのみなもとは、木々や山のあいまに充満している、日本だけが持つ独特の特殊な「空気」なのでないか、と思っています。

私は海外に住んだことないですし、旅行したことのある国は、20カ国に足りないくらいです。
バックパック旅行が流行りだったので、行った国数は多いかもしれませんが、外国についての知識は乏しいので、断言はできないですけど。
でも日本の自然に似た国は、ひとつもありませんでした。

外国にいて違和感を感じるのは、空気が「スカスカ」してるのです。
空気に「手ごたえ」みたいなものがないのです。
それは湿度のせいではなくて、ヨーロッパは乾燥してますが、日本よりも高湿度のアジアでもアフリカでもそうでした。

日本の空気は、水の中を泳ぐような、密度があります。あたたかく湿った、やわらかいものが満ちていて、それが日本全体をすっぽり包んでいる。
それは自然にも及んでいて、花も木々も、日本ではやわやわと柔らかくてやさしい。

その空気の奥に、わたしは、確かに、呼応するなにものか、呼びかければ返ってくるもの何者かを感じます。
その空気によって、人間が木や花と繋がっていることも感じます。
日本の自然は、空気によって人間と接続していて、愛情や尊敬を与えれば、ゆったり受け止めてくれるのがわかります。

神社に行って、生かされていることに感謝すれば、即座に何かが返ってくる手ごたえがあるように。

外国では、それはサッパリない。
そうすると、なにか寂しい。何より虚しいです。ここにずっといても、何も返ってこない、何も積み重ならない、そういう気がする。

わたしは、日本の空気だけが持つ密度がなんなのか、わかりませんけれども。
日本には八百万の神と精霊がたくさんいる、と言われることと、そして天皇陛下がいらっしゃることと、関係があるのだろう、と思います。

こんなに神の気配に満ちた国は、たぶん、地球のどこを探しても、日本のほかにないのです。

日本人であっても、それを息苦しい、と感じる人もいるのでしょう。
そういう人は、日本から出て行くことになるようです。

わたしは、若い頃は、息苦しく感じることもありましたし、外国に憧れることもありました。
でも外国に行ってみて、あたりまえだと思っていた、この密度ある空気が、本当に稀有なものであることを知りました。
この空気に触れていないと、自分はしおれてしまうことを知りました。

仕事で仕方なく海外に行ったら、早く日本に帰りたい帰りたいって、ずっと思っています。
この空気から離れたくないのです。
日本に来る外国の人も、この空気を理解してくれる人が、この国に残ってほしいと思います。


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