お盆、身内の戦死者

2017-08-13 03:51:53 | 戦争
お盆に入りましたね。
日本のまわりの国際情勢は、ただごとではすまない空気をまとっていますが、日本国内では、いつもと変わりないお盆の光景が流れています。

毎年、この時期は水難事故が増え。
テレビは戦争特集をじゃんじゃん流し。
それらを横目で見ながら、たくさんの人が親族で集まって、あの世から戻ってきたご先祖さんたちの霊と一緒に、数日をにぎやかに過ごします。

ところで、わたしの親族には、戦争で亡くなった人がふたりいます。
ふたりとも、わたしの祖父の弟です。わたしには、大叔父にあたります。
わたしはずっと、この大叔父ふたりがどこで亡くなったのかを、知りたいと思っていました。
大叔父たちを知っている身内はみな亡くなり、生きている親族で、大叔父のことをよく知る人がいないので、亡くなった場所がわからなかったのです。

私にわかったのは、ふたりが亡くなった日付と、ふたりとも戦地で病死したことだけでした。
ひとりは、亡くなったのが1935年(昭和10年)でしたので、おそらく日中戦争で出兵し、中国で亡くなっただろうと推測できました。
でももうひとりは、死亡日が1943年(昭和18年)なので、出兵先はさまざまな可能性がありますよね。その頃の日本軍は、それはもう各地で戦闘を繰り広げてましたから、南方かもしれないし、中国かもしれないし。
なので、手がかりがありませんでした。

旧日本軍人が戦死した場所を知る方法としては、軍歴照会というものがありますよね。
国や県に、旧日本軍人の軍歴が書類で残っていて、三親等以内の親族は、その書類を閲覧できる、というもの。
ネットで調べたところ、軍歴の記載内容は、人によってまちまちであるようです。
また、軍歴が空襲で焼けて無くなってる場合もあるそうです。
でも残っていれば、たいていは、軍人が所属した部隊や階級、いつどこに出征したか、死亡した場所などがわかるようです。

軍歴照会をしてみようか、と何度も考えたのですが、そこまでして、という思いもあり。
また、私は、大叔父たちにとって四親等にあたるので、軍歴照会の資格がありません。
資格があるのは、私の母までです。でも母は、大叔父たちには何の興味もなく(母にとっては、血の繋がりのない婚家の人ですので)。
母にそんなことをお願いしたら、なんでそんなことするの、と不審がられるのは目に見えてまして。
ネットから軍歴照会のための申請書類をプリントアウトしたものの、ずっとためらったままでした。

それがですね、ひょんなことからわかったんですよね。
私がほんと無知なんだと思いますが、戸籍です。戸籍って、死亡した日付だけじゃなくて、死亡の時間と場所まで載ってるんですね。
知らなかった・・・(>_<)。

といって、大叔父ふたりの戸籍を取り寄せたわけじゃないです。
お盆なので、仏壇の飾り付けのために掃除をしてたんですよ。
で、ふだんは手をつけない仏壇の引き出しの中まで、全部出したんですよね。
そしたら、よくわからない書類たち(母がゴチャゴチャに突っ込んでいた)に混ざって、大叔父ふたりの戸籍のコピーがあったんです。
どうやら、大叔父ふたりの遺族年金の申請をしたときに取り寄せたものが、残っていたみたいで。

そして、大叔父はふたりとも、中国で亡くなっていました。
1935年に亡くなった人は、予想通りでしたが、中国のハルピンでした。
死亡した病院の名も書かれていて、「病死」とありました。

もうひとり1943年に亡くなり、場所がわからなかった人の方は、「満州国」とありました。
こちらも中国だったのか・・・と、長年の疑問が消えた瞬間でした。

私がずっと、大叔父の亡くなった地が知りたかった理由は、この大叔父がもしや激戦地に行ってはいまいか、つらい状況で亡くなったのではないか、ということが気掛かりだったのです。
1943年はすでに戦況が悪化していますから、もし大叔父が南方に出征していたなら、治療も受けられない悲惨な状況での病死であることも、ありえました。

けれど、「満州国」という文字を見たとき、フィリピンやインドネシアや・・・そんな激戦地の地名でなかったことに、ホッとしてしまいました。
私の知識は乏しいものですが、満州国は太平洋戦争中も戦場にならず、敗戦まで比較的、良好な状態であった、というものです。

ただ戸籍の記載内容が少し気になり。
戸籍には、亡くなった日時、地名、そして「戦病死」と書かれていて、病院らしき名前はありませんでした。
病院で亡くなったのではない・・・?
それとも、何かの理由で記載されなかっただけ?

でももし、大叔父がちゃんとした病院で亡くなったのではないのなら、満州国でも、それなりに切迫した状況であった、のかもしれません。

戸籍では、これ以上のことは教えてくれません。これ以上のことを知りたければ、やはり軍歴照会ということになります。
軍歴書類ならば、大叔父の所属した部隊が
満州国のどこに駐屯したか、など詳しい履歴が載っているかもしれません。そしたら、大叔父が死亡したとき、どんな状況だったのか、わかる手がかりがあるかもしれません。

でも大叔父の亡くなった地は、正確にわかりましたので、満州国のことを調べてみたいと思います。

今日からのお盆に、大叔父ふたりも帰ってくるのでしょうか。
わたしの親族が、故郷から遠く離れた中国で亡くなって、もう70年以上経ちます。ふたりとも、20代前半でした。
わたしには、20代前半なんて、まだまだ子どもみたいに思えます。

亡くなった地を知りたい、というわたしの願いに、大叔父がふたりして、答えてくれたような気がします。
無邪気なイタズラみたいにして。









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