3.11の大震災と原発事故から、早いものでもう4ヶ月近くになる。その中で、「広がる放射能汚染」と称して、NHKはまた無意味に危険を煽ろうとする番組構成で押してきた。説明などが正確であれば、「無意味に危険を煽ろうとする」などという表現などしないが、この番組では、放射線の危険性の説明が全くなされていなかった。心配する親や住民の姿を、なるべく事前の情報の刷り込みなしにドキュメントしたかったとしても、その映像の後に、以下のような説明は普通にあってしかるべきだ。

国による、放射線と人々の健康に関わる総合的な研究開発に取り組む国内で唯一の研究機関がこの放射線医学総合研究所(略称 放医研)だが、上の図がPDFファイルになり、しかも説明がより詳しくなっていたので、とりあえずあらかじめ貼っておく。
次に、ここぞとばかりに危険を煽り、自著の売り上げでも増やそうとしているのであろう武田邦彦氏や、自称「子どもたちを放射能から守る 福島ネットワーク」と名乗る暴力団体(詳しくは昨日の記事を)、あるいは署名活動や柏市に要望書を提出していた柏市の主婦ら(詳しくはこの日の記事を)が、絶対に譲れないラインとして思いこんでいるラインが、「年間1mSv(ミリシーベルト)の被曝」である。上の図にもあるように、確かに、年間最大1mSvというのは、「一般公衆の年間線量限度」ではあるが、緊急事態期においては、最大許容被曝量を100mSv/年とし、その後、事故終息後の復旧期には20mSv/年とし、最後に平常時の年間線量限度である1mSvに戻すものでかまわないという方針は、放射線の専門家らからなる、国際放射線防護委員会(ICRP)が明確に提案していることである。下の記事にもあるように、通常時の基準として設定されている1mSv/年というのは、もともとかなり厳しい数値を日本が設定していたということに過ぎないのだ。
被曝限度量の緩和提案 国際放射線防護委、移住回避促す(朝日さん 2011.03.26)
国際放射線防護委員会(ICRP)は、原発事故などが起きた後に周辺に住む人の年間被曝(ひばく)限度量は、2007年の勧告に基づき、1〜20ミリシーベルトの範囲が妥当とする声明を発表した。日本の現在の基準は、一律に1ミリシーベルト。福島第一原発事故の影響が収まっても、放射能汚染は続く可能性があると指摘し、汚染地域の住民が移住しなくてもいいよう、日本政府に配慮を求めた形だ。
ICRPは専門家の立場から、放射線防護に関する勧告を行う組織。声明は、21日付で発表された。
07年の勧告では、一般の人が年間浴びてもいい放射線量を三つの範囲で設定。緊急時は20〜100ミリシーベルト、緊急事故後の復旧時は1〜20ミリシーベルト、平常時は1ミリシーベルト以下とした。
今回の声明はこの勧告を紹介したもので、原発事故の影響を受けた地域に住民が住み続ける場合は、1〜20ミリシーベルトの範囲内で検討するという考え方を紹介した。この地域も、長期的には1ミリシーベルト以下にすることが目標だとした。
ICRPは通常、各国の個別事例については言及しない。しかし今回は、「日本で起きた悲劇的な出来事に、深くお悔やみ申し上げます」と述べる異例の内容となった。
福島県南相馬市の25〜26日にかけての1日の放射線量は計0.028ミリシーベルト。1ミリシーベルトを基準とすると、約1カ月で超えてしまう。現在の線量が続くと仮定すると、年間総量は約10ミリシーベルトのため、20ミリまで引き上げた場合は、移住の必要はなくなる。一般的に放射線の被曝量が100ミリシーベルト以下なら、健康への影響は心配ないとされている。
日本アイソトープ協会の佐々木康人常務理事は「ICRPの基準はもともと、余裕を持って設定している。日本の基準はさらに、厳しめの数値を取っている。1〜20ミリシーベルトという数字なら、健康に全く影響はない」と話している。 (ここまで)
放医研のHPにはこのような図も載っている。

で、一番上の絵をもう一度載せるが、

NHKが説明すべきなのは、放射線の危険性(リスク)は、この図を見てもわかるように、「被曝線量が10倍になったら、危険度が1目盛り高くなる」という関係である。すなわち「対数」の関係であるということだ。結局NHKは、番組の最後まで、こういう科学的事実を一切説明することなく、ただ不安になっている保護者の姿をドキュメントしていた。だから「無意味に危険を煽ろうとする」と、冒頭で表現したわけだ。



これらを見るだけでも、あたかも、1〜20mSv/年の線量を被曝している人々が150万人もおり、その150万人は避難対象ではないが、あたかも危険にさらされているかのような報道のされ方をしていることはよくわかるだろう。






そしてこういう刷り込みをする。「年間20mSv以下という基準は、放射線管理区域と同じである」と。その放射線管理区域の、年間20mSvという被曝限度も、実際に健康被害が出かねない、年間100mSvよりも、かなり厳しく設定しているだけのことだ。

この「放射線マーク」にクローズアップするような絵の撮り方。これも、きわめて作為的である。
・このマークは危険を表すマークだ!
・今の福島は、このマークと同じ被曝線量だ!
・だから、今の福島は、まるで常時レントゲンを撮らされ続けているような状態であり、危険なのだ!
というメッセージを、言葉で言うと問題になるから、イメージで刷り込もうとする。NHKはどんだけ危険を煽れば気が済むのだ?これで「公共放送」なのか???



このご家族は動く必要などない。
しつこいが、被曝量が1mSvから10mSvに上がって、リスクが一目盛り増えるという考え方である。年間被曝量が6mSv越えぐらいでは、リスクは一目盛り分も増えない。そういう「情報」を一人でも多くの人に伝えるというのが「公共放送」の役割なのだと私は考えるのだが、この番組の制作者はそう考えないらしい。
こういうことを書くと、またアホが
「お前は安全なところにいるからそんなことが言えるんだ!」
などと、「当事者の発言が全てに優先する」という暴力的な基準で居丈高に怒り始めるのだろうが(我ながら変な日本語だ)、私も当事者である。



これは、東京都世田谷区で、放射性セシウムが、針が振り切れるほど大量に観測された日についての部分である。3/14深夜から、15日朝にかけて、雲のようになった放射性物質のかたまりが、東京を通過していったということだ。
このとき、私は東京でジョギングしていたので、放射性セシウムを、少なくとも検針計の針が振り切れるほど全身で受け止めている。こってり1時間ほど。しかし私は全く心配していない。このブログでは何度も書いてきたが、私はあのチェルノブイリ原発事故を生き抜いてきたのだから。チェルノブイリは炉心自体が爆発し、世界中に、今の福島の比ではない放射線をまき散らした。当時、日本でも放射線が確認されたというニュースは連日のように報道されていた。しかし、そのような中で、私は1日1時間以上も自転車をこいで学校に通っていた。雨の日も含めて。それでも全く、何も問題はないのだ。


↑この図も、あくまでもシミュレーションの結果であることを全く強調していない。ただ、こういう状況だと推測されるときに、私は外で1時間もジョギングしていた。そして今、東京の東部に住んでいる。私も十分に当事者であることはこの際はっきりさせておこう。
とりあえずここまでを「その1」としておこう。「その2」はこちら。












なぜ一番上に置いているのに、こういう人(笑)に限って読めないのでしょうか。
メディアリテラシーが低い人ほど原発反対という相関関係が見えますね。
一言反論させていただきましょう。
>「放射線マーク」は普通の人は立ち入れない場所を示す標識なのですよ。
放送では「普通の人は立ち入れない」とは言っていません。「入った人の線量を管理しなければならない場所」と言っていますよ。
いずれにせよ、そう法で決められていることが、その線量が人間にとって危険な線量であることの説明にはなりません。いわゆる放射線が危険だと騒いでいる方々は、そこが「解釈回路」として「直結している」わけです。
日本の法律では、放射線被曝量の管理を安全な方へかなり寄せて設定しているだけのことです。
まだ再反論等ありましたら、どうか、「ローカルルール」くらい読んでからにして下さい。斜め読みでもわかるくらいのことが、あなたはできていないんですから。
チェルノブイリネックレスですか。20年以上前の、しかも情報隠蔽や情報操作が当たり前の社会主義国家と今の日本を同列で語れているあたり、相当頭の悪い方とお見受けします。左翼運動家(笑)の方ですか?
>若いうちに福島で放射能と戦って死ねる幸せを感じるべきだ。
放射能と戦ってどうやって死ぬのですか?竹やりか何かで???今度は戦前の頭の弱い軍人みたいなことをおっしゃる。
>いま革命は起こせないとしても足で投票はできる。
革命の意味、わかっていますか?支配階級が変わることですよ。今の支配階級がどういう層で、それがどういう層に変わるのですか?
そもそも左翼思想をお持ちの方であれば、選挙によって革命が起こるなどという発想などないはずなのですがねえ。中国共産党しかり、北朝鮮しかり。
以上、ただ放射線の危険性を煽ってるだけの、少なくとも一貫した思想は何もない、頭が非常に弱い方とお見受けしました。今後はせめて福島差別だけはしないように気をつけてもらいたいものです。
だとすると、上に挙げた放医研のグラフは、上に行くにしたがって加速度的に危険度が上がるグラフにならなければなりませんが、具体的なリスクと、そのリスクが生じる被曝量を見ると、1シーベルト以上は、おおまかに対数で捉えてかまわないと考えます。
あなたのおっしゃりたいのは、100mSv〜1000mSv=1Sv近辺では線形ということではないかと。でしたらおっしゃる通りだと思います。
次に、100mSv未満の被曝量に関してです。
>線量が100 mSv 以下では、データが不十分であるため、遺伝子の修復を考えると線形だと考えるのは悲観的すぎるという学説がありますが、あくまで学説の域を出ません。
という評価と、
>現在の技術をもってすれば、100 mSv 以下の領域でも、有意な影響を見れる可能性があります。そのような技術の進歩をみこして予防学的に、「被爆はできるだけ下げることにこした事は無い」のです。
という評価を比べると、前者の方が厳しすぎ、後者の方は甘すぎます。
科学的な結論が出ないまま、「被曝はできるだけ下げることに越したことはない」と考えることには二つの問題があります。
一つ目は、「被曝線量と健康リスク」が「線形」の関係で上昇するならば、ラムサールやケララのように、自然放射線による被曝線量が高い地域では、健康リスクがその分だけ比例して高くならなければならないのに、そういうデータがないという点です。
二つ目は、科学的な結論が出ないまま、「被曝はできるだけ下げることに越したことはない」と考えることで、自然放射線も含めて考えれば誤差範囲として捨象できる程度の被曝線量でも、神経質に気にすることで、「被曝ストレス」というストレスが新たに加わることです。「厳しすぎるくらい厳しく考えるべきだ」という立場に立つ人々は、この「被曝ストレス」、もっと正確に言えば「被曝してるかもと感じるストレス」を完全に無視している点がまちがっています。
したがって、当ブログでは、年間100mSv未満の被曝線量と、それによって生じる健康リスクは比例しないと考えます。
例えば、何も被曝していなくても、体内では1日に5000個もの細胞ががん化します。しかし、体内のさまざまな修復作業によって、1日でそれは「処理」されるわけです。低線量の放射線被曝に関しても、低線量であれば、「修復」という機能の方が上回るので、健康リスクは無視できるくらい低くなるという結論になります。
以上、当ブログの基本的な考え方を書きました。要するに、「被曝線量はできるだけ下げるに越したことはない」と考えることで新たに生じる「被曝ストレス」の方がはるかに健康リスクになる、ということです。